第8話 もう一度だけ

 この木の葉が、材料!?


「ダフネの木は、魔力を養分にして育つという特性持ってるんだ。だから、木全体を濃厚な魔力が常に流れ続けている。そして、その特性こそが、ダフネが切り倒せないと言われる所以ゆえんなんだ」


 説明をしながら、ヴァイオレットはゆったりとした足取りでダフネの方へ歩いていった。


「さてさて、それじゃあ、今から面白いものを見せてあげよう。私が使ってるナイフは、特殊な加工が一切施されていない安物なんだけどね。こいつで枝を切ると……!」


 ヴァイオレットが近くに垂れ下がっていた枝を数本握り、反対側の手でナイフを振り下ろした。

 当然のように、握ってあった部分から先の枝は手に残り、後の枝はそのまま木に残った。


「……なにが面白いんだ?」

「まあまあ、焦っちゃいけないよ。すぐに始まるから」


 口角を上げ、ヴァイオレットがそう言った、次の瞬間。


「……え!?」


 ヴァイオレットが握っていた枝がみるみるうちに萎れていき、さらさらと砂状になって風に舞った。

 しかも、それだけじゃない。

 木に残った方の枝から、切られる前以上に青々とした枝がにょきにょきと生えてきた。


「これが、ダフネのもう一つの特性。木に蓄えられた魔力によって、どれだけ傷を付けられても、すぐに再生するんだ」

「……だから、切り倒せないのか……」

「そゆこと。そして、この莫大な生命力と魔力が、そのまま例の薬に利用されてるみたいだね」


 なるほどな……。


「さて、ここで問題だ。さっき見せたように、木から離れた葉や枝はすぐに萎れてしまって、薬に使用することはできないんだ。これを解決するには、どうしたらいいと思う?」

「…………分からない」

「……ふーん。君なら分かると思ったんだがねぇ……。正解は、魔力をめて切る、だよ」

「魔力を……?」

「そう。これもまた、ダフネの性質なんだけどね。魔力の籠ったもので傷つけられると、瞬時に傷口が塞がって、魔力が流れ出さないように硬化するんだ。恐らく、魔獣の攻撃を防ぐためのものなんだろうけどね。でも、そのおかげで、魔力を籠めた刃物を使えば、簡単にダフネの葉や枝が手に入るんだ」

「……そういうことか」


 小さな溜め息を吐きながら、僕はそう言葉をこぼした。


「おや、なにか分かったのかい?」

「ニヤニヤするな、白々しいんだよ。……どうせ、僕にダフネの葉を集めさせようって魂胆で、ここまで連れてきたんだろ?」


 魔力を適切かつ正確に扱える人間は少ない。

 ちゃんと使いこなせるようになるまでは、長い時間をかけて行う特殊な修行が必要なのだ。

 ……これでも僕は、魔法使い見習いだ。

 完璧に、とは言えないが、魔力を扱うことくらいはできる。


「フフッ、よく分かってるじゃないか。でも、それだけじゃないんだよなぁ……」

「……どういうことだ?」

「パトリニア君。君にもう一度だけ聞きたいんだ」


 優し気な笑みを浮かべ、ヴァイオレットがこちらに近づいてきた。


「私と取引しないかい?」


 ……また取引か……。


「……一度断ったはずだが?」

「前に言った取引とは、少し違うよ。……なあ、パトリニア君。君はスプリング・エフェメラルを探してるんだったよね?」

「ああ。それがなんだってんだよ」

「……君はよく噛みつくねぇ……。でも、少しだけ冷静に考えてくれ。スプリング・エフェメラルが現存する可能性って、どのくらいだと考えているんだい?」

「……それは……」

「フフッ、即答できないだろう? ……私は、現存する可能性は限りなくゼロに近いと考えているんだ」

「じゃあ、なんで薬を探してるんだ?」

「……私はね、薬そのものを探しているわけじゃないんだよ。薬を作るための材料を探してるんだ。だって、本当にあるか分からないようなものを探すより、実際に作った方が確実だろう?」

「それはまあ……、そうだな」

「そこで、だ!!」


 突然大きな声を出され、体がビクッと跳ねた。


「おっと、ごめんごめん。えーとだね、私が言いたかったのは、パトリニア君も一緒に薬の材料を探してくれないか、ってことなんだ」

「それが取引の内容か?」

「そ。薬の材料の中には、ダフネのように魔力を必要とするようなものがいくつかあるんだ。……だからさ、私と協力してくれないかい? 私は薬のレシピを知っている。君は魔力を扱える。お互いのアドバンテージを利用しあえる、良い取引だと思うんだけど……。……どうかな?」


 不安そうな顔で、ヴァイオレットがこちらを見た。

 ……取引……。

 ……他人と協力だなんて、極力したくない。

 だからこそ、一度は断ったのだが……。

 …………。


「おや、どうかしたのかい?」


 ヴァイオレットを無視し、僕はスタスタとダフネの木の方へ歩いていった。

 そして――


「ヴァイオレット、ナイフを貸してくれ」

「ん、良いけど……」


 パシッと空中でナイフを受け取り、手早く鞘から抜く。

 そして――


 ――ザクッ!!


 魔力を流し込んだナイフで、十本程度の枝を切り落とした。


「……材料探し、協力はするよ」

「本当かい!?」

「だが、絶対に信頼はしないからな? 冒険の途中で何かが起こったとしても、お前に背中を預けたりはしない。材料を探すため、それだけの関係だ。それでもいいか?」

「ああ、それで十分だ。……ありがとう、パトリニア君」

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