第29話 賑やかな朝と、来客
「リドさーん。朝ですよー、起きてくださーい」
「ん……ぅ……」
もはや見慣れた朝の光景ではあったが、朝食はみんなで食べたい派のミリィとしては見過ごせない。
最近ラストアに越してきたエレナが今はミリィと相部屋になっているため、食卓も賑やかになっていた。
「もう、リドさんったら。相変わらず朝は弱いんですね。エレナさんはもうとっくに起きてるのに」
「キスしたら目覚めるかもしれんぞ」
「も、もうシルちゃん。あれはやらないから。………………たぶん」
窓辺に
ミリィの初々しい反応が面白くて、毎度シルキーはご満悦である。
その日は朝からとてもよく晴れた日だった。
良い陽気、というよりは暑さを感じるほどで、ベッドの上のリドも額にしっとりと汗をかいている。
「リドさん、どうやら起きそうにないですね」
「今日くらいは良いんじゃないか? ここのところ村の外からやって来る連中が多かったからな。さすがの相棒も疲れたんだろう。……まあ、天授の儀をやったからというより、大勢から褒めちぎられて疲れてるって感じだが」
「ふふ。でもそうですね。幸い天授の儀を希望する人の数も落ち着いてきましたし。ゆっくり休んでいてもらいましょう」
ミリィは柔らかく笑って、リドの部屋を出ていこうとした。
と、何かを思い出したようにシルキーの方へと振り返る。
「あ、シルちゃん。私、朝のお風呂に入ってくるのでリドさんが起きたら伝えておいてもらえます? ちょっと今日は朝から暑くて、寝汗をかいてしまったようで」
「あい分かった。風呂場にリドを向かわせりゃいいんだな?」
シルキーがからかったことで、ミリィの顔がみるみる赤く染まる。
「な、何でそうなるんですか! リドさんが間違ってお風呂場に来ないよう伝えておいてほしいって意味ですよ!」
「なんだ。むっつりシスターのことだから一緒に入りたいってことなのかと」
「……」
「冗談だ。妄想するなよ」
「モ、モウソウナンテ、シテマセンヨ……?」
「……お前ってすごく分かりやすいやつだよな、ミリィ」
これだからミリィをからかうのはやめられないと、シルキーは満足そうに赤い首輪を掻く。
そしてミリィが恥ずかしがりながら部屋を出ていく様を見届けてから、窓辺で心地よい日向ぼっこを楽しむことにした。
――それからほどなくして。
「んむ……」
「お、起きたか相棒」
「ああ、おはようシルキー」
「まだ寝ててもいいんだぞ? 今日は天授の儀に来てる奴もいないみたいだし」
「うん、ありがとう。でも、何だか暑くって」
言いつつ、リドは寝間着の胸元をパタパタと仰いだ。そしてその後に伸びをしてベッドから降りる。
「僕、ちょっとお風呂入ってこようかな。汗かいちゃったし」
「了解。吾輩はもう少ししたら下に降りる……。むにゃ……」
「もう、二度寝しないでよ?」
「お前には言われたくないぞ、リドよ」
シルキーは
「……と、何かお前に伝えなきゃいけないことがあったような」
「ん? 何?」
「思い出せん」
「あはは。後でちゃんと思い出したら言ってね」
「んむ……」
シルキーが前足を枕にして寝そべってしまったので、リドは仕方なく下に降りることにした。
そうして脱衣所の扉の前まで来る。
念の為ノックをするが反応はなし。
「まあ、いつもこの時間は誰も入っていないし大丈夫か」
朝風呂に入って、気持ちいい一日の始まりにしよう。
リドはそんなことを考えながら扉に手を掛け、そしてそのまま開け放つ。
「え?」
「あっ……」
そこには、ミリィがいた。
「きゃぁあああああああああっ!」
「ミリィ!? な、なんで――!?」
リドが狼狽したのも無理はない。
ミリィは一糸纏わぬ姿で立っていたのだから。
ミリィが叫び声を上げたのも無理はない。
リドに一糸纏わぬ姿を見られたのだから。
更に言うと、こうして遭遇してしまったことについて、二人には何の責任も無い。
ミリィがちょうど風呂場から脱衣所に出てきたタイミングだったため、リドのノックに反応できなかったというのも、間が悪いとしか言いようがない。
全ては、二階で日向ぼっこを堪能して自分の使命を忘れ去っていた黒猫のせいである。
「ミリィ! どうした!?」
「師匠! 悲鳴が聞こえましたが!?」
既に起きて一階にいたラナとエレナが駆けつけてきた。
「あ……」
「まぁ……」
状況を把握した二人が硬直する。
それもまた、無理はないことだった。
一方その頃、二階では――。
「……あー、思い出した」
ミリィの叫び声で目を覚ましたシルキーが呑気に呟いていた。
***
「シルちゃんに当分おやつは出しませんから」
「な、何だと!? そんな理不尽なっ!」
「理不尽なのは裸を見られた私の方ですからね!?」
調理場にいたミリィが珍しく声を荒らげた様子でシルキーと言い合っていた。
食卓の席に着いていたリドはというと、とても居心地が悪そうに顔を伏せている。
「師匠が落ち込む必要はありませんわ。ミリィさんにとっては災難でしたけど」
「ああ。今回の件は全面的にシルキー君が悪い」
「う、うーん?」
エレナとラナの二人に慰められ、逆にリドは反応に困ってしまう。
あの後リドは謝罪したが、慌てふためいたミリィに「悪いのはシルちゃんですから」と言われていた。
そうして、お互い無かったことにしようということで話は着地している。
……のだが、シルキーとミリィはまだ何かを言い合っているようだった。
「大体、酔っ払ってリドに抱きついていた奴が何を言うか」
「それとはまた違いますよ! 私だってその……ああいうのは、まだ……」
「
「あ、違……」
「ははぁん。やっぱり満更でもなかったんだろう、むっつりシスターめ……あだだだだっ! おいやめろ! 恥ずかしいからって尻尾を掴んで振り回すな!」
リドにはシルキーの叫び声以外は聞き取れなかったものの、またミリィがからかわれているのだということは想像がついた。
そんな光景を見ながらリドは溜息をつく。
今日もこうして賑やかに一日が過ぎていくのだろうと、考えた矢先だった。
「失礼、リド殿はおりますかな……?」
「あ、カナン村長。おはようございます」
「おお、やっぱりおりましたか。リド殿にお客様が」
何やら慌てた様子で駆け込んできたカナン村長が、後ろを振り返る。
そこに姿を現したのは熊のような大男だった。
「おう、リド君。この間ぶりだな。食事時に失礼する」
「ば、バルガス公爵!?」
「ええ!? 何でお父様がラストアにいらっしゃいますの?」
「エレナちゃんも元気そうで何よりだ。ガッハッハ」
バルガスは大口を開けて笑ってみせたが、すぐに真剣な表情になって皆のいる食卓へと足を向けた。
「早馬を使ってな。リド君に急ぎ知らせることがあってここまで来た」
「急ぎ知らせること?」
「ああ。まずはこれを見て欲しい」
バルガスは懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、それを皆が見えるように卓の上へと置いた。
一同がそこに書かれた内容を見ようと覗き込む。
「こ、これは……」
「ああ。例の黒水晶の買い手がな、分かったんだよ。エーブ辺境伯から何重にも経由していたらしいが、確かな情報だ」
バルガスは一度言葉を切って、そして続けた。
「そこに書いてある通り、黒水晶を手に入れていたのは王都教会のトップ――ドライド
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