第14話 ラストア村の宴


「ラナお姉ちゃーん。ただいま!」

「おおミリィ! 戻ってきたか!」


 エーブ辺境伯と黒水晶の件が発覚してから二日後。


 リドたちが鉱山都市ドーウェルからラストア村に帰還すると、村の中央広場にはラナがいた。

 ミリィが勢いよく駆け出し、シルキーを抱えたリドもそれを追う。


「ただいま戻りました、ラナさん。すいません、戻りが遅くなってしまって」

「リド君、それにシルキー君も。いやいや、皆が無事で何よりだよ」


 二人と一匹が村に戻ってきたのを知ると、広場にはカナン村長を始めとして多くの村人が集まってきた。

 リドはドーウェルでの出来事をカナン村長に報告していく。


「なるほど……。村に蔓延していた病は、ドーウェルを統治していたエーブ辺境伯と黒水晶が原因だったと」

「はい。でも、もう大丈夫だと思います」


 リドは、鉱害問題という事の大きさからすぐに王都の調査団も動いてくれたこと。エーブ辺境伯の代わりに王家が選定した新しい領主が就くことになるであろうことなどを続けて伝えていく。


 ちなみに今回の件が無事解決に至ったのはリドのおかげであると、ミリィが付け加えて。


「リド殿、貴方は本当に何という御人か……。この短期間に、二度も我らの村の窮地を救ってくださるとは……」

「リド君。私からも改めて礼を言わせてくれ。リド君がこの村に来てくれていなければ、どうなっていたことか……」


 カナン村長とラナに頭を下げられ、更には集まっていた村人から称賛や歓喜の声が上がると、リドは照れくさそうに頬を掻く。


「よし、皆の者! 村の窮地を救ってくれたリド殿を祝して宴の準備だ!」


 カナン村長が宣言すると、より大きな歓声が村人たちから上がった。


   ***


「この前の快気祝いといい、この村の奴らって祝い事が好きだよな」


 宴が始まってまもなくして。

 リドの膝の上で腹を膨らませたシルキーがそんな言葉を発する。


「ふふ、そうかもね。でも、僕は嬉しいことがあった時にちゃんと喜ぶってのは大事なことだと思うよ」

「ん、む。そうかもな。まあ、吾輩は旨いメシにありつけるなら願ったりだが」

「もう、シルキーってば」


 今夜は酒も大量に振る舞われているのか、所々で顔を赤くした村人が談笑していたり踊ったりしている。

 遠目には、村人たちに酌をして回るミリィの姿も見えた。


「やぁリド君。食べてるかい?」

「あ、ラナさん」


 ラナがやって来てリドの近くに腰掛ける。

 けっこう呑んでいるらしく、ラナからはふわりと酒の匂いが漂った。


「この前も思いましたけど、この村の料理ってとても美味しいですね。ずっといたら太っちゃいそうです」

「ふ、嬉しいことを言ってくれるな。私としてはリド君にはいつまでもいてくれたらって思うがな」

「え……?」

「と、すまない。今のは忘れてくれ」


 ラナは言いつつ、手にしていた酒器を呷る。


 リドがこの村に左遷されてやって来たのは周知の事実だ。

 しかし、今やリドの実力を疑う者はラストア村にはいない。


 だから、ラナにしてみればいつかリドは王都神官に返り咲くだろうと思っていたし、それを引き留めるような発言をするのは望ましいことではないとも思ったのだ。


「でも、ラナさん。僕はこの村の人たちのことが好きですよ。まだ短い間ですけど、僕にとってこの村は特別だって、そう思います」


 しかしリドはラナの発言を気にするでもなく、そう言った。


「特別、か……。そう言ってくれると嬉しいものだ。……そういえば前にミリィも同じようなことを言っていた」


 ラナは焚き火の向こうでまだ酌をして回っているミリィに視線を向け、言葉を続ける。


「実はな。ミリィはこの村に捨てられてやって来た過去があるんだよ」

「え……? ミリィが?」

「まだアイツが赤ん坊の頃にね。村の入口にかごと、名前が書いた紙が添えられていた。だからミリィは親の顔も知らないし、どこの生まれなのかも分からない。私が姉をやっているのは、まあ、成り行きでな」

「そう、なんですね……。ミリィはそのことを?」

「ああ。知っている」


 リドもラナと同様、ミリィへと視線を向ける。

 笑顔で村人と話している様子からは、少し想像ができなかった。


「いやぁ、最初の頃は人見知りで村の誰があやしても泣いてばかりでな。言葉が喋れるようになってからも、全然懐いてくれなかった」

「それは、何だか意外ですね」

「で、いつだったか、ミリィが家出をしたことがあるんだよ」

「家出?」

「ああ。家出というより村出とでも言うのかな。幸いすぐに見つけられたんだが。本人にとっては大きな出来事だったんだろう。私に抱きついてきて、そりゃあもう、わんわんと泣いていたよ」


 ラナはくっくっと笑って、その後に目を細めて呟く。その目はどこか遠いものを見るような目だった。


「それからだったな、ミリィが私のことを姉と呼んでくれるようになったのは」

「……」

「すまんな。どうにも、酒が入っているせいか昔のことが話したくなってしまったようだ」

「い、いえ」


 リドが慌てて首を振り、ラナはそれを見て笑いかける。


 ラナは酒のせいだと言っていたが、リドに伝えておきたかったのだろう。

 それがどんな思いからかリドには分からなかったが。


 リドの膝の上で大人しくしていたシルキーには何となく分かる気もしたが、口は挟まないでいた。


「ま、ミリィもリド君のことはかなり慕っているようだ。よくしてやってくれ」

「は、はい」

「いっそのこと、リド君のような人と一緒になってくれると、姉としても安心なんだがな」

「え――?」


 ラナが独り言のように呟いた一言が聞き取れず、リドが問おうとした時だった。


「あ~、お姉ちゃん。私を差し置いてリドさんと~」


 ミリィがふらふらとした足取りでやって来る。

 頬は赤く染まり、明らかに様子が変だった。


「うわ、ミリィ。お前、酒を飲んだのか?」

「お酒? そんなの飲んでないよぅ、お姉ちゃん。さっきとても美味しいお水を飲んだだけで~」

「ちょっとミリィ、大丈夫?」

「あ、リドさん。リドさんだ~」


 妹の変貌ぶりに、ラナがやれやれと首を振る。

 どうやらミリィは何かと間違えて酒を飲んだらしい。


 と、ミリィに肩を貸すリドを見て、ラナは何かを思いついたように口の端を上げる。


「ちょうど良い。リド君、申し訳ないがミリィを家に連れて行ってくれないか?」

「え?」


 何がちょうど良い・・・・・・なのか分からなかったが、ラナは足元にいたシルキーを抱えて歩き出してしまう。


「シルキー君は私と一緒に呑もうじゃないか」

「ふっふっふ。いい度胸だ。言っておくが吾輩はけっこう強いぞ?」

「よしよし。ちょうど酒も無くなってしまったし、一緒に行こう」


 そうして、リドは酔っ払ったミリィと共に取り残されることになる。


「わ~い。リドさんと一緒です~。……あれぇ? でも、何だかリドさんがたくさんいます~。でも、その方が良いかもです~」

「ど、どうしよう……」


 リドは、自分の胸にぐりぐりと顔を押し付けてくるミリィを見て、呆然と呟くしかなかった。


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