第27話 【SIDE:ゴルベール】ゴミ山を漁る大司教様


「くそっ! くそぉっ――!!」


 王都グランデルの外れにある廃棄物の集積場にて。

 夕暮れ時、ゴルベールが焦燥に駆られた様子でゴミ山を漁っていた。


「どこだ……。あの報告書はどこにある……!」


 廃棄物特有の腐敗臭が漂う中で、ゴルベールは目当てのものを探し回る。


 ゴルベールが今探しているものとは言わずもがな、リドが左遷される際に残していった報告書だ。


 ゴミ山をぐちゃぐちゃとかき分けていたせいで、ゴルベールが身に纏っていた豪奢ごうしゃな教会服は所々が汚水にまみれていた。

 もっともそれは、ろくに読みもせず屑篭へと報告書を投げ捨てたゴルベールの自業自得ではあるのだが。


 しかし、ゴルベールはなりふり構ってなどいられない。


 ここのところ、王都教会には抗議で押しかける者が殺到していたためだ。

 リドが天授の儀を担当していた者、これから担当するはずだった者たちが、リドを左遷するという理不尽な人事に異を唱え、今では収集がつかなくなりつつあった。


 中には王都教会に見切りを付けて、リドの左遷先であるラストアへと旅立つと宣言した者もいるほどだ。


「おーい、大司教さんよ。そろそろ諦めたらどうだい?」

「うるさいっ! この私に意見するな!」


 集積場の管理人の男性が声をかけるが、ゴルベールはそれを聞き入れようとしなかった。

 白い目を向けられていようが知ったことではない。

 ゴルベールにとって今はリドの残した報告書の回収が先決である。


 ――リド神官は平民の私にも良くして下さったというのに、後任の大司教様は彼がどのようなスキルを授けたかすらご存知ないのですね。このことは領主のバルガス様にもご相談させていただきます。


 そんな言葉を、つい先程面談した者にも言われたばかりなのだ。


 リドが担当していた者について記載した報告書があれば、少なくとも王都教会に対する不信のいくばくかは回復ができるだろうと、ゴルベールは躍起やっきになっていた。


「おい! 本当に王都のゴミはここに集められているのか! 貴様、適当なことを言っているのではあるまいな!」


 やがて探すことに疲れたのか、ゴルベールがゴミ山から降りてきて集積場の管理人に当たり散らす。


「何だよその言い草は。アンタが探したいものがあるって言うから、こっちは善意で許可してやってるってのに。そもそも、そんなに大事な物なら何で捨てたんだよ」

「そ、それは……」

「大司教様が何を探してるかまでは分からねえがよ、俺はアンタら王都教会をよく思ってねえからな」

「な、何だと……!」


 ゴルベールは管理人の言葉に食って掛かった。

 平民風情が何を言うかと凄んでみせたが、管理人は冷たい視線でゴルベールを見下ろす。


「アンタら、普段は『女神の下には何人たりとも平等』とか説いてるらしいが、裏ではより多くの金を積んだ奴の所に有能な神官を派遣しているそうじゃねえか。緑文字や赤文字の上級スキルが欲しかったら賄賂わいろを寄越せって言ってな」

「そ、そのようなことは無い! 根も葉もないデタラメだ!」

「どうだかな。最近じゃ、リド・ヘイワースって神官はそんな教会の方針に従わなかったから左遷されたんだって噂もあるぜ。彼は平民だろうがスラム街の住人だろうが差別なんてせずに天授の儀を行ってたって聞くしな」

「ぐ……」


 管理人の男性の言葉にゴルベールは顔をしかめた。

 しかしすぐに、そんな話に付き合ってはいられないとばかりにゴミ山の方へと戻ろうとする。


 あと数日でゴルベールの上職であるドライド枢機卿が王都に戻ってくるのだ。

 その時までに少しでも状況を良くしておくため、リドの報告書は何としても手に入れなければならない。


 そう考えて再度ゴミ山へと向かおうとしたゴルベールに、待ったの声がかかる。


「おっと、悪いがもう時間切れだ」

「何を言う。別にまだ陽も落ちていないのだし、私が探すのは勝手だろう?」

「そういうことじゃねえよ。今日は月に一度の『焼却処理日』だからな」

「は……?」


 管理人の男性が指差した方をゴルベールが見やると、そこには魔導師風の男たちが整列していた。

 その内の一人が管理人の前に歩み寄り、声をかける。


「どうも管理人さん。それじゃあいつも通りでいいかね?」

「お願いします。やっちゃってください」


 管理人の言葉を合図に、整列した魔導師たちが何事かを唱え始めた。

 ほどなくして彼らの上空には巨大な火の玉が現れ、それを見たゴルベールが狼狽する。


「お、おい……。まさか……」

「離れてろよ、大司教さん。ゴミと一緒に燃やされちまうぞ?」


 ゴルベールはまだ報告書を見つけられていないゴミ山に駆け寄ろうとしたが、管理人の手によって止められた。


 そして――。


「よし、それでは全員で射出せよ!」

「ま、待っ――」


 ゴルベールの言葉は轟音によって遮られ、巨大な火球がうず高く積まれたゴミ山に命中した。


「あ……、あ……」


 轟々と燃え盛るゴミ山を見つめながら、ゴルベールはガクリと膝をつく。

 火の勢いは凄まじく、燃えやすい類の廃棄物――例えば羊皮紙の束などであれば跡形も残らないだろう。


「あぁあああああああああっ……!」


 夕暮れの集積場にゴルベールの叫びが響き渡る。


 ゴミ山の火から逃れてきたねずみがゴルベールの足元にチュウチュウとたかっていたが、当の本人はそれに構うことすらできなかった。


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