第37話 的外れな提案


「それじゃあリド少年、楽しかったぞ。近いうちにまた会おう」

「はい。僕もラクシャーナ王とお話できて光栄でした」


 リドたちとの話を終え、その後ラストア村の視察を行ったラクシャーナが王都に帰還する時間となった。


 村の中央広場には防衛班や狩猟班以外の村人たちが集まっており、盛大な見送りが行われている。

 ラクシャーナは、帰りの馬車で酔った時用の薬草をミリィから受け取ることも忘れない。


「王よ。そろそろ参りましょうか」

「うむ。他の者たちも感謝するよ。今度来た時にはぜひ酒を呑み交わそう」


 従者のガウスに促され、ラクシャーナが馬車を置いてある小屋に向かおうとした時だった。


「あれ……」


 村の入り口に立っていた人物に、リドが声を漏らす。


 そこにいたのはゴルベールだった。

 豪奢な教会服はどこかくたびれており、ゴルベールはそれを引きずるようにして歩いてくる。


「げっ」

「何でゴルベール大司教がここに……?」


 シルキーが心底嫌そうな声を漏らし、リドもまた意外な来訪者に怪訝な表情を浮かべていた。


「あれがリドさんを左遷したっていう大司教さん……」

「うへぇ。あんまり見たくない顔ですわ……」

「あんの野郎、今更何をしに来やがったんだ?」


 ミリィ、エレナ、バルガスも良い顔をせず、遠くにいるゴルベールの姿に視線を注ぐ。


 そして、ゴルベールは人だかりの中にリドの姿を認めたらしい。

 近くまでやって来ると、開口一番で声を上げた。


「お、おおっ! リド・ヘイワースよ、元気にしておったか?」


 若干引きつった顔で、ゴルベールはリドの肩を叩く。


 大きな声で言ったのは、左遷した相手と相対する気まずさを振り払う意味もあったのだろうが、その場にいたリド以外の者たちは揃って眉間にシワを寄せていた。


 ――突然やって来て何でコイツは偉そうなんだ? と思ったのはシルキー。

 ――まったく悪びれた様子もなく「元気か?」とは失礼な人だ、と思ったのはミリィ。

 ――気安く師匠の肩に触るな、と思ったのはエレナ。


 それぞれが悪印象を持つが、ゴルベールはリドに意識を向けているためか気づく様子がない。

 その傍ら、王であるラクシャーナは腕組みをしながら成り行きを見守っていた。


「ゴルベール大司教、どうしてラストア村に?」

「じ、実は貴様に素晴らしい話を持ってきたのだ」

「素晴らしい話?」

「うむ。聞いて喜べ。何と、貴様は王都神官に復帰できるのだ!」

「え……」


 気の優しいリドは困惑した表情を浮かべるだけだった。

 しかし、その周囲にいた者たちは一様に同じ怒りを沸騰させる。


 ――今更それか、と。

 ――謝罪も無しにそれか、と。


「実は、私からドライド枢機卿に掛け合ってな。リド・ヘイワースは辺境の村などにいる人物ではないと。そうして、この私自らが足を運んだというわけだ」


 嘘八百。

 ゴルベールの言葉には相手に対する誠意や謝意などはかけらも無く、自身がへりくだることなく済ませようという魂胆があった。


 そして、金も地位も名誉も手に入る王都神官に復帰できる、という餌をチラつかせれば無反応ではいられないだろうと、そう決めつけて――。


「貴様は王都教会のために尽くすべき人材だ。貴様自身もこんなチンケな村にいるのは苦痛だろう。だから、私と一緒に王都へ――」

「お断りします」

「なっ……」


 突然リドの目つきが変わったことにゴルベールは驚き、後退あとずさりする。

 ゴルベールの言葉は、普段は怒りをあらわにすることが珍しいリドの、超えてはいけない一線を踏み越えるものだった。


「僕個人については何と言われようとも構いません。でも、ラストア村や村の人たちを馬鹿にするような物言いは許せません。お帰りください」

「何故だ! 私が遠路はるばる足を運んでやったというのに!」


 自分が行動を起こしたから相手もそれに報いるべきだと。

 そういう価値観を抱えたゴルベールはひどく狼狽する。


 ゴルベールの提案はこれまでバルガスやラクシャーナが提示した申し出とは明らかに違うものだった。


 リドのことを考えてのものではなく、自分自身のためのもの。

 そして、自分が上職であるドライドから罰を受けないようにするためという、あくまで保身のためのものなのだ。


 そんなものにリドがなびくわけはなかった。


 しかし、ゴルベールは自身の思い通りに事が進まない状況に苛立ち、引き下がろうとしない。


「王都神官に復帰したとなれば、金も地位も名誉も手に入るのだぞ! そういう機会をみすみす手放すつもり――」

「分かってねえなぁ」


 冷たく、しかしはっきりとした言葉がゴルベールの背後からかかる。


 ゴルベールの愚言に口を挟んだのは、それまで黙していたラクシャーナだった。


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