第32話 驚きの連続
「ドライド
バルガス公爵が卓上に広げた羊皮紙を見ながら、リドが呟く。
朝の賑やかな騒動があってから一転、バルガスが持ち込んだ情報によりラストア村の面々は一様に困惑した表情を浮かべていた。
その場にはミリィやエレナ、シルキーの他、ラナやカナン村長もいて、全員が黒水晶についての情報は知り得ている。それだけに戸惑いも大きかったようだ。
「吾輩たちに何かと縁があった黒い鉱物を王都教会のトップが集めていた、ねえ。何とも、キナ臭い感じだな」
シルキーが言いながら、パタパタと尻尾を振る。
普段は卓上にシルキーが上がっていると誰かが
そんな中、バルガスが一つ咳払いを挟んで皆の視線を集める。
「一旦、ここまでの状況を整理するか。その方が今回の一件も把握しやすいだろうしな」
「そうですね。まず、僕たちが黒水晶のことを知ったのはラストアに鉱害病が蔓延していた時でした」
「いやぁ、あん時は何かと大変だったな。確かミリィがむっつりシスターだと知れた時だったか」
「シルちゃん……。今は真剣な話をしてるんだからその話題はやめましょうよぅ……」
話に横槍を入れてきたシルキーを抱え上げ、ミリィが力なく呟く。
エレナが興味ありげに「後で詳しく教えてください」と言っていたが、それは置いておき、リドは話を続けることにした。
「ラストア村の鉱害病の発端は、河川の上流にある鉱山都市ドーウェル。エーブ辺境伯が黒水晶の毒性を洗浄していたことが原因でした」
「確か、師匠がその悪い辺境伯をぶっ倒して判明したんでしたわよね?」
「その時にエーブ辺境伯が誰かに黒水晶を売却しているという話でしたが、それがリドさんのいた王都教会の人だった、と……」
エレナとミリィが補足し、シルキーが更に言葉を続ける。
「で、次に黒水晶が出てきたのは、ラストア村に廃村命令が下された後だったな。サリアナ大瀑布でリドがあのバカでかい蛙のモンスターを倒した時だ」
「ギガントード、ですわねシルキーさん。このラストア村やドーウェルからも離れた場所でしたから、誰かの手によって黒水晶が運ばれた可能性が高いということでしたけれど……」
「しっかし、そもそも黒水晶って鉱物にどんな効果があるんだろうな?」
「そうですわね。始めは採掘時に毒を生み出すって聞きましたから、何となく悪い印象がありましたが」
「あながち間違ってないんじゃないか? あの巨大な蛙を討伐した時も体内からソイツが出てきたんだからな。ドライド枢機卿が何かの目的でギガントードに飲ませた可能性だってある」
シルキーが鼻を鳴らしながら言って、バルガスが大きく頷いた。
しかし、すぐに解せないといった感じでバルガスが頭をボリボリと掻き始める。
「ふぅむ。そうなると、ドライド枢機卿が何を目的に黒水晶を集めていたのかってところだな。あんまり良い方向だとは考えられなさそうだが……」
「モンスターを大繁殖させようとしていた、とかじゃねえか?」
「でもシルちゃん、王都教会のトップがそんなことをするんでしょうか?」
「分からんぞ。何たってあのゴルベールが大司教をやってる組織だしな」
「それは、確かに……」
ゴルベールがこれまでしてきた所業については一致した考えを持っていたため、そこにいた皆が深く頷いた。
「ところで、ドライド枢機卿ってどんな人なんです? リドさんが左遷される前も王都教会にいた人なんですよね?」
「うん。そうなんだけど、実は僕もドライド枢機卿とはほとんど会ったことがないんだ。王都神官の任命式の時には顔を合わせたけど、そんなに話したりしたわけじゃなくて。確かその後すぐに遠征に出かけていたし」
「遠征、ですか……?」
「確か、王国の各地を回るって話だったけど。何のためかは……、そういえば知らされてなかったな……」
リドのその言葉で、まだ確定的ではないものの怪しいという印象を皆が持ったようだった。いや、怪しいというよりは得体の知れない謎を抱えた人物だといった印象か。
何とはなしに、その遠征には今回の黒水晶の一件が関わっているのではないかと、一同はそう考えていた。
「今のままだとドライド枢機卿が一連の事件に関わっていたんじゃないか、って推測までだな」
「そう、ですね……。僕も王都教会のトップが暗躍していたなんてあまり信じたくはないですが、注意して調べるべきかと思います」
リドが言って、皆が頷く。
そして、ドライドが黒水晶を集めていたという情報から警戒していく必要があるだろうと認識を共有したところで、バルガスが何かを思い出したかのように声を発した。
「っと、そうだった。別件なんだが、皆に伝えなくちゃならねえことがあってよ」
「伝えなくちゃいけないこと、ですか?」
「おう。実は明後日、ラクシャーナ王がこのラストア村にやって来る予定になってるんだ」
「「「は……?」」」
まるで日常的な会話でもするかのようにバルガスが言ったものだから、リドたちは呆気に取られて声を漏らす。
それも無理はない。
突然、自分たちの住む村に一国の王がやって来ると言われたのだ。
「え……。ラクシャーナ王が、ですか?」
「そうだ。ラストア村に来たいってよりかはリド君に会いたいんだと」
「お、王様が僕に……!?」
「うむ。ちなみに、今回の黒水晶の買い手を突き止めたのもラクシャーナ王だ」
こともなげに言ったバルガスに対し、シルキーが問いかける。
「バルガスのおっちゃんよ。もしかして前に話してた、王家にちょっとしたツテがあるって言ってたのは……」
「おうよ、ラクシャーナ王のことだ。って、そういえば話してなかったな。どうだ、驚いたろ? ガッハッハッハ!」
「はぁ……。驚いたなんてもんじゃありませんわ。お父様にそんな交友関係があるだなんて、私も知りませんでしたし」
まるで子供が仕掛けた悪戯に満足したかのようにバルガスが笑う中、ミリィは目を白黒させて慌て始める。
「どどど、どうしましょう。王様がこの村に来るなんて……。やっぱりそれだけのおもてなしをしなければならないんでしょうか」
「おいミリィ落ち着け。吾輩の尻尾を握るんじゃない」
「はっ! 今のラストア村の名産といえばワイバーンの兜焼き。ならそれを召し上がっていただいて――」
狼狽する妹とは対象的に、姉のラナは何やら真剣な表情で顎に手をやっていた。
それに気付いたリドが怪訝な顔で問いかける。
「どうかしました? ラナさん」
「いや……。ただ、リド君がこの村にやって来てから、本当に驚きの連続だなぁ、と」
その気持ちは分かると、その場にいたリド以外の人間が深く頷くのだった。
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