第49話 手段と目的


「あれが、ドライド枢機卿ですか……」


 ドライドの登場によって後退したミリィがリドに声をかけてくる。

 リドは目で応じつつ、警戒を解かずにドライドを注視した。


 ゴルベール大司教が纏っていたような、ただ豪奢なだけの祭服とは違う。

 ドライドの纏った教会服は整然として乱れの無い様子だった。


 柔和な笑みを浮かべ、少なくとも外見からはヴァレンス王国全土を脅かすような企てをしているようには見えないのだが……。


「相棒、気をつけろよ。アイツ、何してくるかが全く分からん」


 リドの傍で珍しく真剣な表情を浮かべたシルキーが呟く。

 動かないドライドがかえって不気味なのか、黒い毛並みも激しく逆立っていた。


 一方でユーリアの拘束を解いたドライドは、手にした小剣で攻撃を仕掛けてくるわけでもないらしい。

 悠然と構え、臨戦態勢を取っているリドたちに向けて言葉だけを放ってきた。


「そんなに警戒をしなくても良いのに。私はまず話をしようと言っただけだ。それ以上の意味は無いよ」

「……」


 ドライドは小剣を懐に仕舞いながら肩をすくめている。

 どうやら本気で話をするだけのつもりらしい。


 リドはミリィとエレナに警戒を怠らないよう目配せした後、ドライドに対して問いかけることにした。


「……それなら、僕からお尋ねしたいことがあります。ドライド枢機卿」

「構わないよ。と言っても、君たちがここにいることからある程度の推測は立つがね」

「この地下神殿に並んでいる木箱。その中には黒水晶が入っていました。あなたはそれを使って何をしようとしていたのですか?」


 リドの問いを受けてドライドが楽しげに口角を上げる。


「ふむ、やはり私が何かしようとしているという察しはついていたようだね。でなければ私の部屋から繋がっているこの場所に来ることもないか。うん、実に優秀だ」

「……」

「私がなぜ黒水晶を集めているか、だったね。その前に確認なんだが、君は黒水晶がどんな効果を持つか知っているかい?」

「採掘した時点では強い毒性を持っているということと、モンスターの性質を変化させる鉱物だというところまで」

「そこまで知っているなら話は早い。というより、黒水晶がモンスターに影響を与えることまで知っているなら私が講じてきた手段の方・・・・は分かるよね?」


 その物言いでリドの中で抱えていた疑問は確信に変わった。

 これまでリドたちが目にしてきたモンスターの変異や異常発生は、やはりドライドの行ってきたものだったのだと。


「……やっぱり、各地のモンスターを活発化させてきたのはあなただったんですね。ドライド枢機卿」

「フフフ、正解だよ」


 ドライドは否定するわけでもなく、まるで教え子が模範解答をしたことを喜ぶ師のように笑ってみせる。


 しかし、リドにはまだ腑に落ちない点があった。


 モンスターの性質を変化させる黒水晶を集めていたのだから、その効果を利用しようとしていたことは分かる。

 重要なのは、モンスターの発生に干渉することでドライドに何の得があるのかという点。


 つまりドライドの手段は判明したものの、目的の部分が未だ不明なのだ。


 その疑問を、ミリィとエレナがそのまま口にする。


「どうして、そんなことを……」

「モンスターを大量発生させて、ヴァレンス王国に住む人たちの平和を脅かそうとでも言うんですの?」

「おいおい、嫌だな。それではまるで古い物語に出てくる魔王か何かのようじゃないか。私はあくまで人間として当たり前の欲求に従って行動しているだけだよ」

「人間としての欲求?」

「そう。とても根源的で単純なものさ。人としての本能と言って良いかもしれないね」

「それは……」

「他者よりも優位に立ちたいという欲求さ」


 ドライドは満足そうに手を広げ、恍惚こうこつとした表情で語る。


「人は生まれながらに他者よりも優れた存在でありたいという欲求を持つものだ。種として生き残るために狩りを行い、生命の安全が手に入れられれば同じ種の中でも優位に立とうとする。その欲求は形を変えてきたが、現代に至っても根本的なところは変わっていない。私はそのように考えているよ」

「……」

「ゴルベールという男がいただろう? 彼などはまさにその欲求を体現したかのような人物だった。神官としての利益を享受したい、優遇されたい、称賛されたい。彼は醜くはあったが、優越感に執着しようとする姿は人として自然なものだったと思う」

「で? その話がモンスターを異常発生させることとどう繋がるんだよ」


 嬉々として語るドライドに、シルキーが不快感をあらわにして尋ねた。

 黒猫が人の言葉を発したことにドライドは興味深そうな目を向けるが、すぐに元の柔和な笑みに戻る。


「簡単な理屈さ。自分が優位に立ちたいとなれば、自分よりも上にあるものは邪魔だよね」

「……なるほど。あなたの敵は、王家ですか」

「その通りだ、リド・ヘイワース神官」

「しかしそれがどういう――いや、そうか……」


 リドは思案し、そして思い至る。


「ドライド枢機卿。あなたがモンスターの異常発生をさせていた理由は、王家の信用失墜が目的。そうですね?」


 ドライドはその問いには答えない。


 代わりに、とても不気味な笑みを浮かべてそこに立っていた。


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