第25話 公爵の賛辞


「あれ……?」


 リドがギガントードを倒したその後で。

 倒れたギガントードに近づいたミリィが首をかしげていた。


「どうしたの、ミリィ?」

「ギガントードなんですが、何だか小さくなってません?」

「……本当だ」


 ミリィの言った通り、滝の半分を覆うほどに巨大だったギガントードはしぼんで小さくなっていた。


「これだと、普通のキングトードと同じくらいの大きさだね。でも、どうして……」

「あ……。リドさん、これ――」


 ミリィが指差した先にあったのは、鉱山都市ドーウェルで見かけたのと同じ見た目の黒い鉱物だった。

 どうやら、ギガントードの体内から出てきたものらしい。


「これは、もしかして黒水晶……?」


 エーブ辺境伯が秘密裏に採掘し、ラストア村の住人を鉱害で苦しめる元となった石だ。

 シルキーが確認したところ、毒性は既に洗い流されているとのことで、リドはそっと黒水晶を拾い上げた。


「これがギガントードの体内から出てくるなんて……」

「もしかして、これがモンスターを巨大化させていたりしたんでしょうか?」

「でも、何でこんな場所に黒水晶があるんだ? ここはドーウェルからも遠く離れているはずだろ?」


 シルキーの言葉にリドが頷く。


「この近くでも黒水晶が採れるんでしょうか? それをギガントードが飲み込んだとか?」

「いえ、それはありませんわミリィさん。だったらこの近くにあるファルスの町の方たちも病に苦しめられているはずですもの。そんな話、聞いたことありませんわ」

「毒性も既に処理された後のもの……。ということは、これはドーウェルで採れたものと同じ……?」


 リドは手にした黒水晶を見つめながら、思考を巡らせる。

 もしこれがドーウェルにあるものと同じなら、誰かの手によってここまで運ばれたことになる。


「どうにも、キナ臭い感じだな。あの辺境伯は誰かに売っていたと言ってたが……」

「そうだねシルキー。調べてみる必要があるかもしれない」


 リドは一旦考えを保留にして、黒水晶を持ち帰ることにする。


(けど、誰かの手によって運ばれたというのなら、それは一体何のために……?)


 ファルスの町へと戻る道中、リドの頭に浮かんだ疑問は、こびり付いたかのように離れなかった。


   ***


「ただいま戻りました、バルガス公爵」

「おお、リド君。無事だったか」


 ファルスの町の領主館に着いて、リドは早々に事の顛末を報告することにした。


「なんと、そんな巨大なモンスターを倒したというのか……!」

「ええ。でも、みんなが頑張ってくれたおかげです。これでファルスの町周辺のモンスター発生も収まるかと」

「うむ、本当によくやってくれた。さすがはリド君だな。ガッハッハ!」

「ありがとうございます。……ただ、少し気になることがあったのですが――」


 バルガスが高笑いする中、リドはギガントードの体内から出てきた黒水晶を取り出して見せた。


「んん? 何だ、このとんがった黒い石は……?」

「はい。実は――」


 リドはバルガスに対し、鉱山都市ドーウェルで起こった一連の事件を話していく。

 話が終わると、バルガスが神妙な面持ちを浮かべて顎に手をやった。


「……ってことは何か? まさかこの町の辺りで起こったモンスターの大発生は人為的なものだったってことか?」

「可能性はあります。なので、バルガス公爵にお願いが。エーブ辺境伯からこの黒水晶を買い入れていた人物について、調べていただきたいんです」

「……分かった。確かに気になるしな。恐らく密輸に近いもんだろうし、エーブも簡単に口を割るとは思えんから、割り出しには時間がかかるだろうが」


 リドはバルガスに黒水晶を手渡し、購入者の調査を依頼することにした。


「何にせよ、今回の件は落着だな。町の周辺に残っているモンスターどもは自警団や冒険者の連中でも何とかなるだろう」


 言いつつ、バルガスはリドに向き直り、そして深々と頭を下げる。

 それは相手に最大限の敬意を示す辞儀だった。


「ば、バルガス公爵……?」

「リド君。改めてこの町の領主として礼を言わせてもらう。本当に、感謝する」

「え、えと……」


 リドがどう反応していいか困っていると、バルガスが顔を上げて二カッと笑う。

 そして片腕でリドの肩をバンバンと叩いた。


「リド君には今回の一件も含めて話したいこともあるんだよな。ラストアに戻る前にちっとばかし時間をもらえるか?」

「はい、もちろん。……それに、僕からもバルガス公爵にお話したいことが」


 ファルスの町の問題は解決したが、リドたちにはもう一つやらなければならないことが残っている。

 ラストア村の廃村問題について、王家にかけ合うためにバルガスの力が必要なのだ。


 リドはそれについてすぐにでも話そうとしたが、バルガスが手で制する。


「まあ待て、リド君。よく見りゃみんなずぶ濡れじゃねえか。まずは戦いの泥を落としてきたらどうだ? 話はその後でも遅くはねえだろう」

「師匠、是非そうさせてもらいましょう。私もヌメヌメで気持ち悪いですし」

「はは……。このままだと風邪ひいちゃいそうですしね」


 エレナとミリィがバルガスの提案に賛同し、リドもそれにならって頷いた。


「そうですね。それではお言葉に甘えて」

「ああ。館には大浴場もあるからな。みんなでひとっ風呂浴びてくるといい」

「みっ、みんなで!?」


 バルガスの言葉に狼狽うろたえたのはミリィだった。

 その様子を見てシルキーがやれやれと嘆息する。


「おい、むっつりシスター。バルガスのおっちゃんが言ったのは一緒の浴場にって意味じゃないぞ。リドとお前は別に決まってるだろうが」

「え……? あ……」


 自分の早合点に気づいたミリィの顔が、みるみるうちに赤く染まる。


 そして、一瞬の沈黙の後、バルガスの大笑いが響くのだった。


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