第20話 新たな神器で楽しい空の旅を
「ど、どうぞ、エレナさん」
「ありがとうございます、ミリィさん。いただきますわ」
緊張気味に紅茶を差し出したミリィに対し、エレナは優雅に笑ってみせた。
ブラックウルフと交戦していたエレナを救援した後のこと。
リドたちは一緒にいた御者の男性も保護するため一旦ラストア村へと戻り、エレナから事情を聞くことにした。
「それで、エレナさんはどうしてこの村に?」
「もう、師匠ってば。
「でもエレナさ――」
「よ・び・す・て」
折れる様子のないエレナに、リドは諦めて頷く。というより、頷かされる。
「ええと、エレナは何でこの村に?」
「師匠に会いに来たんです!」
エレナはリドの問いに鼻息を荒くして即答した。
身を乗り出し、赤い瞳を近づけてきたエレナにリドは少しのけぞるような格好になる。
その様子を見ていたシルキーが耳をぴくぴくと動かしながら、エレナの足元から横槍を入れた。
「おい、エレナのお嬢さんよ。それじゃ何も分からないだろうが」
「あらシルキーさん。相変わらずお可愛いですわね」
「吾輩のことは可愛いではなくカッコいいと言ってくれ」
「おカッコいいですわね」
「うむ、よし」
「よし、じゃないよシルキー」
話が進まないなと、リドは短く嘆息する。
一方でミリィは公爵家の令嬢という存在を初めて見たのが新鮮なのか、キラキラと青い瞳を輝かせていた。
「エレナはどうして僕に会いに来たの? もしかしてだけど、王都教会と何かあったり?」
「何かあった、なんてもんじゃありません。あのクソゴミ大司教、師匠のことを左遷するなんて、あの場でメッタメタにするのを我慢しただけでもありがたいと思っていただきたいですわ」
「ああ……」
丁寧さと荒々しさが入り混じったようなエレナの口調で、リドは何となく察する。
平民は雑に扱うくせに、貴族には取り入ろうとするゴルベールのこと。
恐らく、エレナと会った際に何かをしでかしたのだろうと。
「おっと、いけません。言葉が
「ちょっと……?」
エレナは仕切り直すように、ミリィが淹れた紅茶に口を付ける。
隣でミリィが「これが貴族のお嬢様なんですね!」と言わんばかりに感心していたため、リドは後でちゃんと教えておこうと心に決めた。
「あのくっそ大司教のことはさておき、師匠に会いに来たのは別件でして。実は、私のお父様からのお願いを伝えに来たんですの」
「エレナのお父さん? というと、バルガス公爵が僕に?」
エレナがコクリと頷き、金の巻き毛が合わせて揺れる。
「実は最近、父の管轄する領地にモンスターが大量に発生していまして……。あまりにうじゃうじゃと湧き出てくるものですから、父の見立てではモンスターを率いる親玉がいるんじゃないかという話に」
「なるほど。それでリドに援軍を頼みたいと」
「シルキーさんの仰る通りですわ」
エレナの話では、ファルスという町の周辺にワイバーンと同様の危険度「B級」に相当するモンスターが頻繁に出現しているのだと言う。
現れるモンスターの系統が似ていることから、統率している大型のモンスターがいるのではないか、というのがバルガスの見立てらしい。
「お父様は領民の皆さんの避難や、冒険者協会などへの対処で追われていまして……」
「なるほど。だからエレナがここに来たと」
「はい、ですわ」
「分かった。僕にできることなら、協力させてもらうよ」
「ありがとうございます、師匠! 師匠が来てくれれば百人力……いえ、万人力ですわっ!」
エレナは立ち上がると、リドの元へと寄ってきて両手を掴む。
それを見ていたミリィが「すごい積極性……! これが本場のお嬢様……!」などと的外れなことを呟いたが、誰かに聞こえることはなかった。
そうしてエレナがリドの両手を掴んで振り回す中、シルキーがリドの足をてしてしと叩く。
「お人好しを発揮するのは結構だがよ、リド。この村のことは良いのかよ?」
「この村のこと? 何ですの、シルキーさん」
「実はな――」
シルキーがエレナに向けて、今ラストア村で起きている問題について話していく。
廃村の命令が王家の下部機関から出されていること、リドはその撤回を求めるために王家に掛け合おうとしていたことなどだ。
「なるほど、そんなことが……。この村の方たちにも生活があるでしょうに、許せませんわね」
シルキーの話を聞き終えたエレナが顎に手を当てて考え込む。
そして何事かを思いついたらしく、ピンと人差し指を立てて言った。
「ふっふっふ、ですわ。それなら尚の事お父様にお会いしましょう。お父様ならきっと手を貸してくださいますわ」
「え……? できるの?」
「お父様は仮にも公爵の地位を持っていますからね。王家に口利きをするくらい、造作もないはずですわ」
「っ……。それなら――」
リドの言葉に、エレナはニンマリと笑って頷いた。
シルキーも意気揚々とリドの頭の上に飛び乗る。
「よっし、それならまずはバルガスのおっちゃんを手助けすれば良いわけだな。やることは決まったわけだ」
「リドさんリドさん! 私も行きます! リドさんに指南してもらったおかげで私もそこそこお役に立てると思いますし!」
「おお、むっつりシスターもやる気だな」
「あぅ……。シルちゃん、その呼び方はやめてってばぁ……」
ミリィとシルキーがいつものやり取りを繰り広げ、一同はバルガス公爵の領地であるファルスの町を目指すことになった。
***
「しかし、お父様の所まではどう行きましょうか? 馬車も先の戦闘でぶっ壊れてしまいましたし」
「そうですね、エレナさん。ファルスの町というと歩いて行くには遠すぎますし……」
状況をカナン村長に報告し、村の防備をラナに任せた後。
リドたちはラストア村の入り口へと場所を移していた。
「移動手段なら、僕が何とかできるかな。シルキーは嫌いそうだけど」
「げっ。まさかアレを使うのかよ、相棒」
「まあでも、急がないといけないし」
「どういうことですの? 師匠」
説明するより見てもらった方が早いと、リドは手を前に突き出して【神器召喚】のスキルを使用する。
「え……? これは何ですの?」
そこに現れたのは一枚の赤い
それなりの大きさではあるが、注目すべきはそこではない。
その絨毯はふわふわと宙に浮いていたのだ。
「わー、不思議ですねリドさん。絨毯が浮かんでるなんて」
「《ソロモンの絨毯》っていう、リドが扱う神器だ。確かにこれならひとっ飛びだろうが、吾輩も苦手なんだよな……」
「え? ひとっ飛び……? えっ?」
「よし、それじゃあみんなで乗っていこう。ちょっと怖いかもしれないけど、我慢してね」
エレナがわけも分からずといった感じで絨毯に乗せられ、リド、シルキー、ミリィと続く。
そして――。
「きゃぁあああああ! 高いですわー! 速いですわー!! 落ちちゃいますわ~!!!」
ソロモンの絨毯が空に飛び立つと、エレナの絶叫が響き渡った。
それだけ、ソロモンの絨毯の速度は凄まじいものだった。
「わー、馬車よりずっと速いですねー」
ミリィが高速で過ぎる景色を眺めながら感嘆の声を漏らす。
が、エレナは変わらず絶叫し、シルキーはリドの腕にすっぽりと収まり、身じろぎ一つしない。
「ふ、ふふ。さすがの吾輩もこれは苦手だからな。まあ安心しろよエレナのお嬢さん。猪も木から落ちるって言うだろ?」
「シルキー、また言葉の使い方違うからね。というか、落ちるとか縁起でもないからね」
「いやぁああああああ!! 師匠、怖いですわ~!!!」
エレナはあまりの恐怖からリドに身を寄せる。優雅な気品漂うお嬢様、などという雰囲気は景色とともにどこかへ飛んでいた。
と、それまで興味津々に景色を眺めていたミリィが、エレナの行動を見てポンっと手を叩く。
そして、とても楽しそうにリドの背中へと抱きついた。
「リドさんっ! 私も怖いです!」
「いや、ミリィはさっきまで平気そうにしてたよね!?」
「ふ、吾輩はまだ、平気、だ……」
「ひょええええええ! お助けぇえええええ!」
空を飛ぶ絨毯の上で何とも賑やかなやり取りが繰り広げられる。
そうして一行は、ファルスの町に向けて出発したのだった。
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