モニター全消し
見事に空回りした聞き込みを終えて、俺と砂橋は「どうせなら」という熊岸刑事に連れられ、警察署へと向かっていた。俺も砂橋も罪を犯したわけでは決してない。しかし、警察署に到着すると胸がざわついた。
それでも警察署に向かったのは、警察署で監視カメラの映像を確認すると同時に詳しい死体の情報を知るためだった。
「解剖の結果、森川誠は午後七時から八時の間に死亡したと思われる。その後、公園に死体を運ばれたと思うんだが……」
熊岸刑事は言葉を濁した。
公園に死体を運びこむのは不可能だ。出入り口の監視カメラには死体らしきものを運んでいる人間はいなかったのだから。イベントが開催されるよりも前にスタッフが機材やテントなどを運び込んでいるのに紛れて公園に入れば、公園に死体を運ぶことはできるかもしれないが、森川誠が死亡したとされているのはイベントの開催時間内だ。もう公園への機材の搬入も終わっているため、その時間に荷物を運びこむ人間がいるとすればそれだけで怪しい。
「午後七時から八時まで、死体を隠せるほどの大きさの荷物を公園内に持ち込んだ人間はいません」
監視カメラの映像を延々と流し続けている並んでいるモニターから目を離さないまま、猫谷刑事が答える。彼は若手刑事で現在は熊岸刑事の下についている。
彼の手元には白と黒のチェック柄のマグカップがあり、熱々のコーヒーが注がれている。倍速で映像を見ていたとしても、なかなか見終わらないだろう。
公園は南北に伸びる長方形の形で出入り口はそれぞれの方角に二つずつある。そして、入り口以外の場所から入る人間もいる可能性があるため、それぞれの公園の辺を確認するための監視カメラが設置されている。
その全ての映像を同時に三つのモニターで見るのは神経を削る作業だ。
「さっきまで他の人が手伝ってくれてたんです」
熊岸刑事と違い、いつも砂橋のことを警戒する態度を示す猫谷刑事もさすがに映像の確認作業の後で砂橋を警戒する余裕もないらしい。猫谷刑事は自分の眉間を指で揉むとこちらを見た。
「なにか分かりましたか」
彼は熊岸刑事を見たが、熊岸刑事が俺の方を見た。非常にバツが悪い。再度聞き込みをしても、亡くなった森川誠の目撃証言はなかった。
他の刑事たちがイベントの参加者だけではなく、森川家から公園までの道のりで森川誠の目撃証言を集めようとしているが、結果は芳しくない。
「猫谷刑事、トイレ休憩でもしたら? 代わりに見ててあげるよ。もう昼だし、軽くご飯でも食べてきたら?」
砂橋が珍しく他人に優しい。
熊岸刑事も猫谷刑事の様子を見て休憩に行くように指示すると彼はマグカップを持ったまま、部屋を出て行った。
先ほどまで猫谷刑事が座っていた椅子に砂橋が座る。
「これかな~」
砂橋がマウスを操作して、監視カメラの映像を一度全て停止して、北側の出入り口二つの監視カメラの映像を倍速で再生し始める。
猫谷刑事に優しくしたのではない。勝手に監視カメラの映像を見たかったから、彼のことを追い出したのだ。
もちろん、モニターに広がっていた映像は一度、消したので猫谷刑事が何時までの映像を見ていたのかは誰も知らない。猫谷刑事自身も覚えていないだろう。
彼がこの場に帰ってきたら、なんと言うだろうか。
俺の隣で熊岸刑事がため息をついている。こいつの自分勝手な動きにはいつも困っているが、だからといって憤る部下をなだめる役目を押し付けられるのは彼だって嫌だろう。
ふとモニターを見ると、砂橋は映像を淡々と流し見ているわけではなく、さっさと目的の時間まで飛ばしていた。目的の時間に辿り着くと、倍速に戻して映像を眺める。
まずは午後五時から。
公園の北側入り口前の駐車場にトラックが二台ほど停まり、そこから、大きな機材を台車にのせて公園の中へと運ぶ人間が何人もいた。きっとイベント会社のスタッフだろう。
「そういえば、駐車場は北側と南側にしかなかったな」
「イベント会場はどっちかっていうと北側に近かったからね。道具の搬入なら北の出入り口しかないでしょ」
砂橋はさっさと映像を早送りにして、確認を進める。
だいたいの道具の搬入は六時半頃には終わったようで、あとから残りの道具を持ってきたトラックから大きめの段ボールがひと箱、台車とともにおろされ、公園内に運ばれたのを最後に人のイベントスタッフの出入りは落ち着いた。
あとはイベントを見に来た一般市民たちが公園の中に入ったり、帰る一般市民が出て行ったりという流れがあったが、その中に森川誠らしき人間も、あの大きな腹を持つ男を運ぶようななにかを持っている人間はいなかった。
そして、八時半になり、イベントも終わり、多くの人が公園から出て行き、それに続いて、イベントスタッフたちも機材をいれた段ボールなどをトラックに詰め込み始めていた。
「……イベントかぁ。ほとんど言ったことないなぁ。熊岸刑事は?」
「冬のイベントならイルミネーションを見に行った程度だ」
「それ、奥さんと?」
「もちろん」
俺に聞かないあたり、俺の出不精を理解していると捉えていいのか、俺に聞いたところで面白い答えが返ってこないと思っているのかは考えないでおこう。
映像は九時に差し掛かり、イベントスタッフたちを引き連れて、公園を出てくる森川雄吾らしき人物が見えた。トラックや車に乗り込み、帰っていく。そこからもちらほらと荷物を乗せたトラックが帰っていく。
九時三十分。最後に出てきたのは、空になって折り畳んだ段ボール箱を抱えた人物ぐらいで特に怪しい人物はおらず、九時四十五分に差し掛かったところで、ランニングをするために公園に入っていく若い男性の姿があった。
冬の深夜にランニングとはよくやるものだ。どうせなら、ジムに行けばいいのに、と思ってると砂橋が再生を止めた。
「熊岸刑事。検死報告書ってある?」
「あるが……」
「ちょっと見せて」
パソコンの電源を落とし、砂橋はくるりと椅子を回転させて、熊岸刑事の方を見た。一応、何度か殺人事件に介入し、解決している上に後ろ盾がある砂橋相手でも、さすがに検死報告書を見せるのはどうしたものかという迷いも一瞬あったらしいが熊岸刑事はすぐに踵を返して、部屋を出た。
「なにか分かったのか?」
「弾正の小説を思い出したんだよ」
「俺の小説?」
殺人事件の捜査中に俺の小説を思い出さないでほしい。いや、今回の事件はもしかしたら、俺の小説が関わってるかもしれないから考えるなとは言えないのだが。
砂橋は楽しそうに笑う。
「弾正の短編小説ではサウナに放置して死亡。被害者はサウナに閉じ込められる前に酒をすすめられ、まんまと飲んでサウナに入った。そして、今回も酒を飲んだ状態で真冬の夜に放置して死亡。酒を飲んだら、死にやすい状況でどっちも放置されるなんて、運命的じゃない?」
そんなものが運命だとしたら、全力で遠慮したいものだ。
「そもそも、お前は運命なんてものは信じないだろ」
「まぁね」
熊岸刑事が足早に戻ってきて、部屋に入り、素早く扉を閉める。警察官ではない俺達に資料を見せるのを誰にも知られたくないのだろう。
「これが検視報告書だ」
砂橋は熊岸刑事の手から資料を受け取ると口を弧に歪めた。
「弾正。僕が運命を信じないのはね。たいてい、運命的な結果は誰かが自分の望みのために起こしたと思ってるからだよ」
砂橋は熊岸刑事に検死報告書を突き返した。
「戻りました」
それと同時に扉を開けて昼休憩から戻ってきた猫谷刑事は、部屋の中で電源を落とされ、真っ暗になった画面を見て、しばらくの間、扉の前で固まった。
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