第28話 ラストア村の発展
「ほ、本当に良いのかリドさん。俺が【弓術の全使用】なんてスキルをもらっちまって……」
ラストア村の教会にて――。
リドの前には今しがた天授の儀を受けたばかりの男性がいる。
その男性がリドに対して向けた表情は少し……いや、かなり引きつっていた。
男性に対し、リドは金の神聖文字で表示されたスキルを指差しながら悩ましげに呟く。
「そうですね……。貴方は狩人を生業にされているとのことですし、こっちの【超広範囲・探知魔法】にするか迷いどころですよね」
「いや、リドさん。そういうことじゃないんだが……」
「あ、でももし使ってみて合わないようでしたら再度スキル授与させていただきますのでご安心ください」
「おおぅ……」
天授の儀を終えた男性はリドからスキルの説明を受け、その後「神だ、この村には神がいるぞ……」と呟きながら教会を出ていった。
「それでは次の方、どうぞー」
リドの補佐をしているミリィが教会の外に向けて声をかける。
教会の外には長蛇の列ができていて、その全てがリドに天授の儀をしてもらうために村の外から集まった人間たちだった。
中には王都グランデルからやって来た者もいるという。
奇しくも、左遷された直後にシルキーが言っていた「リドをお目当てにしてた奴ら、辺境の土地まで追っかけて来たりしてなぁ」という冗談は現実になっている。
一応、スキルを悪用しようとする輩が近づかないようにミリィの姉であるラナが外で簡単な受付をやっていたが、あまりの人の多さに疲労が見え始めていた。
次にやって来たのは女性で、ミリィがリドの元へと案内する。
「ええと、ここに来れば凄い神官様がスキルを授けてくださるって聞いたんですが」
「はは……。別に僕は普通の神官ですよ」
「いや、リドさん。普通の定義がおかしいです」
リドに対してミリィが鋭い指摘を入れる一方で、女性は言いにくそうに切り出した。
「あ、あの。実は私、家族のためにスキルを授かりたいと思っているんですが、今はまとまったお金が用意できなくて……。お願いします! お金はいつか必ずお支払いしますので、私にスキルを授けていただけないでしょうか……!」
「え? 僕、お金なんていただいてませんよ?」
「そ、そうですよね……。って、え……?」
女性がリドの言葉に顔を跳ね上げる。
聞き間違いかという顔をしていたので、ミリィは説明してあげることにした。
「リドさんはですね、天授の儀でお金を受け取ったことないんですよ。私たちの村を救って下さった時もそうでして。ほんとにお人好しというかなんというか。まあ、そこがリドさんの良いところなんですが」
「え……、本当に? 王都教会の人にはお金を払えと言われたことがあるんですが……」
「大丈夫です。僕で良ければいつでも天授の儀を行わせていただきますよ」
「ああ……。神様……」
まるで崇拝するかのように
そんなリドの頭に乗っていたシルキーが、特に驚く様子もなく一言呟く。
「良かったなリド。お前、左遷されたのに神扱いされてるぞ」
***
「やあリド君、終わったか。お疲れ様」
「はい。ラナさんもお疲れ様です」
一通りの天授の儀を終え、リドが教会の外に出ると気持ちの良い陽射しが降り注いでいた。
ラナは
「しかし、今日も来訪者が多かったな。その全てがリド君を目当てにしているというのだから恐れ入る」
「はは……。でも、僕の天授の儀を求めてきてくれるのは嬉しいことです」
「そういえば、村に転入したいという者も多かったぞ。今日だけで十人だ」
「そんなにいるとカナン村長も大変ですね」
「ああ。右から左へというわけにもいかんからな。身辺調査も兼ねてだから大変だろう。嬉しい悲鳴だろうが」
村の中央広場では、カナン村長が村に転入希望する者たちの対応に追われていた。
リドは後で滋養剤でも作って差し入れてあげようと心に決める。
「しかし、リド君のおかげで廃村命令も無事撤回されそうだしな。本当に、リド君には感謝しきりだ」
「いえいえ、みんなのおかげですよラナさん。それに、バルガス公爵の助力があってこそです」
「ふふ。まあ、そういうことにしておこうか」
ラナが柔らかく笑い、楽しげに声を漏らす。
と、村の入り口の方から明るい声が響いてきた。
「師匠~! ただいま戻りましたわ~!」
その声に反応して見ると、エレナが巨大な台車を引いて村の外から戻ってくるところだった。
周りには一緒にモンスター討伐に出ていたであろう、狩猟班の村人たちも見える。
「おかえりエレナ……って、随分あるね」
「ふっふ~ん。大漁大漁、ですわっ!」
台車の上には、ワイバーンの頭部が山のように積まれていた。
エレナが得意げに胸を張るのも頷けるというものだ。
「聞いてくれよリドさん。今日はワイバーンと一対一でやって勝てたんだ」
「おお、それは凄いですね」
「エレナさんもめっぽう強いし、これならワイバーンの兜焼きを行商に使えそうだ。リドさんがバルガス公爵に掛け合ってくれたおかげだな」
「師匠が提案したら是非にと言っていましたからね。ファルスの町までの行商路を確保するのは大変でしょうが、この村の方たちなら護衛を付けずともやれそうですわ」
「ミリィの薬草の樹から採れた上級薬草もかなり需要ありそうだしね」
「ふふ。お役に立てて嬉しいです」
リドは村人たちと談笑しながら笑みをこぼす。
「しかし、リドよ。村が発展するのは良いことだが、その分やることも多くなりそうだな」
「そうだねシルキー。幸いにも土地は豊富だけど、村の設備も整えなきゃいけないし。やらなきゃいけないことがまだまだたくさんだ」
慌ただしくも充実した日々だ。
村人たちの会話も盛り上がりを見せ、辺境の地とは思えないほど活気に満ち溢れている。
ここ数日、ラストア村ではこんな光景が当たり前になっていた。
◇◆◇
一方その頃、ファルスの町の領主館にて。
「バルガス様。王家からの届け物がございます」
「うむ、ご苦労。下がってよいぞ」
従者から書簡を受け取り、バルガスは
「お、ラストア村の廃村命令、無事撤回されそうだな。ガッハッハッ、リド君も喜ぶぞ」
バルガスは満足げに笑い、王家から宛てられた手紙を引き出しに入れようとした。
「ん? もう一枚あるな。ああ、例の黒水晶の買い手を調査してもらっていた件か。どれどれ――」
そこに
そして――。
「おいおい。マジか、こりゃあ……」
最後まで読み終えたバルガスは、無意識に声を漏らしていた。
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