第2話 バーターにいこう

 ――パチパチ。


 ……ん……?

 すぐ近くで、何かが弾けるような音が鳴っている。

 薄っすらと目を開けて確認してみると、どうやら焚火をやっているようだ。

 首を回し、辺りの様子を窺うが、一面が木ばかりでそれ以上の情報が手に入らない。


「おや、ようやくお目覚めかい。お寝坊さん」


 突然の声に、弾かれるように起き上がってしまう。

 ……え?

 よく見れば、焚火の横に先程の女性が座っていた。


「ヒッ……!!」


 驚きと困惑の混ざった悲鳴が口から零れ落ちた。

 すると、その女性はムッとしたような表情で口を開いた。


「おいおい、その反応はないだろう?それに、こういう時は『お嬢様が早すぎるだけですよ』って返すのがセオリーなんだけど。知らない? 私の友達が書いた小説の一説なんだけど」


 いや、だって、急に襲ってきた相手がすぐ近くにいれば、こうもなってしまうだろう。

 それに、そんな小説は知らない。


「……あんた、誰だ?」

「んーとね、どこにでもいるただの町娘かな」

「真面目に答えろ」

「やだね。大体、なにかを聞く時は、バーターに行くのが基本だよ?」

「……バーター?」

「分かりやすく言えば、等価交換。私の事を知りたいんだったら、まず先に、それに見合っただけの情報を開示してくれ」


 ……よく分からないが、要は先に名乗れということだろうか。


「……分かった。じゃあ、僕が先に名乗るから、お前も名乗ってくれ」

「うん、それなら良いよ。でも、その前に、紅茶でも飲まないかい? さっき淹れたんだよ」


 そう言って女は、ティーカップを寄こしてきた。

 …………。

 毒が入ってないかと疑ってしまうが、からからに乾いた喉が訴えてくる欲求には逆らえなかった。


 ――ゴクン。


 ……普通に美味い紅茶だ。

 って、そんなことよりも、まずは名前だ。

 …………。


「キテュリヌス・クリノス」

「ダウト」

「……は?」

「嘘、吐いただろう?」

「…………」

「君はあまりにも分かりやすすぎるよ。さて、次嘘ついたら……どうしてやろうかねぇ……」


 つぅっと額を汗が伝う。

 ……この女、何者だ?

 こんな一瞬で、嘘を見破ってくるなんて。

 ……これ以上余計なことをするのは、得策じゃないか。


「……パトリニア」

「……うん、今度は嘘じゃないみたいだね。それじゃ、私も。私の名前は、ヴァイオレットだ。よろしく」


 ……?


「おいおい、出された手を握り返すような気も利かないのかい?」

「あ、えと、すみません……」

「まあ、いいよ。それで、他に聞きたいことはあるかい?」

「……それじゃあ、あんたは何者だ?」

「バーター」


 ……そうだった。

 こいつ、面倒くせぇな……。


「僕は……」


 ……続きの言葉が思い浮かばない。

 自分が何者か……。

 …………。


「……ただの魔法使い見習いだ」

「……へえ……。私は、通りすがりの冒険者兼薬草師だ」


 薬草師……。

 そういえば、気絶する前に、なにか投げつけてきてたな。

 あれも、薬草の効果だろうか。


「次は?」

「…………」


 ……そろそろ、本題に移るか。


「僕の目的は、とある薬を探すことだ。あんたの目的は?」

「……へえ、そう来たか。まあ、いいさ。バーターだ。私の目的は……そうだねぇ……。……私も、薬を探しに来た」


 顔がピクリとひきつる。

 ……まさか……。

 いや、でも、そのはずは……。


「おや、随分と緊張しているようだが、どうかしたのかい?」

「……別に」

「クックックッ。そうだよね。私は別に、何の薬か、なんて言ってないからねぇ……」


 …………。

 こいつの考えていることが、まったく分からない。

 ……本当にアレ・・について知っているのだろうか。

 いや、それはないか。

 ……もしや、僕から情報を引き出すために、適当を言ってるのか?

 だとすれば、裏に・・あいつが……。

 そんなことを考えていると、何故かリラックスしている様子のヴァイオレットが口を開いた。


「スプリング・エフェメラル」


 !?

 こいつ、今……。


「クックックッ、随分と驚いた顔をしているねぇ」

「いや、だって……」

「フフフッ、本当に反応が面白いね、君は。スプリング・エフェメラル。別名、不老不死の薬。飲んだ者は、悠久の時が約束される」

「…………」


 確かにさっき、知っているかもしれない、とは思った。

 だが、だとしても、こうもあっさりと口に出されるとは思わなかった。

 ……確かに、僕が探している薬は、それだ。

 だが……。


「……あんた、なんでその薬の事を知ってるんだ?」

「ん? どういうことだい?」

「……その薬は……」

「自分しか知らないはず? クックックッ、傲慢にもほどがあるんじゃないか? 君が知らないだけで、この薬の事を知る手段は、幾らでもあるんだよ」


 ……こいつの正体が、いよいよ分からなくなってきた。

 僕は、この薬について知るために、様々な手を用いた。

 だからこそ、自分……ともう一人だけしか知らない自信があったのだが……。


「さて、さっきの質問、私がなぜ薬の事を知っているのか、聞きたいかい?」

「……どうせまた、バーターなんだろ?」

「もちろん」

「じゃあ、いい」


 こっちの手の内までは、明かしたくない。

 それに、僕が使った手段は、絶対に知られてはいけない。


「ふーん、まあ、いいさ。ところで、パトリニア君。君に一つ、提案があるんだけど」

「……なんだ?」


「私と一緒に、薬を探さないかい?」


「……は!?」

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