第7話 とある伝説
「ほらほら、手、繋がなくていいのかい?」
「いい」
またさっきみたいにならないように、と心配してくれるまでは良いのだが、ここまで引っ付かれると流石に面倒くさい。
というか、こんなに横ピッタリ寄り添って歩く必要ないだろ。
「……離れてほしそうな顔だねぇ」
「分かってるんなら、早くしてくれ」
「いやだ」
「いやだ、じゃないだろ、子供じゃないんだから」
「だって、君がまたドジをやらかしたら、私まで面倒な事に巻き込まれるじゃないか」
「…………」
さっきの事があっただけに、否定できないのが悔しい。
「……ん、匂いが変わったね。だいぶ近くなってきた」
「本当か!?」
「ああ。この調子だと、日が暮れる前には着きそうだね」
よ、ようやく戻れるのか……。
本当に疲れた。
街に着いたら、速攻でヴァイオレットからは離れよう。
……気のせいだろうか、段々と木々の密度が上がってきているような気がする。
というか、明らかに暗くなってる。
街周辺は、かなり明るかったイメージだったのだが……。
「……なあ、本当に街に近づいてるんだよな?」
「ん? まあまあまあ……」
…………。
すっごい微妙な反応なのが気になるが、ここまで来て今更引き返すこともできない。
乗り掛かった舟、というやつだ。
…………。
もはや、今が昼か夜かも分からない程に光がなくなってきた。
明らかにおかしい。
ここまで深い森があの街周辺にあるはずがない。
「おい、ヴァイオレット――」
「しっ。静かに。この辺りに棲む生物は繊細なんだ。あんまり刺激すると、食肉植物に食われるよりも悲惨な目に遭うぞ」
「やっぱり、街とは別の方に向かってるんだな!?」
悲惨な目、というのに警戒して声を押さえつつ、僕はヴァイオレットを問い詰めた。
「まあまあ、落ち着いて。もうちょっとで、種明かしするからさ」
「種明かしって……」
こいつはマジで何を考えてるんだ?
……とりあえず、街まで戻れたら、一発くらい殴ってやろう。
それくらいしても、
……こういう時、移動魔法でも使えればよかったんだがな……。
そうすれば、こいつにわざわざついていく必要も……。
「……パトリニア君。君はこんな伝説を知ってるかな?」
「は?」
「この森には、世にも珍しい『いくら切っても倒れない木』があるそうだ」
「……聞いたこともない」
「クックックッ、そうか。まあ、それならそれでいいんだ」
「なあ、急にそんな話をして、なにが目的なんだ?」
というか、こいつの行動すべて、目的が分からない。
「目的? そんなものはないよ。ただ、面白いとは思わないかい?」
「思わない」
「……ふーん、そうか。じゃあ、そんな君でも興味が湧くような話をしてあげよう」
自信ありげな笑みを浮かべ、ヴァイオレットは楽しそうに口を開いた。
「さっき言った木は、伝説なんかじゃなくて、ちゃーんと実在するものなんだ。名を『ダフネ』と言ってね。美しい浅緑の葉を空いっぱいに広げる姿は、それはもう美しいそうだよ」
「……それのどこが」
「興味をそそるのかって? まあまあ、あんまり結論を急いでも、人生楽しくないよ。……とはいっても、もうすぐその
「は? どういうことだ?」
「それはね……」
ヴァイオレットがそう呟いたと同時に、辺りが急に開いた。
……うっ、眩しい……!
「こういうこと、だよ」
サーッと風が僕らの間を通り抜ける。
これ、は……!?
先程までの鬱蒼とした雰囲気から一変し、明るい日差しがたった一本の大樹を照らしていた。
その大樹は、まるで一つの山がそびえ立っているかのように枝葉を広げ、神秘的な雰囲気を放っていた。
「どうだい、美しいだろう?」
「……ああ」
「クックックッ、感動してくれたみたいで、なによりだよ」
「……なあ、ヴァイオレット。まさかとは思うが、これを見せるためだけにここまで連れまわしてきたのか?」
「まさか。私がそんなバカげたことをするはずがないだろう?」
……なんか、感傷的になってた僕までバカにされたような気がする。
「それじゃ、パトリニア君。この木に関する面白い話を、もう一つだけしてあげよう」
「……なんだ?」
「昔、とある薬草師が、ある薬を作成するのに、ダフネの葉を使ったそうだ。……その薬の名前、分かるだろう?」
「……まさか……!?」
「ダフネの葉は、スプリング・エフェメラルの材料の一つなんだよ」
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