遺族への聞き込み
外壁が煉瓦に見えるようなデザインのどこにでもありそうな一軒家には二台ほど車を入れられる駐車場があり、すでに一台暗い青色の車が停まっていた。その隣に熊岸刑事が車を停めて、俺達を先導するようにインターホンの前に立ち、ボタンを押す。
今更思ったが、熊岸刑事は俺と砂橋を連れてこんなに堂々と事件の関係者に会いにきてもいいのだろうか。少し心配になったが、相手が砂橋と俺だから熊岸も大目に見てもらえるのだろう。もし、俺と砂橋になんの後ろ盾もなかったら、と考えるだけで寒気がする。
いや、後ろ盾がなかったらなかったで、俺も砂橋もほいほいと事件に首を突っ込むこともなくなるからその方がよかったのかもしれない。
まぁ、そうなったら、いつか事件を呼び寄せてしまう砂橋の体質のせいで俺も砂橋も警察に犯人扱いされて人生を終了させることになってしまうだろう。
今でこそ、俺と砂橋は熊岸刑事から信頼されているが、きっと一般人が事件に首を突っ込もうとしたら刑事は真っ先にそいつが犯人かどうかを疑うのだから。
「ああ、刑事さん! 少し待っていてください。今、開けますから」
インターホン越しに男性の声が聞こえ、しばらくすると百八十センチほどの男性が顔を出してきた。身なりを気にしているのか、肌の手入れもしており、爪にも透明な保護用のマニキュアが塗られているのが分かる。寒さのせいで着こんでいるから分かりにくいが、身体も程よく引き締めているのだろう。
でっぷりと膨らんだ腹を持っていた死体と比べると彼らが兄弟なのか怪しくなる。
俺は亡くなった森川誠の体重は知らないが、鍛えている人間なら、あの身体を持ち運ぶこともできるのではないだろうか。
それこそ、森川誠は酔っぱらっていたのだから、酔っぱらっていた人間を家に送り届けるという名目で背負って、帰っていても、一瞬だけ目を引くだけで人に怪しまれることはないだろう。
「妻は今、娘と一緒に出掛けていていないんです……」
男性はすっきりとした見た目のわりには緊張しているのかなよなよとした様子で俺達をリビングに迎え入れた。自分の弟が死んだことで色々と大変な上に刑事まで家に来たのだから緊張するのも当然だろう。
事件の話をするために家に刑事を招いて、鍋をしている俺達とは大違いだ。これが一般的な反応としては正解だ。
「それで今日はどういった要件でしょうか? あの……もしかして、誠のことでなにか……新事実が分かったとか」
新事実はない。
俺達が聞きたいのは彼が主催をしていたイベントのテントの後ろのベンチあたりで森川誠のことを目撃した人間がいないかどうかだ。
しかし、熊岸刑事がその話を言い出す前に砂橋が出された紅茶のカップを持ち上げて首を傾げた。
「なにか知られて困ることでも?」
砂橋の言葉に、森川雄吾は口を引き結んで、自らの前に置いたカップに視線を落とした。
こういう時は黙っているのが一番だ。俺も熊岸刑事も、質問した砂橋でさえもカップに口を当てて静かにしていると堪えきれなくなったように、森川雄吾は口を開いた。
「あいつ……やっぱり、春先に出没していた露出狂の不審者だったんでしょう?」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまったがすぐに俺は口を手で押さえて、なにもなかったかのように無表情を貫いた。
「前からもしかしてって思ってたんです……。春になって温かくなったと思ったら、急に外出が多くなるし、温かいっていうのにコートを着こんで、帽子なんかも被っていくし……」
がばりと森川雄吾が顔をあげる。
「でも、刑事さん、信じてください。俺ももちろん、妻もあいつが露出狂だったなんて知らなかったんです。でも今回、死体を確認した時に裸にコート一枚だったって聞いて分かったんです……。こいつが不審者の正体だったんだって!」
俺と熊岸刑事は思わず顔を見合わせた。
まさか、森川誠がそんなことをしていたなんて、予想もしていなかった。熊岸刑事が「ちょっと失礼」とスマホを手に廊下へと行き、席を外した。
その間も、森川雄吾は自らの弟と不審者の正体について語る口を止めなかった。
「去年、不審者が出没しているって、回覧板で回ってきたんです。小学生児童の前にいきなりコートの男が飛び出してきたと思うと、コートの下の裸を見せつけて逃げるって……」
「そんなことが……」
俺は人生で一度もそんなことをしたいと思ったことはないが、本当にやる人間はいるのか。そんな人間が身内にいたとしたら、俺は全力でそいつと縁を切るだろう。ましてや、目の前の男のように、そんな弟と一緒に暮らすなんて無理に決まっている。
弟が亡くなってから、そんな事実に気づくなんて、気の毒すぎる。
どう同情していいのかも分からないでいると、廊下から熊岸刑事が戻ってきた。
「確かに、この学区内では三年前から春先に不審者が現れているみたいですね。その不審者の目撃情報と誠さんの背格好などが酷似しています。三年前は一件、二年前は二件、去年は六件もあったんだとか」
いきなり増えすぎだろ。森川誠が生きていたとしたら、捕まるのも時間の問題だったのかもしれない。
イベントのことを聞きたかったのに被害者の大変な一面を知ってしまった。無職で兄に養ってもらい、その上、露出狂。
森川誠のことを恨んでいるとすれば、兄の雄吾だろう。
露出狂だから恨まれ、他人に殺されるという線は薄いだろう。森川誠が露出狂だと分かったのなら、真っ先に警察に駆けこめば済む話なのだから。
「森川さん、またあとで露出狂の件は話を聞くかもしれませんが、今回は公園で行っていたハッピーニューイヤーライブフェスのことで聞きたいことがあります」
熊岸刑事がソファーに座り直すと、森川雄吾は呆気にとられたような顔をした。本気で弟が露出狂だったことを問い質されると思っていたみたいだ。
「あのフェスのことですか? 聞き込みは参加者にしましたよね? フェス中は誰も誠のことを見かけていないと思いますけど……それに誠もほとんど家から出ないので……春以外は……。だから、あの公園に誠がいたとは考えにくいんです」
どうやら、弟が露出をするために春に出かけていた事実から思考を切り離せていないらしい。確かに衝撃の事実だが。
「そのフェスで、バンドの控え室となっていた仮設テントがあったでしょう。その後ろのベンチの下に誠さんは転がっていたところを発見されたんです。だから、参加者ではなく、バンドの人間やイベントの運営スタッフたちが見ていないか聞きたいのですが……」
「え……それも一応聞きましたよね?」
参加者には聞いてイベント関係者には聞いていないということはないとは思ったが、俺達の手前、熊岸刑事はもう一度分かりやすく手順を踏んでくれようとしているのだろう。砂橋がSNSで見かけた仮設テントから出てくるバンドメンバーの写真を熊岸刑事がテーブルの上に置くと森川雄吾は顎に手をあてながら、その写真を覗き込んだ。
「仮設テントの裏なら、荷物置き場になっていたので誠がいたのなら、妻が見ているはずです」
「妻……?」
俺が思わず鸚鵡返しにすると、森川雄吾は頷いた。
「はい、妻です。妻もあのイベントではスタッフの一人として、作業をしてくれていたんです」
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