第16話 テレポート屋にて

「パトリニア君、忘れ物はないかい?」

「ああ」


 あれから数日が経ち、僕たちはようやく出発の準備を終えた。

 まあ、準備と言っても、ちょっとした買い出しだけだったのだが。

 僕は魔道具を数点、ヴァイオレットはよく分からない薬草をそこそこの数買っただけだ。

 それなのに、ヴァイオレットがせっせと薬を作りまくったせいで、こんなにも出発が遅れてしまった。

 翌日には出れるくらいだったというのに……。


「にしても、まさかテレポート屋を使える日が来るだなんて……。夢にも思わなかったよ」

「今回限りだからな?」

「それでも十分さ。私としても、長旅は避けたかったからね」

「じゃあ、なんでわざわざそんなところまで行くだなんて言い出したんだよ」

「だから、事情があるんだって!」

「どうせ、どんな事情なのかは言わないんだろ?」

「大正解」


 ハァ、本当にこいつは……。


「でも、もう少ししたら言うつもりだから、安心してて」

「はいはい、分かったよ」

「……本当に分かったの?」

「分かったから、横腹をつついてくるな!!」




 えーっと、確かこの辺だったよな……。

 街の中心部に向かって歩きながら、辺りを見回す。

 ……お、あった。


「ヴァイオレットさん、こっちに来……い……」

「むぐむぐ、ちょ、ちょっと待ってて……。むぐむぐ」


 こいつは、なんで露店でがっつり飯食ってんだよ!?

 ……ハァ。


「あと三十秒で来なかったらおいてくからな!!」

「わ、分かったよー!! むぐむぐむぐ……」




「すみませーん!!」


 少し大きめの声を出しながら、仰々しい扉を通り抜ける。

 こういう場所は、無駄に広かったり複雑になっているから、嫌いなんだよなぁ……。

 声が通りにくいったらない。


「へー、こんな感じになってるのか……」

「あんまりキョロキョロしてると、田舎者と思われるぞ」

「そうはいったって、知的好奇心が優先されてしまうんだよ。おっ、この壺、薬を入れるのにちょうど良さそうだねぇ……」

「それ一個でテレポート二回できるくらい高いから、あんま触んないほうが良いぞ」

「ひぇっ!?」


 慌てた様子で壺から手を離すヴァイオレットを尻目に、僕は店の奥の方へとどんどん進んでいった。


「テレポートを頼みたいのですが、店主殿はいらっしゃらないのですか?」

「……いない」

「いるじゃないですか」


 目の前の扉から聞こえてきた声に、思わずつっこむ。


「生憎と、私は研究で忙しいのでな。今日は店は休みだ。……表に書いてあったはずだぞ」

「そうでしたか。そこまで気が回らず、申し訳ございません。でも、火急の用なんで……」

「……ちょっと待て。聞き覚えのある声だな。お前さん、名前は?」

「……パトリニアだ」

「……えっ? ちょ、ちょっとお待ちください!! すぐに出ますので……!!」


 そう言うと同時に、扉の向こうでバタバタとあわただしい音が鳴り始めた。


「も、申し訳ございません!! いやはや、先日予約に来られていたことを、すっかり忘れておりました!!」


 扉がバン、と開き、乱れた服と髪をなんとか正そうとしている小太りのおじさんが出てきた。


「大丈夫ですよ。こちらも、急に訪ねることとなってしまって、すみません」

「いえいえ、滅相もございません」


 愛想のいい笑いを浮かべながら、店主は軽く会釈をした。


「……君、私には敬語を使わないくせに、この人には使うんだねぇ」

「それがどうした?」

「いや? べつにー?」


 不貞腐れたような顔で、ヴァイオレットが顔をプイッと逸らせた。


「あの、そちらの方は……?」

「僕の、まあ、旅仲間みたいな奴です。あ、行き先はこいつが知ってるんで、こいつに聞いてください」

「ねぇ、あんまりこいつ、こいつって呼ばないでくれないかな? 泣いちゃうよ?」

「知らん。さっさと行き先を教えろ」」

「……ぐすん。私に辛辣すぎるよ、君は……」

「まあまあ、落ち着いてください。えーっと、今地図を持ってきますので、少々お待ちください」


 そう言って店主は、大きな体を揺らしながら、再び扉の奥へと歩いていった。

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