第3話 取引をしよう

「ん? なにか、おかしなことを言ったかい?」

「いや、えっ? いや、だって……」


 薬を、探す?

 一緒に?


「いいかい、パトリニア君。これはね、取引なんだよ」

「……取引?」

「そう。お互いの利益のためなんだ。だって、そうだろう? 冒険なんて、ある程度人数がいたほうがやりやすいんだ」


 ……確かに、それはそうかもしれない。

 だが……。


「悪いが、断らせてくれ」

「……どうしてか、聞いてもいいかな?」

「あんたが信用できないから。これ以上、理由がいるか?」

「君に損はないのに?」

「だとしても、だ」


 今までだって、一人でやったんだ。

 これからも、一人で……。

 ……というか、そういえば……。


「……なあ、一つ聞いても良いか?」

「なんだい?」

「壺は?」

「ん?」

「壺はどうしたんだ?」

「んー、もしかしてだけど、洞窟の中にあったやつかい?」


 小さく頷き返すと、ヴァイオレットは少し楽しげな表情で焚火の横の辺りに手を伸ばした。


「ほら、これだろう?」

「ああ、それだ! そいつを寄こせ!!」

「うーん、別にいいけど……中、空だよ?」

「……は?」


「さっき、私が地面に撒いちゃった」


 頭の中で、なにかが崩れるような音が響いた。

 あの壺の中には、例の薬が入っていたはずだ。

 なのに、なのに、地面に撒いた?

 地面に撒いただと!?


「おいおい、そんなに睨まないでくれよ」

「ふざけるな!! お前、薬の事を知っておきながら、よくそんなことできたな!?」

「薬の事を知ってるからこそ、だよ」

「あ?」

「あの壺の中身、確認したけど、ただの水だったよ。恐らく、洞窟内の湿気でたまったんだろうね」


 …………。

 じゃあ、僕の努力は、ただの徒労……だったのか……。


「あー、傷心のところ申し訳ないが、もう一度聞かせてくれ。私と冒険する気はないんだね?」

「……うん」

「……そうか。まあ、君の自由にしたらいいさ」


 つまらなそうな表情が、焚火に照らされている。

 ……今さっきの出来事で、こいつの信用は地の底にまで落ちた。

 逆恨みかもしれないが、今の僕がまともな思考をできるはずがない。


「まあでも、今晩くらいは一緒にいないかい? 夜の森は冷えるよ?」

「遠慮する。というか、これ以上お前といたくない」

「……そこまで拒絶されると、流石の私でも傷ついてしまうんだが」


 知るか。

 とりあえず、一刻も早くこの場を離れよう。

 そんなことを考えながら立ち上が――


「……あ、れ?」


 ドサッと重たい音をたて、地面に突っ伏してしまった。

 なんだ、これ。

 全身が、重たい。

 それに、頭もボーっとしてきた……。


「……うん、流石は私だ。薬が効くタイミングと話の長さ、どちらも計算通りだ」

「お、お前、なに、を、した……?」

「……君、紅茶を飲んだだろう?」


 ……あ。


「ダメだよ、知らない人からもらったものを飲み食いするだなんて」


 腹の下に腕を入れられ、ごろんと転がされる。

 頭上には、にやにやと意地悪な表情を浮かべたヴァイオレットがいた。


「にしても、君、不用心にもほどがあるんじゃないか?」

「う、うる、さい……」

「うるさい、じゃないよね?」


 そう言いながら、ヴァイオレットの左手が僕の首を軽く掴んだ。


「君、自分の状況が分かってないの? 私がその気になれば、いつでも殺せるんだよ?」

「…………」

「ま、そんなことをする気ないんだけど」


 パッと手を離し、ヴァイオレットは笑顔を浮かべた。


「さて、パトリニア君」


 ……は!?

 突然、ヴァイオレットは、僕に覆いかぶさるように、四つん這いの体勢になった。


「私と取引、してくれないのかな?」

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