1-2
四番目の王子は太陽になる。その予言に、王家の人々は沸き立っていた。王国の状況は不安定であった上に、王位継承というのは常に火種になる。この時王の正妻が身ごもっており、男子が生まれれば万事うまくいくように思われていた。
しかし、うまくはいかなかった。四番目の男子は生まれてすぐに亡くなり、そして双子の弟は元気な産声を上げた。スキィアである。
果たしてこの子が「四番目の王子」に当てはまるのかは、何日もかけて議論された。そして、答えは「否」だった。あくまで四番目の王子は先に生まれた子供であり、スキィアは五番目の王子である。彼は、太陽ではない。そのため生まれたのは「姫であった」とされ、彼は表に出されないまま育てられたのである。
さらには後に生まれた王子が、世間には第四王子であるとして公表された。王家の者は皆そうではないことを知っていながら、王家の安泰のため「太陽の子が生まれた」と周知したのである。
最初、スキィアは殺すべきという意見まで出ていた。なんとかそれは避けられたのだが、普通の王子としての人生は全く送ることができなかった。苦難の日々の中で、いつしかスキィアは思うようになっていた。「実力でつかみ取ってやる」と。
「なるほど、それで魔獣ハンターになったのか」
「まあな。活躍した者の中には、貴族並みの扱いを受けてるやつだっているぜ」
「しかしお前はそもそも王族だろう」
「認められない王族っていうのは惨めなもんだ。それによ、俺が『太陽』かもしんないだろ。王妃の腹ん中でぐるぐるしてるうちに、俺の方が後で生まれることになっただけかもしれねえ。俺は王になるとかはどうでもいいんだ。自分の力がどういうものか知って、太陽かそうでないのかを確かめてぇわけよ」
「それで狩られる魔獣も不憫だ」
「まあ、そこはさんざん人間を殺してるわけだから」
ヒレンソは苦笑した。
魔獣、と呼ばれるものの正体はいまだにわかっていない。獣に似ているためそう呼ばれているが、どこからともなく湧いているものとも認識されている。人間を見ると襲い、食らうでもなくもてあそぶように殺す。
「私たちはそういう存在なのだ。うらみがあってやっているわけではない」
「そういうもんか」
「そういうものだ」
あたりが暗くなってきた。今日は月明かりのない日である。
「寝るか」
「いいのか、野宿で?」
「慣れてるさ。それに、お前しばらく動けないだろ」
ヒレンソは至る所にけがをしていた。もともとどれぐらいの体力があるのかスキィアにも知る由もなかったが、今は全くないのは見るからに明らかだった。
「しかしそうすると……今襲われたら、一人で戦ってもらうしかないな」
「そうなるな。まあ、もともとそうしてきたんだ。……黒い魔獣一匹ぐらい、なんとかなるさ」
スキィアはすでに剣を構えていた。黒い魔獣は細い体をかがめて、じっとこちらを見ていた。
「強いぞ」
「知り合いか?」
「知らんが。強そうだから」
「あんた意外と適当だな! が、強いのはわかる」
翼はない。角は一本、長くとがっている。
「これはあなたがやったのですか?」
透き通るような声だった。
「強キャラの声だな。魔獣たちの死骸なら、俺だぜ。全部俺だぜ」
「おい」
「そういう話って契約だっただろ」
「あくまで人間相手の話ではなかったのか?」
「魔獣同士では見栄張りたいってか! まあいいや。訂正。この俺とここの魔獣でやった。間違いねえ」
そう言うとスキィアはばしっと剣の先を黒い魔獣に突き付けた。
「そうですか。いや、別に仕返しに来たとか、そういうことではないんですよ。警告です」
「警告だぁ?」
「その金色の魔獣は、これまでずっと孤立してきました。野獣たちとの考えが合わなかったからです。一人ではさすがに討ち取られるはずでした。しかし……生き残ってしまった」
「すまないねぇ、手助けしたかっこいいお兄さんがいたもので」
「まさに。そのおかげで、太陽のごとき輝きを手に入れる権利を得てしまったのです」
スキィアの顔色が変わった。
「太陽、だと」
「そうです。魔獣の世界は、けん制し合うことで成立してきました。決して人間と手を組まぬように。しかし、あなたたちはそれを破ってしまった。魔獣だけでなく、人間の世界も変えてしまうかもしれない」
「そいつぁ楽しいぜ」
「楽しいものか。いいですか、その道の先には……悲しみがあるのです。いつかどちらかが倒れた時、その喪失感は計り知れません」
「経験者みてぇな口ぶりだな」
「……私は警告しましたよ。かつて『月の使者』と呼ばれた私が」
そう言うと、黒い魔獣の姿は消えていた。
「何だったんだ。お前、知っているか」
「聞いたことはある。かつて不思議な力を得た魔獣は、人間の国一つを滅ぼしたと。しかし彼自体は討たれないまま、姿を消したと。死んだと思っていた」
「まったく、大変なことになっちまうかもな」
「楽しそうに見えるが」
「もちろん楽しいさ」
スキィアは相手のいなくなった剣を、一度二度と振りかぶった。
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