第24話 決戦、ギガントード


 サリアナ大瀑布の奥地でリドたちが見つけたのは巨大な蛙のモンスターだった。


「あ、あれはキングトード……にしては大きすぎません!?」


 ――キングトード。


 繁殖期に数千の卵を生み、その卵がかえると農作物などに被害を与えるとされるモンスターだ。


 自然豊かなラストア村の周辺などでは発見されることがあるが、人里近くで大繁殖でもしない限り無害であることの方が多く、その見た目を好む変わり者もいるとされるくらいだ。


「うへぇ……。気持ち悪いですわ……」

「え? そうですか?」

「えぇ……。ミリィさん、あれ平気ですの?」

「はい。むしろ見た目は可愛いかと。おっきいですが」


 どうやらミリィは変わり者の部類らしかった。

 小さい頃に野山を駆けずり回っていたミリィからすれば当然の感覚だったが、エレナは対象的に辟易へきえきとした表情を浮かべている。


 一方でリドは冷静に状況を分析し、合点がいった様子で頷いた。


「なるほど。もしかしたらあのキングトードが産んでいる卵が孵化ふかしてモンスターの生態系が乱れていたのかも。あの巨体だと普通の個体よりも多くの卵を産みそうだし」

「ああ、そういえばファルスの町の周辺でも鳥系とか水棲系とか、蛙を捕食するモンスターが多かったな。ということは、あのデカブツを仕留めればこの辺のモンスターの大発生も収まりそうだ」


 シルキーの言葉にリドが頷き、ミリィとエレナも戦闘態勢に入る。


 ジリジリと距離を詰め、最初にエレナがキングトードへと飛びかかった。


「とりあえず、先制攻撃ですわっ! 刺突剣技《ライトニングバッシュ》――!」


 瞬速の一閃。

 エレナの放った攻撃はキングトードを的確に捉え、剣先が腹の部分へと突き刺さる。


「エレナさんがやりましたっ!」


 しかしミリィが歓喜するのも束の間だった。

 エレナの攻撃は確かに威力十分だったのだが、あまりにも相手が巨大すぎたのだ。


 キングトードは自分の腹に突き刺さった攻撃に対し、もがくでもなく、咆哮するでもなく、エレナをぎょろりと睨みつける。


 ――ゲロォグ。


 そして水かきのついた前足を高く上げると、それをそのまま振り下ろした。


「きゃあああああ!」

「エレナさん――!?」


 キングトードが叩きつけた前足によって水塊すいかいが放射状に飛び散り、エレナは大きく吹き飛ばされる。


「え、エレナさん! 大丈夫ですか!?」

「うう……。何かヌメヌメしますわ……」


 幸いにも前足自体に直撃はしなかったようで、エレナはミリィの所まで後退させられるだけで済んだようだ。


「でも、おかしいですねエレナさん。キングトードがあんな強力な攻撃を繰り出してくるなんて、聞いたことが……」

「そもそもあんな大きなキングトードなんて見たことありませんわ。……いや、待ってください。そういえば文献で読んだことがあります。数百年前、このヴァレンス王国全土でモンスターの大発生が起こり、王国が滅びかけたことがあると」

「モンスターの大発生?」

「ええ。何でもその際、めちゃくちゃにでっかい蛙型のモンスターが大繁殖していたらしいですわ。確かその名を『ギガントード』と言ったとか」

「じゃあもしかしたら、あれが……」


 エレナがギガントードと呼んだ巨大な蛙型モンスターは、のそっと体の向きを変え、リドたちの方へと向いた。

 ミリィとエレナの会話を聞いていたリドもまた、《アロンの杖》を眼前に構えてギガントードと対峙する。


「あれだけの巨体だと、生半可な物理的な攻撃で倒すのは難しそうだね。なら――」


 リドがアロンの杖を振りかざし「神器解放」と呟くと、無数の光弾が発射され、その全てがギガントードを襲った。


 ギガントードはその攻撃を脅威と捉えたのだろう。

 放たれた光弾はそのまま対象へと命中するかに思われたが、ギガントードはプルプルと震えた後、大きく跳躍してみせた。


「リド、上だっ!」


 シルキーが叫び一同が視線を上に移すと、上空から凄まじい重量を持つであろうギガントードが落下してくる。


「あわわわわ……」

「じょ、冗談じゃありませんわ~っ!」


 リドは咄嗟に《ソロモンの絨毯》を召喚して飛び乗り、ミリィとエレナの元へと移動させる。


「ミリィ! エレナっ!」


 間一髪、だった。

 ギガントードの踏みつけが来る前に、リドは二人の手を取って絨毯の上へと引き上げることに成功する。


「何とか間に合ったね」

「し、死んじゃうかと思いましたわ。ありがとうございます、師匠」


 リドにしがみついたエレナはほっと胸を撫で下ろす。

 が、それも束の間、ギガントードは上空に逃れたリドたち目掛けて勢いよく水を吐き出してきた。


「わっ、と……!」


 リドはソロモンの絨毯を旋回させてその攻撃を回避したが、ギガントードは立て続けに放水攻撃を仕掛けてくる。

 二度三度と繰り返され、リドたちは更に上空へと距離を取ることを余儀なくされた。


「どうする、相棒。このままだと膠着状態だぞ。かといってアイツ、見た目以上にすばしっこいみたいだ」

「そうだね……。この位置からだとアロンの杖の光弾も威力が落ちるし」


 リドはソロモンの絨毯から身を乗り出し、ギガントードの周辺状況をつぶさに観察する。

 水に囲まれた環境。その周辺には湿地帯特有の植物が点在していた。


「……よし」


 リドは次の一手を思いついたのか、ミリィの方へと目を向ける。


「ミリィ。この位置からスキルで植物を操作できる?」

「え? は、はい。視認できる範囲なら可能です。何度か試してみましたから」

「よし。それじゃあ、一瞬でもいいからギガントードを束縛してほしい。エレナはこれを預かってて」


 リドは言いつつ、手にしていたアロンの杖をエレナに手渡した。

 そしてシルキーを頭の上に乗せると、絨毯のふちへと足をかける。


「何する気だ、相棒?」

「シルキーは防御結界を張ってね。下は水辺だし、それで何とかなると思う。ミリィは僕が飛び降りたらスキルを」

「は、はい」

「だから何する気……。ん? おい相棒。今、飛び降りるとか言わなかったか?」

「よし、行くよ!」

「ちょ、ちょっと待っ――」


 シルキーの制止も虚しく、リドは絨毯を蹴って空中へと身を投げ出した。


「ぎにゃぁあああああああっ!!!」


 サリアナ大瀑布の最上部とも言える場所。滝の始点と同じ高さからの落下だ。

 リドの頭に爪を立ててしがみついていたシルキーは、普段の様子からは想像もできないような絶叫を上げる。


 瞬時に防御結界を張ったのはリドに命じられていたからというよりも、半ば反射的なものだった。


 落下の最中、ミリィの発動した《茨の束縛ソーンバインド》がギガントードの動きを一時的に封じたのを確認し、リドは右手を横に伸ばす。


「神器召喚、《雷槌・ミョルニル》――!」


 リドの手に現れたのは巨大な槌。

 紫色の電撃を帯びたそれを、リドはギガントードの脳天目掛けて振り下ろす。


「てりゃ――!」


 落下の速度を乗せた大槌の打撃と、ミョルニルが放つ雷撃とが合わさり、それは凄まじい破壊力を持つ攻撃となった。


 ――ゲゴゴォオオオオオ!!


 ギガントードが大きく咆哮し、その巨体がゆらりと振れる。

 そしてギガントードは、辺り一帯に広がるような地響きを立てながら倒れ込んだ。


「やった! やりましたリドさん!」

「さっすが師匠ですわ~!」


 ミリィと、ミリィにしがみついたエレナがソロモンの絨毯の上で喝采を上げながら緩やかに降りてくる。


「ふぅ……。何とかなったね」


 シルキーの張った防御結界の効果もあり、無事に着水したリドもまた一つ息をつく。


 そうして一同が歓喜に湧く傍ら――。


「相棒よ……。吾輩は帰ったら最高級のおやつを所望するぞ……」


 涙目で震えていたシルキーは、そう呟くのが精一杯だった。


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