第19話 ハイテンションお嬢様との再会


「はぁ……」

「シルキー。溜息ばかりついていられないよ」


 ラストア村に廃村命令が下されたという一報を受け、リドたちは家に戻っていた。

 ミリィは曇った表情を浮かべ、姉のラナは神妙な面持ちで腕を組んでいる。


「しかしなぁ、相棒。王都から左遷されて来た土地が廃村命令を出されるとか何の冗談だよ。さっき『この村で新しい人生を始めるんだ!』とか言ってたのはどうするんだよ」

「それは、まあ……。うん」

「この村のメシ、美味かったのになぁ……」


 シルキーがリドの頭の上でぐでっと突っ伏した格好になった。


 リドたちがいる卓の中央には、カナン村長から貸してもらった廃村の命令書が置かれている。


 書面に記載されているのは、現在のラストア村の土地を今後貯水池として活用するという趣旨の文言だ。

 その理由の一つとして、先日明るみに出た鉱山都市ドーウェルにて発生した鉱害があるという。


 リドはその書面を手に取り改めて目を通す。


「ドーウェルから流れている河川の水を魔法で浄化する。そのために一旦水をせき止める場所を作る、か……。確かに理屈は分からなくもないけど……」

「でも、それって下流の都市のためにラストア村の住人は犠牲になってくれって話だろ? 要はトカゲの尻尾切りなわけだ」

「決定したのは……王家の下部機関か。王家の決定ってよりはこの組織独自の判断なんだろうね」

「はんっ。頭でっかちな官僚の考えそうなことだ。どうせ下流の都市を管轄している貴族から泣きつかれたとか、そんな理由だろうぜ」


 「その可能性は高いだろうな」と、腕を組んだままでラナが相槌を打つ。


「私たちラストア村の住人については近隣の都市で受け入れるとあるが、決して待遇は良くないだろう。新しい土地の領主からしてみれば、よそ者を受け入れることになるんだからな。現に、廃村が決定した村の住人が受け入れ先で差別されるような出来事は少なくない」

「しかしラナの姉ちゃんよ。今じゃリドのおかげでラストア村の住人たちはみんなレアスキルを持ってるんだろ? なら、移住先でも重宝されるんじゃねえか?」

「シルキーの言う通りかもしれない。でも……」


 言葉を途中で切ったリドの頭には、先程の村人との会話の内容が浮かんでいた。


 ――小さな村だが、自分たちにとってはたった一つの故郷だと。


 そういう考えを持った村人は決して少なくないだろう。

 それに……。


「……?」


 リドはミリィの方を見やる。


 ミリィはこの村が特別だと言っていた。それは、リドにとっても同じだった。


「――よし」


 リドは何かを決めたかのように立ち上がり、立てかけてあった大錫杖――《アロンの杖》と外套を手に取った。

 そして家の入り口の扉を開けたところでミリィから声がかかる。


「リドさん? どこかに行かれるんですか?」

「うん。ちょっと王様に会いに行こうかと」

「えぇ!?」


 ミリィが慌てた様子で叫ぶ一方、相方の思惑を察したシルキーがべしべしとリドの頭を叩く。


「王家の下部機関が決定したなら、王家に直談判して取り消してもらおうってか? しかし相棒、それは無謀だろう。まともに取り合ってくれるとは思えん。いくらお前でも、門前払いされて終わりだろうぜ」

「でも、このままじゃ……」

「はぁ。後先考えないのはお前らしいがな……。せめて王家に通じている貴族なんかを間に挟めれば違うんだろうが――」


 シルキーがそこまで言って、リドは顔を跳ね上げる。

 向けた先は扉の外だ。


「ど、どうしました? リドさん?」

「今、村の外――たぶん近くだと思うけど、モンスターの咆哮が聞こえた」

「え?」


 言うが早いか、リドはアロンの杖を持ったまま扉の外へと駆け出した。


「ラナさんは村を! モンスターが侵入しないようにお願いします!」

「了解した!」


 叫びながら駆けるリドの後を追って、ミリィもまた続く。



 そして、ラストア村の外に広がっている草原に出た直後だった。


「見えた……!」


 リドの視線の先では、壊れた馬車。

 そして馬車の外にいる二人の人間を取り囲むようにして、黒い毛皮を持つ狼型のモンスター、「ブラックウルフ」がいた。数にして十体以上の群れだ。


 一人は恐らく馬車の御者だろう。頭を抱えながら震えており、もう一人がそれを護るようにブラックウルフと交戦している。


 上手くブラックウルフの攻撃に対処しているようだったが、多勢に無勢。御者を護りながらでは厳しいだろう。


「あれは……」


 リドは応戦しているその人物に見覚えがあった。

 しかし、今はそのことよりもブラックウルフの撃退が先決だと思い直す。


「ミリィ!」

「はい、リドさん!」


 多種多様な草木が生えている草原は、ミリィにとってスキルを最大限に活かせる環境が整っている。

 そのことを確認したミリィはリドの合図で地面に手をかざし、唱えた。


茨の束縛ソーンバインド――!」


 地面から湧き出た茨や蔦がブラックウルフたちに絡みつく。

 ブラックウルフは突如起こったその現象に暴れまわるが、振りほどくことは叶わない。


「あれは――」


 交戦していた人物の視線がリドたちの方へと向き、一瞬目が見開かれた。


 今にも一斉攻撃をかけようとしていたブラックウルフの動きが止まり、その隙にリドはアロンの杖を振りかざす。


「神器解放――!」


 ――グルガァアアアアア!!!


 アロンの杖から放たれた無数の光弾が弧を描き、ブラックウルフたちの体を撃ち抜いていく。

 その光景は圧巻で、リドの放った攻撃は一瞬の内にブラックウルフの群れを全滅させた。


「やれやれ、この前もこんなことあったな」


 頭上でシルキーが呟き、リドはかざしていたアロンの杖を降ろす。


「師匠! 師匠じゃありませんか!」


 と、ブラックウルフと交戦していた人物が金の巻き毛を揺らしながらリドの方へと駆けてきた。

 そして勢いそのまま、その人物はリドの胸元へと飛び込む。


「やっと……やっと会えましたわ~!」

「ちょっ――」


 思い切り抱きつかれ、リドはそのまま地面に押し倒されるような格好になった。


「なぁっ――!?」

「あー、あの時の嬢ちゃんか」


 ミリィがその様子を見て固まり、直前にリドの頭から飛び降りていたシルキーは冷静な声を漏らす。


「師匠、師匠っ! お久しぶりですわー!」

「は、はは……」


 歓喜の声を上げながらリドの胸に頭を押し付けていたのは、バルガス公爵の令嬢、エレナだった。


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