第34話 王の御前にて、天授の儀を


「よおバルガス、元気そうだな」

「ご無沙汰しております、ラクシャーナ王」


 カナン村長に往訪の挨拶を終えたラクシャーナが再び戻ってくると、そこにいたバルガスの肩を叩く。

 バルガスは巨体を深く折り、辞儀をもってそれに応じていた。


「何だよ。酒を呑んでいた時みたいにくだけた感じで接してくれても良いってのに」

「そういうわけにもいかんでしょう。今は王として来られているんですから」


 公爵の地位にあるバルガスが頭を下げている光景に「へえ、本当に王様だったんだな」とシルキーが漏らし、リドやミリィにたしなめられる。


 聞けばラクシャーナとバルガスはかつて酒を呑み交わす仲であったと言い、それは娘であるエレナも初耳とのことだった。


「さて、と。旧友とも話せたことだし――」


 そう言ってラクシャーナはリドの元へと近づいてくる。


「改めて、ラクシャーナ・ヴァレンスだ。よろしく頼むよリド少年。今日はこの村を見に来たのもあるが、君に会いに来たと言っても過言じゃないんだ」

「お目にかかれて光栄です。ですが、なぜラクシャーナ王が僕に?」

「何だ。バルガスから聞いていないのか?」


 ラクシャーナが振り返ると、バルガスが悪戯っぽい笑みを浮かべながら肩をすくめていた。


「あいつめ……。まあいいや。実はな、今日は君にあるものを見せてもらいたいんだ」

「何をですか?」

「君の行う天授の儀を、さ」


 ラクシャーナは後ろに控えていた兵を呼び寄せ、リドの前に立たせる。


「この者はまだスキルを授かっていなくてな。バルガスの奴から君のことは聞いている。もちろん無理にとは言わんが、リド少年さえ良ければ天授の儀をやってほしいんだよ」

「よろしくお願い致します! かの有名なリド・ヘイワース神官にスキル授与をしていただけるのは恐悦至極に存じます!」


 呼び寄せられた兵がリドに対して敬礼しながらそんなことを言っていた。

 一体バルガス公爵は自分のことをどんな風に伝えたのかと、リドは恐々としながらも頷く。


「分かり、ました。僕で良ければやらせていただきます」

「よっし、じゃあ決まりだ」


 ラクシャーナがパチンと指を鳴らし、リドたちは教会へと移動することにした。



 そして――。


「こ、これが、自分に授けられるスキルでございますか……?」


 天授の儀を施された兵が信じられないものを見るといった様子で声を漏らす。


 周囲にはいつもの如くスキルを示す神聖文字が多数並んでいて、その中には上級スキルである赤文字や、更にそれよりも上等な効果を持つ金文字のスキルも目にすることができた。


 兵の希望を聞きながらスキルの説明をするリド。

 それを遠巻きに見て、ラクシャーナは顎に手で擦りながら独り呟いた。


「凄えな……。こりゃあ予想以上だ」


   ***


 天授の儀を終えた後で、ラクシャーナがリドに詰めかけていた。


「いやぁ、凄えもんを見させてもらった! いきなり来て無理を言ったってのに感謝するよ」

「い、いえ。僕は僕にできることをしただけですから。兵士の方も喜んでくださったようで何よりです」

「んー、その謙虚な姿勢も気に入った!」


 興奮した様子でラクシャーナに肩を叩かれ、ただでさえ褒められることが得意でないリドはたじたじだった。


「ところで、さっきそっちの銀髪の嬢ちゃんもリド少年にスキルを授けてもらったって言ってたな。となると、この村の住人たちはみんな一級品のスキルが使えるってわけかい?」

「はい、リドさんが行う天授の儀はいつもあのような感じですから。今では村の人たちだけで日に五十頭のワイバーンを狩ることが日課になっているほどなんです。他にも生活環境が一変したっていう人が多くて」

「何それ、ヤバくない?」

「王よ。また言葉遣いが乱れておりますぞ」


 ミリィの説明に目を見開いたラクシャーナが付き人のガウスに指摘されていた。

 しかし、ラクシャーナがリドを絶賛する声は止まらない。


「うんうん。こりゃあ村長さんが言ってた神の御業ってのも頷けるな」

「そんな……。恐れ多いことです」

「いやいや、本来スキル授与ってのは神から授かる一度きりのくじ引きみたいなもんだろ? そこに複数のスキルを出現させるってだけで凄えのに、赤文字やそれ以上のスキルの中から選べるってんだ。まるで当たりを目で見て選ぶかのようにな。十分ヤバいだろ?」


 もはやラクシャーナが乱れた言葉遣いを直す気もないようで、隣にいたガウスは額に手を当てて嘆息する。

 それだけ、リドの行った天授の儀が一国の王をも驚嘆させるほどに規格外だったということなのだが。


 と、ラクシャーナは何かを決めたように真剣な表情になって頷く。


「なあ、ところでリド少年よ」

「……? 何でしょうか?」

「君、《宮廷神官》になるつもりはないか?」


「「「――っ!?」」」


 ラクシャーナの突然の提案に、その場にいた誰もが息を呑む。


 宮廷神官とは国王に認められた者だけが就ける役職であり、その地位は王都神官よりも更に高いとされていたからだ。


 王都教会の組織の中で作られた枢機卿や大司教などの役職とは異なり、研鑽を積んでいけばいつかなれるという職でもない。

 多くの神官が憧れはするものの、あまりにかけ離れた地位であることから目標だと口にすることもはばかられる。


 そんな地位に就かないかと、ラクシャーナはリドに対して言っているのだ。


「ラクシャーナ王、せっかくのお話ですがお断りさせてください」


 しかしリドは、迷う間すらなくそのように告げた。

 以前バルガスにも伝えたように、リドにとっては誰もから憧れる役職よりもラストアという地の方が特別だったからだ。


「ガッハッハ! ラクシャーナ王よ、だから無駄だと言ったじゃないですか」

「はぁ……。バルガスと同じくフラれてしまったな。まあ、話を聞く限り予想していたことだが」


 勝ち誇ったように高笑いするバルガスと対象的に、ラクシャーナは肩を落としていた。

 まるで子供の児戯で勝ち負けが決したかのようである。

 どうやら事前に二人の内で何かしらの話が成されていたらしい。


「申し訳ありません……。ラクシャーナ王からそのようなお話をいただけるのは本当に光栄なことなのですが……」

「いやなに、気にする必要はないよリド少年。君がこの村に並々ならぬ思い入れがあるというのはバルガスからも聞いていたことだしな」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。……しかしその心意気、ますます気に入った! これはバルガスの奴が入れ込むってのもわかるってもんだ。ハッハッハ!」


 言って、ラクシャーナはバルガスと同じように笑い声を響かせていた。


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