マシュマロ

 熊岸刑事が警察署に連絡を入れている間、砂橋は何故か、子どもと一緒にマシュマロを食べていた。森川静江はこの後、警察署に行くことになると分かっていながらも、不安も焦りも感じさせないような笑顔を娘に向けていた。


 俺は砂橋が子どものために用意されたマシュマロを必要以上にとらないように見張ると共に、森川静江が逃げ出さないか見張っていたが、それは杞憂のようだった。

 彼女は、自分の子どもを残して、逃げ出すことはしなかった。彼女は娘のことを守るために行動した。


 だからといって、死ぬと分かっている中、人を放置するのは明らかな殺人だ。しかも、コートが凍っていたということは、彼女は段ボールに森川誠をいれた時に彼のコートに水をかけて濡らしたのだろう。確実に死ぬように。


 人一人を殺した彼女は、法で裁かせるべきだ。


 マシュマロに満足したのか、砂橋が庭の端の方にいる俺に近づいてきた。


「いつまで持ってんの」


 砂橋が俺の手の段ボールを指さした。そういえば、森川静江から取り上げた段ボールをまだ持っていた。大事な証拠品だ。また取り返され、燃やされても困る。


「これになんの証拠が?」


 マシュマロが美味しいと喜んでいる子どもとそんな子どもに笑いかける森川静江には聞こえないように声を潜めた。


「検死報告書に書いてあったんだよ。外傷について」

「外傷? 凍死なんだから外傷なんてないだろ」


「人に傷つけられたわけじゃないよ。なんてことない。あかぎれでできた傷だったから。指先のね。でも、指についていた血の跡は、なにかにこすったように伸びていたんだ」

「……この段ボールの内側にあるのか」


 暗く寒い中、目を覚ました森田誠は手を伸ばして、自分が箱の中にいるのに気づいたのだろうか。それとも、朦朧とした意識の中、自分がどのような状態にいたのか把握する前に死んでしまったのだろうか。


 しばらくして、警察から連絡を受けた森田雄吾が他の警察官たちと一緒にやってきた。子どもに母親が連れていかれる姿を見せたくないという意見が尊重され、子どもは家の中にいれた状態で、母親は連行された。子どもが母親と離れることを嫌がる可能性があったため、別れの挨拶はなかった。


 段ボールを持ち上げ、広げる。

 そこには一筋だけ黒ずんだような血の跡があった。


 俺はほっと胸を撫でおろした。


「弾正、弾正」

「なんだ」


 証拠品を熊岸刑事へと渡し、やっと肩の荷が下り、森川家を離れたところで、後ろからぽんぽんと肩を叩かれる。


「二枚目、いつ来るんだろうね」

「二枚目?」


 思わず、足を止めると砂橋は俺の横を通り過ぎてから「あれ?」と声をあげて、不思議そうに俺を振り返る。


「弾正のうちに届いた小説のことだよ」


 砂橋は笑った。刺すような冷たい風が頬を撫でる。


「あと四か所、ページがなくなってたじゃん」

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