第31話 【SIDE:王都教会】聖者の思惑


「ぐ、ぁああああ……!」

「さて、このくらいにしておこうか。あまりやりすぎて使い物にならなくなっても困るしね」


 ドライドは笑みを浮かべ、ゴルベールの背中に押し付けていた焼きごてを離してやった。


 ドライドが手にしていたのはただの鉄の棒ではなく、ところどころに紋様が刻まれている。これにより、焼印を刻むだけでなくある効果・・・・を発揮するのだが、それをゴルベールは知らない。

 熱した鉄棒を押し付けられ、あまりの痛みによだれを垂らして喘ぐばかりだった。


「ほら。服も着るといい」

「うがぁっ……!」


 やっと解放されたと思っていたゴルベールが、またも悲鳴を上げる。

 ドライドが衣服を被せたことで、先程まで焼かれていた箇所に布の繊維がこすれ、体の芯からおかされるような痛みに襲われたからだった。


「お、お気遣いいただき、ありがとうございます……」

「なに、構わないさ」


 背中の激痛に耐えながら、ゴルベールはヨロヨロと立ち上がる。


「しかし、君が左遷を命じた少年。リド・ヘイワース君と言ったか。凄いね彼は」

「リド・ヘイワースが凄い、ですか……?」

「ああ。だって彼がいなくなったことで王都教会に対する不信感が高まっているのだろう? 裏を返せば、それだけ彼に心を寄せる人間が大勢いたということだ。君よりよっぽど役に立っていたんじゃないかな」

「く……」


 痛みとは別の理由で顔を歪めたゴルベールに、ドライドは容赦なく言葉を浴びせかけた。


「君が若い彼に嫉妬するというのも分かるけどね、私の身にもなってくれよ。もしそれだけの逸材が王都教会に残ってくれていたなら、さぞ上質な看板として使えていただろうに」

「……」

「良いかい? 君は王都教会の看板に泥を塗ったんじゃない。引き剥がして投げ捨てたのさ。だったらやるべきことは一つ。分かるよね?」


 ゴルベールは理解する。


 ドライドはこう言っているのだ。

 外した看板を探してこい、と。そして再度取り付けろ、と――。


 しかし、今さら王都教会に戻るよう伝えたところでリド・ヘイワースは大人しく従うのだろうか、とゴルベールの胸の内に疑念がよぎる。


「でも、そもそも君の自業自得だよね?」


 ゴルベールが答えにきゅうしていると、ドライドは見透かしたかのような一言を放ってくる。


 ドライドの顔には相変わらず笑みが浮かんでいたが、それが逆に恐怖であり、だからゴルベールは咄嗟に答えた。答えるしかなかった。


「や、やります! リド・ヘイワースを連れ戻し、王都教会の信頼を回復してみせます……!」


   ***


「ユーリア。そこにいるんだろう?」


 ゴルベールが部屋を出て行った後で。

 ドライドが呟くと、先程まで誰もいなかった空間に紫髪の美女が現れる。


「申し訳ありません、ドライド様。あの男が生理的に受け付けられないので、気配を隠しておりました」

「まあ、その気持ちはとてもよく分かるけどね」


 このユーリアという人物は、長年ドライドの補佐を務めてきた人物である。


 【気配隠匿】のスキルを得意とし、その役割は単なる秘書に留まらない。

 実はドライドがゴルベールの失態を知り得たのも、彼女の働きによるものだった。


「それにしても、よく働いてくれたね。先にユーリアを王都教会に戻しておいたおかげでゴルベール大司教の不遜な行動も看破できたよ」

「勿体ないお言葉」


 ユーリアが短く呟く。

 こともなげに言ったその言葉が、ユーリアからドライドに対する忠誠心を表していた。


「ところで、ドライド様」

「何だい? ユーリア」

「先程のお話の件ですが、リド・ヘイワース神官、戻ってくるでしょうか?」

「いや、厳しいだろうね」


 即答したドライドに、ユリアは思わず問いかける。


「……では、何故? もうあの、醜く哀れで見るにえない愚かな豚についても不要でしょう。ドライド様に命じていただければすぐにでも首を落として参りますが?」

「やれやれ、君はよほどゴルベール大司教が嫌いなんだな。まあ、言っていることは間違っていないけどさ」

「申し訳ありません。つい私情が漏れました」

「戻ってくることが厳しい、と言っても可能性がゼロではないだろう。だから、ゴルベール大司教は適当に遊ばせておくとするさ」

「……分かりました。ドライド様がそう仰るのでしたら」


 ユーリアは切り替えた様子で首肯しゅこうした。


 ドライドもまた頷き、懐から「あるもの」を取り出すとそれをそのまま目の前の卓の上へと置く。


「それに、いよいよコレを使った計画も進めたいところだからね」


 そこに置かれたのは、淡い光を放つ「黒水晶」だった。


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