第38話 因果応報
ラストア村の中央広場にて。
リドを王都に連れ戻そうと説得していたゴルベールに、背後からラクシャーナの声がかかる。
「王都神官に復帰したとなれば地位も名誉も金も手に入る? リド少年はアンタみたいに低俗な価値観は持ってねえってことに、何故気付かない?」
「な、何だお前は! 外野は黙っておれ!」
ゴルベールは虚仮にされたとでも思ったのだろう。
声をかけてきた人物が一体誰なのか考える余裕すら無く、ただ王都教会の大司教である自分に無礼な口を聞いた部外者であると断定する。
ゴルベールが悠然と構えていたラクシャーナに掴みかかろうとしたところで、従者のガウスが腰に携えていた剣を抜き放った。
「貴様、王に対して不敬は許さんぞ」
「なッ……!?」
剣の切っ先を喉元に突きつけられ、ゴルベールの動きがピタリと止まる。
本能的な反射行動から遅れて、ゴルベールは今しがたガウスが言い放った言葉を理解しようとした。
(おう? オウ? …………王?)
脳内でガウスの言葉を処理し終え、ラクシャーナの胸に付けられた王家の紋章に気づくと、ゴルベールの手足は震えだす。顔からは血の気が引き、文字通り青ざめた表情へと変わる。
そして、ゴルベールはその場に尻もちをつきながら呟いた。
「そ、そんな……。まさか……本当にラクシャーナ王……?」
すぐにゴルベールは膝をつき、平伏の姿勢を取る。
「も、申し訳ございませんっ! まさか王がこのような村にいらしているとは露知らず……」
「何だお前、相手によって自分の態度を変えるのか? さっきまではあんなに偉そうに振る舞っていたじゃないか」
「い、いえいえいえっ! 滅相もございません! 私はただ、リド・ヘイワースにとっても明るい話だと思って勧めていたまでで――」
「あー、そういうの良いから。それよりもアンタ。リド少年を連れ戻そうと必死になるのは勝手だがよ、何故その前に自分の行ったことについて言及しない? そもそもリド少年を理不尽に追い出したのはアンタだろう?」
「そ、それは……」
「自分の行いについては省みず相手に求めるばかりって、そりゃあ通らんだろ。それとも、それが大司教様の理念ってわけかい? ハッ。随分と崇高な理念だな。聖職者が聞いて呆れるぜ」
「……」
「アンタの所業については色々と聞いている。バルガスやバルガスんとこの嬢ちゃんからもな」
ゴルベールは、そこで初めてバルガスやエレナの姿に気づいたようだった。
自分のしてきた行いが権力者の間で共有されると知り、ゴルベールは弁明することすらできない。
「あの王様、言う時は言うなぁ」
「良くないかもですけど、ちょっとスッキリしちゃいました」
「別に良いと思いますわよ、ミリィさん。私も正直同じ気持ちですし。正直一度ぶっ飛ばしてやるくらいでちょうど良いと思いますわ」
「エレナちゃんよ、もうちょい丁寧な言葉を使ってくれるとお父さん嬉しいぞ。気持ちは分かるが」
「ま、散々吾輩の相棒を虐げてきた罰だ。これが
「……シルちゃん。それたぶん因果応報、ですね」
シルキーとミリィ、エレナにバルガスがそんなやり取りを交わし、頭を擦り付けて平伏するゴルベールを遠巻きに見つめる。
「この痴れ者が。俺がもう少し若ければリド少年の代わりに一発ぶん殴ってるところだ」
「う……」
「アンタが何故ラストア村にやって来て、リド少年を連れ戻そうとしているかは大方の予想がつくんだがな。それはまあいいや」
許してもらえるのだろうかと、ゴルベールが僅かな期待を胸に顔を上げる。
しかし今、ラクシャーナにとってはゴルベールの更生などどうでも良い。
この期に及んでも自身の行いを恥じるのではなく、ただ穏便に事が過ぎ去ることを願うその姿勢に、心底軽蔑はしていたが。
それよりも他に重要なことがあると、ラクシャーナは後ろにいたカナン村長と一言二言交わし、続けて配下の者たちに声をかけた。
「おう、お前ら。王都に帰還するのは後回しだ。村長さんからも承諾を貰ったから、今日はこのラストアに残るぞ」
ガウスがラクシャーナの思惑を察して敬礼すると、他の兵たちもそれに
「あの、ラクシャーナ王。一体何を?」
「ああ。リド少年も同席してほしいんだがな」
ラクシャーナはそこで言葉を切って、膝をついているゴルベールに再び視線を向けた。
そして――。
「さて、楽しい楽しいお話し合いの時間だ」
ラクシャーナはニヤリと笑って呟いたのだった。
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