第50話 決戦へ


「王家の信用失墜が目的? どういうことですか、リドさん」

「さっき、ドライド枢機卿は自分よりも上に立つ者が邪魔だと言った。今の王都教会よりも上の存在があるとすればそれは王家だ」

「だから、黒水晶を使っていたのもその立場を逆転させるためだったと?」


 ミリィの問いにリドは頷く。


「黒水晶を使ってモンスターを異常発生させても、ドライド枢機卿に得は無い。そう思っていたんだけど」

「だけど?」

「例えば、もしそれを他の誰かの仕業に見せかけることができるなら……」

「あっ……」


 そこでミリィも、傍で聞いていたエレナも気付いたようだった。


 他者と比べて優位に立つための方法は主に二つ。

 自身を向上させるか、他者を蹴落とすかだ。


 ドライドはその後者を選んだのだろうとリドは推測した。


「気になっていたんだ。確かにここには大量の黒水晶があった。でも、採掘を管理していたエーブ辺境伯から全てを買い取っていたとするなら、量が合わない。もしかすると、どこかへ運び出していたのかもしれないって」

「どこかへ?」

「例えば、王家で管理している建物の中とかね」


 シルキーがリドの思惑を察したようで、口角を上げる。


「なるほどな。黒水晶をドライドの奴が集めていたのを知っているのは一部の人間だけだ。あの紫髪の姉ちゃんのスキルを使えば、少しずつならバレないように移動させることもできるし、王家が黒水晶を集めていたように見せかけることもできるってわけか」

「それで機を見て、黒水晶がモンスターの異常発生に繋がっている事実を公表すると、そういうことですのね。師匠」

「もちろん、これは僕の推測に過ぎないけど……」


 リドは言って、ドライドの様子を窺う。

 ドライドは慌てるわけでもなく、否定するわけでもなく、ただ黙って頷いた。


「フフフ、中々な名推理だ。ほぼ正解と言っておこうか。更に付け加えるなら、私が黒水晶の効果に気付いたのは十数年前の実験がきっかけというところか」

「十数年前……。まさか王都近郊で起きたモンスターの大発生も……」

「その通りさ、バルガス公爵のご令嬢」

「っ……」


 ドライドの言葉にエレナは怒りをあらわにする。


 エレナの父、バルガスが片腕を失ったのは十数年前、王都近郊で起こったモンスターの大発生が原因だ。

 そのモンスターの大発生は、ドライドの身勝手な実験によるものだったと言うのだ。


「絶対に、許せませんわ……」

「おや、癇に障ったかな? 別に良いじゃないか。そのおかげで君の父は公爵の地位を手にしたことなんだし。そうでなければラストア村の廃村命令も撤回することはできなかったのだろう?」

「なんで廃村命令のことを知って……」

「ああ、下部組織には何人か話の分かる連中がいたからね。今後も黒水晶は何かと使えそうだったし、洗浄地が欲しかったのもあって手を回したんだが、王家本体のめいには逆らえなかったらしい」


 ドライドは何がおかしいのか声を漏らして笑っている。

 その不快な声に反応したのはミリィだった。


「あなたは、自分の理想のためなら他人はどうなっても構わないと言うんですか?」

「些末なことだからね」

「え……?」

「究極的に、自分が執着するもののためなら他者を切り捨てられるのが人間だよ。誰だってそういう経験があるはずだ」

「……」


 ドライドの物言いに、ミリィはすぐ反論することができなかった。

 親に捨てられた経験のあるミリィにとっては、ドライドの言うことも完全に否定し得るものではないと、直感的に感じたのかもしれない。


「けれど……」


 ミリィは青い瞳でドライドを見据えて言った。


「けれど、私はそれだけが全てじゃないって知っています。誰かの特別を守るために、必死になってくれる人たちもいるって」

「……それは、君が恵まれているだけだよ」


 ミリィの言葉に、ドライドの表情が初めて明確な変化を見せる。

 浮かべていた笑みが消え、返した言葉は少しだけ低い声だった。


「ドライド枢機卿。あなたが自分の目的のために他者の犠牲をいとわないなら、僕も自分の特別を守るためにあなたを全力で止めてみせます」

「……フフ、若いね。果たしてそう上手くいくかな?」

「言っておくが、相棒はめちゃくちゃ強いぞ。お前の方こそ、ペラペラ喋ったことを後悔するんだな」

「なに、私が真実を話そうが話すまいが、どちらにしても結果は一緒さ」


 ドライドは一度言葉を切って、そしてリドたちに宣戦布告するかのように一歩前へと足を進める。


「君たちに止められるようなら、どちらにせよ計画は頓挫するしね。だから元より、私がここでやるべことは一つなのさ」

「あれは……」


 ドライドが懐からあるものを取り出す。

 それは、淡い光を放つ黒水晶だった。


「死人に口無し、ということだよ」

「……っ!」


 ドライドは取り出した黒水晶を小剣で叩き割ったかと思うと、その欠片を自身の口に含む。

 そしてそのまま、それを一息に飲み込んだ。


「アイツ、黒水晶を……」

「喰った……?」


 リドたちにはその行動の意図が分からない。

 ただ理解不能という言葉が脳裏を巡っていた。


 が、すぐにその答えは明らかになる。


「君たちはこの黒水晶がモンスターの性質を変化させると言っていたね。それは正しい。が、一つ付け加えておこう」


 砕いた黒水晶を飲み込んだドライドの周囲に、黒い靄のようなものが漂い始めた。

 得体の知れない、この世のものとは思えないような気体。

 そしてそれはドライドに吸い込まれるようにして消えていく。


「ど、どうなってるんですの……?」

「リドさん、これは……」


 そこに現れたのは黒く巨大な異形の魔物だった。


 頭部からは二本の角を生やし、二足で立つ他は明らかに人の見た目とは異なる。

 太い前腕は一般的なオーク種などの数倍はあろう。


 体躯は先程リドが討ち倒したカイザードラゴンと並ぶほどで、広い地下神殿の天井にも届くほどの高さからリドたちを見下ろしていた。


「黒水晶を体内に取り入れることでその生物は変化する。そしてそれは人間も例外ではないのだよ」


 異形の魔物に変貌を遂げたドライドは、声質までもが変化している。

 魔物が人の言葉を話すとしたらきっとこのようになるだろうと、そう思わせるような低く重い声だ。


「さあ、決着をつけるとしようか。少年少女たちよ」


 その声を受け、リドは手にした大錫杖をきつく握りしめた。


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