第6話 からかいたい

 ……ハァ、ハァ……。

 急に走ったためか、全然息が落ち着かない。

 運動らしい運動をしてこなかった影響が、露骨に表れたな……。


「大丈夫かい、パトリニア君?」

「だ、大丈夫だから、話しかけるな……!」

「……まったく、君はどこまでも不愛想だねぇ。まあ、別にいいんだけどさ。でも、心配してくれた相手に、その態度はないんじゃないか? ん?」

「…………」

「ねぇ、聞いてる?」

「…………」

「……しょうがないなぁ。私特製の疲労回復薬をかけてあげるよ。副作用として、一日中鼻血ブーになっちゃうけど」

「やめてください」

「クックックッ、無視をするなら、もっと徹底的にやりなよ」

「……うるさい。喋る暇あるなら――」

「もっと速く進め、かい? でも、今遅れてるのは、君の方なんだけどなー」


 ……もういい、こいつの煽りにいちいち反応していては、疲れるだけだ。

 ヴァイオレットの言ったとおり、徹底的に無視してやる。

 そう決め込んだ僕は、足のピッチを上げ、スタスタとヴァイオレットを追い抜かした。


「おーい、パトリニア君?」

「…………」

「パトリニアくーん?」

「…………」

「……そこ、食肉植物がいるよ?」

「えっ? って、わっ!?」


 ぐいっととりもち状の何かに足を持ち上げられ、僕はあっという間に逆さ宙づりの状態にされた。


「クックックッ、アッハッハッハッ!! ど、どれだけお間抜けさんなんだい、君は!!」

「ちょっ、笑ってる暇があったら、助けてくれ!!」

「いやだね。私に不愛想な態度を取った罰さ!! まあ、君がちゃんとした言葉遣いで頼んでくれるなら、考えてあげなくもないけど?」

「分かりました、分かりましたから、助けてください!!」

「クックックッ、それでいい。それじゃあ、この由緒ある鈍らナイフを……って、ちょっ!!」


 ヴァイオレットがナイフを出すよりも先に、僕は生温かい壺状の何かに飲み込まれた。




「うっ、ひぐっ、ぐすっ……」

「ご、ごめんって。君があんまりにも面白かったから、つい揶揄からかいたくなっちゃったんだよ」


 あの後、ナイフで茎を切断された食肉植物の中から、どうにかこうにか消化液の中から引っ張り出してもらい、なんとか事なきを得た。

 うぅ、皮膚がめちゃくちゃヒリヒリする……。


「…………。ちょっとこっちに来てごらん」

「な、なんですか?」

「ほら、君がさっきまで捕まってた、この子の葉っぱのとりもち部分。これを、ナイフで切ると――!」


 グチャッという気色の悪い音を立て、切り落とされた葉肉が地面に落ちてきた。


「うん、このくらいあれば十分だろう。ほら、切り口から黄色い液体が溢れてきただろう? これを肌に塗り込めば、消化液の気持ち悪さが少しは緩和されるはずだよ」

「えっ、あっ、ありがとうございます……」


 言われたとおりに塗ると、確かに肌のヒリヒリが治まってきた。


「どうだい? 少しは落ち着いたかい?」

「まあ、多少は……」

「うん、それならよかった。動いたりは?」

「あー、まあ、問題ない……」

「よし。それじゃ、少ししてから、出発しようか。何かあったら、私に言うんだよ」

「…………分かった」


 一瞬だけ『こいつ、優しいかも』と思ってしまったが、よく考えれば、ヴァイオレットのせいで僕は食われたんだから、とすぐに思い直した。

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