第13話 【SIDE:王都教会】愚者の打算


「は……? エーブ辺境伯が失脚?」

「はい……。鉱山都市ドーウェルで鉱害を引き起こしていたことを知りながら、黙認していたとのことで……。むしろ主導して黒水晶の採掘を行っていたことが公になった模様です」


 王都教会の大司教執務室にて――。


 秘書から報告を受けたゴルベールは信じられないといった様子で目を見開いていた。


「な、何故だ……。黒水晶の件は秘密裏に採掘するよう、エーブ伯も注意を払っていたはずだ。それがなぜ明るみに出ているのだ!?」

「それが……。どうやら、エーブ辺境伯が滞在していた領主館に何者かが侵入し、エーブ辺境伯はその侵入者に戦闘で敗れたようなのです。その際、黒水晶を地下に隠していたことが発覚し、通報されたらしく――」


 秘書の男性は恐る恐る、知り得た情報を話していく。


 通報により、ドーウェルだけでなく王都からもすぐに調査団が派遣され事実確認が行われたこと。

 屋敷にいた兵や、エーブ辺境伯から依頼を受けていたという人物たちの証言、何より黒水晶が自身の屋敷の地下から出てきたという言い逃れのできない状況になったこと。


 そのため、エーブは辺境伯の地位を剥奪され、王家主導の元、新たな領主が選定される流れとなったこと等々。


 しかし、ゴルベールにとって重要なのはそこではなかった。


「馬鹿なっ! エーブ伯が戦闘で敗れただと!? エーブ伯は単に辺境伯という地位を持っていただけではない! 千人に一人が持つという赤文字のスキル保持者だぞ! 戦闘においてそう簡単に負けるなどあるはずが……」

「しかし、事実のようです。それから……」

「何だ? 早く申せ」


 秘書の男性が歯切れ悪く言葉を濁していると、ゴルベールは苛立たしげに続きを催促する。


「エーブ伯の領主館に侵入した人物についてなのですが、少年の神官だったようなのです」

「少年の、神官……?」


 妙だ、とゴルベールは思った。

 少年で神官職というのは、滅多にいるものではからだ。


 ふと、ゴルベールの脳裏にあることがよぎる。

 鉱山都市ドーウェルの近くに、ラストア村があるのではなかったか、と。

 そこはつい先日、ある神官に左遷先として命じた場所ではなかったか、と。


 それに、少年神官という情報……。


 その時ゴルベールは、頭の中で決して結びつけたくない構図を描いてしまっていた。


「ハ、ハハ……。そんな、そんなことがある筈が無い。リド・ヘイワースがエーブ伯を討ち倒し、黒水晶の件を暴いた人物であるなどと、そんなワケは……」


 ゴルベールは脳内で描いた絵を否定したくて繰り返し言葉を呟く。

 そして、その妄想から逃避するかのごとく、現実に起こっていることの整理へと思考を移動させた。


 (しかし、マズいことになった。エーブ伯が失脚したとなれば、当然これまで教会に入っていた多額の寄付金が失われることになる。それに、私個人への献金も……)


 ゴルベールの中で真に重要なのは、我が身にどういう影響があるかだ。


 侵入者がリド・ヘイワースでないかという仮説も確かに信じたくないことではあったが、今はそれよりもエーブ伯が失脚したことによる自身の影響が如何ほどのものか、ということを考える必要があった。


 (待てよ……。王都からも調査団が派遣され、事実関係が調査されたと言っていたな。ということは……)


 嫌な……、とても嫌な予感がしてゴルベールは秘書の男性の方へと顔を上げた。

 秘書の男性は焦燥の色を浮かべながら口を開く。


「実は調査の際、エーブ伯がゴルベール大司教に多額の献金を行っていたことも明らかになりました。近頃、市民から王都教会への不満が高まっていることもあり、どうやら近々、王家からの監査が入るようです……」

「なん、だと……」


 マズいことになったどころの話ではないと、ゴルベールは頭を抱える。


 個人的な献金が行われていたことについては手段を講じれば言い逃れもできるだろうが、王家に目を付けられて良い事など一つも無い。


 それに何より、現王都教会の最高権利者であるドライド枢機卿が、もうじき遠征から帰還する頃なのだ。


 ドライド枢機卿に今回のことが知れようものなら……。


 ゴルベールは悪寒のようなものを感じ、身震いする。


 (王家の監査については何か手を打たなくては……。しかも、ドライド枢機卿が帰還される前にだ。何か、対抗策を……)


 ゴルベールは思考を巡らせ、そして思いつく。


「おい、そういえば先日話していた件――バルガス公爵とご令嬢との面談の件はどうなっている?」

「え? あ、はい。バルガス公爵の方でも確認したいことがあるということで、明日以降で可能だと――」

「確認したいこと? 何だ、それは?」

「い、いえ、それは当日になって話すと……。ご令嬢も同席させるとのことでしたが」

「そうか……。まあ良い。バルガス公爵も面談を希望しているのなら願ったりだ。早速明日、面談の予定を取り付けるのだ」

「か、かしこまりました」


 ゴルベールが導き出した結論はこれだった。

 王家と深い関わりを持つ権力者に取り入れば、王家の監査に対して手を回してもらうことができるかもしれない、と。


 そのためにはなるべく声の大きな貴族が理想であり、高い地位を持つバルガス公爵はまさに最適だ。


「しかし、ここでリド・ヘイワースの後任として名乗りを上げておいたことが活きるとはな。我ながら、素晴らしい先見性だ」


 ゴルベールは幾ばくかの落ち着きを取り戻したのか、ほっと胸を撫で下ろした。


 翌日、更なる苦境に立たされることになるとは知らずに――。


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