第33話 王の訪問


「り、りり、リドさん。どうしましょう。今日ですよ、ラクシャーナ王がいらっしゃるの」

「ミリィ、落ち着いて。バルガス公爵も言っていた通りラクシャーナ王は気さくで親しみやすい人だっていう話だし、そんなに緊張しなくても」


 右往左往するミリィが小動物のように可愛らしくて、リドは思わず苦笑しながらなだめていた。


 バルガスが黒水晶の買い手を突き止め、その情報を持ってきたのが一昨日のこと。

 その場でバルガスが告げたのは、国王ラクシャーナ・ヴァレンスがリドたちの住まうラストア村を訪問するというしらせだった。


 今はラクシャーナ王を出迎えるため、リドたちを始めラストア村の住人が中央広場に集まっている。


「でも、ミリィさんが緊張するのも分かりますわね。一国の王がこの村にやって来るというのですから」

「そうだね、エレナ。でも、僕たちは普段通りでいよう。話によるとラクシャーナ王は特別待遇みたいなものを好まない性格らしいし」

「はぁ……。逆に師匠が何でそんなに落ち着いていられるのか分かりませんわ」

「そ、そうかな?」

「そうですわ」


 ラクシャーナ王と言えば、言わずもがなこのヴァレンス王国の最高支配者である。

 その人柄は友好的で、権力の上にあぐらをかかない立派な王だ、というのがバルガスの弁だった。


 しかし、ミリィの頭の上にいたシルキーは、面白半分にからかい始める。


「くっくっく。失礼のないようにするんだぞ、ミリィよ。お前が何か粗相をしでかしたら、尻叩きの刑とかに処されちゃうかもだしなぁ」

「お、お尻をっ!? そんな……、私のお尻なんて叩いても何も良いことないですよ!?」

「うむ。思った通りの反応で吾輩は満足だ」


 昨日尻尾を強く握られた仕返しの意味もあったらしい。

 冗談を真に受け自分の尻を押さえつけたミリィの様子を見て、シルキーは満足げに笑みを浮かべる。


「ガッハッハ。相変わらず賑やかだねえ、リド君の仲間たちは」


 そんな光景を見て、バルガスもまた楽しそうに笑っていた。



 ……。


 …………。


 そうして、しばらく時間が経ち。


「お、あの馬車じゃないか?」


 ミリィの頭の上にいたシルキーがぴこんと耳を立てる。

 その視線の先では数台の馬車が村に向かってくるところだった。


「ラクシャーナ王。一体どのような方なのでしょうか……」


 エレナが呟き、一同の視線が止まった真ん中の馬車にそそがれる。

 その馬車は他のものよりも一際豪奢な装飾が施されており、そこにラクシャーナ王が乗っていることが窺えた。


 皆が注目する中、従者に続いて一人の男が姿を現す。

 整った顔立ちに茶の髪色。歳の見た目は三十代半ばといったところだろうか。


 開かれた双眸そうぼうは威厳を感じさせ、リドたちはこの人物こそがラクシャーナ王であると、ひと目見て判断する。


 そして、ラクシャーナ王がラストアの地に足を踏み降ろし、最初に取った行動は――。


「うっぷ……。気持ち悪い……」


 大地にひざまずくことだった。


 予想外の行動に一同はガクリと肩を落とし、シルキーなどはミリィの頭から滑り落ちそうになる。

 どうやら、ラクシャーナ王は馬車酔いに見舞われたらしい。


 ラクシャーナ王のことを知っていたバルガスは「相変わらずだな……」と頭を掻いていた。


「王よ。村の方々がこちらを見ております故、もう少し毅然きぜんとした態度を……」

「そうは言ってもだな、ガウス。これだけは慣れないんだよ…………うぷ」


 ガウスと呼ばれた初老の男性はラクシャーナ王の付き人だろう。

 地面に両手をついた主の醜態を見て、額に手を当てながら呆れている。


「皆様、お待ちいただいていたようなのに申し訳ありません。王が回復するのに少々お時間をいただけますでしょうか……」

「は、はい……」


 ガウスはリドたちの元にやって来ると、とても申し訳なさそうにこうべを垂れる。


 どうしようかと対応に困っていると、リドはミリィに服の袖をちょんちょんと引っ張られた。


「リドさん。私の薬草の樹で採れた上級薬草なら、楽にしてあげられないでしょうか?」

「あ、そうだねミリィ。お願いできる?」

「はい!」


 ミリィはすぐに教会で保管してあった上級薬草を持ってきて、それをガウスに差し出す。


「ガウスさん。もしよろしければこれを王様に」

「む、これは……?」

「私のスキルで採れた薬草です。そのまま口に入れても効果がありますので。あの、もしご不安なら私が先にかじってみても……」

「ふむ。これだけ大きな薬草の葉は見たことがありませんな。そこまで仰っしゃられるようであれば問題ないかと思いますが。……ちょっと失礼いたします」


 言って、ガウスが毒見の意味で葉の端を千切ってから口に含む。


 より上質な薬草であるほど大きな葉を持つ、というのがこの世界の定説だ。

 その効能を実感したガウスは、目を見開いた。


「これは……何と上質な薬草でしょう! これならきっと王もすぐに良くなるかと」


 ガウスはミリィに一礼してから、今もまだ苦しそうに呻いているラクシャーナ王の元へと向かっていった。

 そして、ラクシャーナ王がガウスから受け取った薬草を言われるがままに齧る。


「おおっ! 何だコレ、凄ぇな! 一気に吐き気が治まったぞ!」


 ミリィの薬草はすぐに効果を表したようだった。


 すっかり回復した様子のラクシャーナ王は興奮しながらリドたちの元へとやって来る。


「いやぁ、礼を言うぞ! あの薬草は嬢ちゃんが栽培したものなんだってな。おかげで生まれ変わった気分だ」

「い、いえ、お役に立てて良かったです」

「しかし、あんな貴重そうな薬草を良かったのかい? 王都とかで売れば相当な値がつきそうなもんだが」

「あ、それはご心配なく。私のスキルでいくらでも採れるものなので」

「は? いくらでも? あれだけの薬草がか?」

「はい。あ、でも、私がそのようなスキルを使えるようになったのはリドさんのおかげで……」


 ミリィはおずおずと答えつつ、リドの方へと視線を向けた。

 ミリィの言葉を受けたラクシャーナ王は、リドの方に向き直って叫ぶ。


「おお、君がリド少年か! バルガスから話は聞いているよ。いやぁ、規格外のスキル授与を行う神官がいるって聞いてきたんだが、話は本当だったみたいだな!」

「あ、ありがとうございます」


 リドもまた、ミリィと同じくラクシャーナ王の勢いに押されて答える。


 まるで少年のように純粋な賛辞を向けてくるラクシャーナ王は、予想していた王の姿とかけ離れたものだった。

 が、それだけに発している言葉が真意なのだと伝わってきて、リドはどこかくすぐったい気持ちになる。


「どうやら、少なくとも尻叩きの刑に処されることは無いようだな、ミリィ」

「は、はは……。本当ですね、シルちゃん」

「しかし、バルガスのおっちゃんと仲が良いっていうのも何となく分かる気がするぞ」

「それは……同感かも」


 リドの肩をバンバンと叩きながら絶賛しているラクシャーナ王を見て、シルキーとミリィは互いに小さく頷き合っていた。


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