夢の剣、羊斬る

春雷

第1話

 最近、どうにも寝つきが悪い。羊をいくら数えたって、眠気が訪れるどころか、遠のくばかりだ。どうすりゃいいんだ。

 そこで俺は、羊をただ数えるんではなくて、羊を剣で斬って数えていくことにした。

 1匹、2匹、3匹、4匹・・・。

 ザン、ザン、ザン、ザン。

 つまらぬものを斬ってしまった。

 息絶えた羊たちを見ると、申し訳ない気持ちが込み上げてくるが、これは仕方がないことなんだ、と自分に言い聞かせる。ただ俺の入眠のためだけに斬られていく羊たち。命の価値を考えさせられる。

 いや、この思考傾向はだめだ。眠れなくなる。哲学的思考は眠りを遠ざけるからな。深みにハマると、なかなか出て来れなくなるし。

 そもそも、と俺はベッドの上で考える。目を開けても閉じても、そこにあるのは暗闇だ。そもそも、羊たちは夢の中で斬られているだけであって、現実に斬られているわけではないのだ。命の価値だなんだって、所詮夢の中の話でしかないのだから、要するにフィクションなんだから、そんなことは考えるだけ無駄だ。

 俺は引き続き、羊を斬っていく。

 俺は牧場にいる。だだっ広い牧場だ。羊たちは柵を飛び越え、俺の方に向かってくる。ダダダッと、走って向かってくる。

 俺が持っているのは、夢の剣、勇者の剣。両刃のピカピカの剣で、羊を作業的に斬っていく。

 5、6、7、8、9、10・・・。

 血が飛び散り、芝生を赤く染めていく。俺の周囲には、羊たちの死体。彼らは先ほどまでの威勢の良さをどこかへ散らして、今はただ沈黙している。

 羊たちの沈黙。

 いや、俺はレクター博士なんかじゃあないが。

 そんなことを考えたり、考えなかったりしているうち、俺はようやく眠りについた。


 翌日、朝食の用意をしながらテレビを観ていた。特に関心のないニュースが続いていたが、とあるニュースが報じられ、俺は腰を抜かしそうになった。

「昨夜未明、〇〇において羊が大量に斬殺されるという事件が発生しました。現在、警察は犯人の行方を追っています・・・」

 こ、これは・・・。

 まさか!

 俺は動揺した。これはつまり、俺の夢の中での出来事が、現実に起きたということか?

 いや、厳密には夢ではない。入眠のための想像だ。その想像が現実化した。そんなことがあり得るか?

 しかし、現実に起きている・・・。

 その事実を受け止めると、俺はあることを思いついた。

 俺の寝る前の想像が現実化するというのなら、たとえば大金を想像すれば、大金が手に入るのだろうか。

 胸がワクワクして、より一層寝つきが悪くなりそうだった。


 その日の夜、俺はさっそくベッドに入って、寝る前の想像を膨らませようとした。大金をイメージしようとする。しかしうまくいかない。頭の中には、だだっ広い牧場のイメージしか湧かない。柵の前で羊たちが待機している画しか浮かんでこない。どういうことだ。何だこれ。

 後ろを向くと、俺が斬り殺した羊たち。

 大金はどこにもない。

 どういうことだ。

 俺がそう思っていると、どこからか声が聞こえてきた。

「あなたの入眠前の想像は、これがスタンダードな状態になったのです」

 は? だ、誰だ?

「羊女です」

「ひ、羊女?」

「羊男じゃない方です」

「いやまず羊男がわかんねえよ」

「私も知りません」

「お前も知らないのかよ」

 私は実家が福井にありまして・・・、と長くなりそうな話が始まったので、俺はそれを遮って、訊く。

「じゃあ、たとえば大金を想像して、現実に金持ちになることは不可能ってことか?」

「いえ、それは不可能ではありません。しかし、現状においては不可能と言わざるを得ないでしょう」

「どういう意味だ?」

「現在は、羊の想像がスタンダードな状態になっています。この想像を初期段階にまで戻して、まっさらな状態にするのです。そうしなければ次の新しい想像を膨らますことはできません」

「よくわからないな。なら、大金を得るために、俺は何をすればいいんだ?」

「斬った羊を蘇生させるのです」

 羊を、蘇生?

 そんなことができるのか?

「あなたは合計33匹の羊を斬りました。その羊をすべて蘇らせることができれば、次の想像へ移ることが可能です」

「でもどうやって蘇生させれば・・・」

「あなたの皮膚を剥いで、羊の傷口をそれで塞ぎ、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返すのです」

「自分の、皮膚を・・・?」

「ええ。あなたが斬ったのですから、あなたの皮膚でしか傷を塞ぐことはできません」

 皮膚を、剥ぐ・・・。

 しかし、所詮は想像の中だ。

 自分の皮膚を剥ぐくらい・・・。

 そう思って、俺は夢の剣で自分の腕の皮膚を、剥いだ。

「ぐああああ!」鋭い痛み。まさか、想像の中でも痛いとは・・・!

 腕からどくどくと、血が流れ始める。

 いや、違う、そうだ・・・。

 俺は羊女に告げた。

「大金の夢は諦める。俺を起こしてくれ」

 羊女は返事をしなかった。


 起き上がると、自分の左腕の皮膚が捲れ、血が出ていた。

 痛い。

 ベッドが血で汚れている。

 危なかった、と思う。もし羊を蘇生するため、自分の皮膚を剥いでいったら・・・。

 33匹の羊だ。俺はきっとこの世にはいないだろう。そうなれば、あるいは、あの想像の世界に永久に取り残されていたかもしれない。たとえばあの羊女のように。

 俺はしばらく自分の左腕を眺め、それから立ち上がった。

 今日もうまく眠れそうにないな、と思った。

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夢の剣、羊斬る 春雷 @syunrai3333

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