第9話 相棒が怒ると超怖いぞ(※シルキー談)


「ここが鉱山都市ドーウェルか……」


 ラストア村をふもとに置き、周囲半分を取り囲むように存在しているルーブ山脈。


 この山岳地帯は、リドたちの暮らすヴァレンス王国と他国との国境という意味合いを持っており、元々自然豊かな土地で知られていた。


 しかし、本来なら木々に彩られているはずのその場所を、ぽっかりと切り抜いたかのようにして存在する都市がある。

 それが、今リドたちがいる鉱山都市ドーウェルだ。


「私も来たのは初めてですが、凄い活気ですねー」

「そうだね。ミリィの言った通り、出稼ぎの鉱夫さんが大勢来てるみたいだ」


 ミリィ曰く、このドーウェルは元より上質な鉱石が採掘できる町だったが、蒸気機関の普及とともに居住者も増えてきたという経緯があるらしい。


 鉄や油の匂いがそこかしこから漂い、屈強そうな男たちがせわしなく行き交う様はまさしく鉱山街のそれである。


「うう……。それにしても山の上なだけあってけっこう冷えますね……」

「だから村で待ってろと言ったんだ。無理に付いてくる必要なんて無かったんだぞ」

「まあまあシルキー。ミリィの案内が無ければあの山道を登るのにもっと時間はかかってただろうし、僕としては助かったよ」


 ドーウェルを訪れる前、リドはラストア村の近くを流れる河川に毒性のある水が流れ込んでいる件について、カナン村長やラナに報告していた。

 その際、ラナを始めとして病気に罹っていた者たちは、村周辺のモンスター討伐をしていた時に河川の水を飲んでいたということが判明。


 幸いにも村の大井戸までは毒に侵されていないようで、先日ミリィが生み出した薬草の樹もあることから、病が再度蔓延する可能性は低い。

 とはいえ、このまま毒性のある水を生み出した原因を放置すれば、どんな被害が及ぶか分からない状況だ。


 そうして、リドが河川の上流に位置するこの鉱山都市の調査に名乗りを上げ、土地勘のあるミリィがその案内役を買って出て、今に至る。


「そうだミリィ、これ」


 隣で寒さに震えていたミリィに、リドは外套を脱いで掛けてやった。


「あ……。ありがとうございます。でも、リドさんは平気なんですか?」

「僕は大丈夫。こうやってシルキーを抱えてれば温かいから」

「吾輩は懐炉かいろ代わりかよ。まあ別にいいが」

「で、ではお言葉に甘えて……」


 リドが大錫杖だいしゃくじょうを片手に、もう片方にはシルキーを抱えて歩き出し、ミリィはその後に続く。


 と、その時ミリィの頭によこしまな考えがよぎった。


 リドが情報収集のために街の人間と話している隙を見て、掛けてもらった外套の袖を自分の顔に寄せる。


 ――クンクン、と。


 ついやってしまった。

 こういうのは良くないなと、ミリィは慌てて外套から鼻を引き離すが、ニヤリと笑っていたシルキーと目が合った。


 もしかして見られていただろうか。そんな考えがミリィの頭を埋め尽くしていく。


「ミリィ、寒いのはもう大丈夫?」

「はい、大丈夫でしゅ……」

「……?」


 やがて話を終えて戻ってきたリドに言葉をかけられるが、ミリィは空気の抜けた風船のような声を絞り出すのがやっとだ。

 リドが怪訝な顔を向けてくる一方で、不敵に笑ったシルキーが強烈な一言で追い打ちをかける。


「むっつりシスターめ」

「~~~っ!!」


 声にならない声を上げて、皮肉にも周りの寒さなど気にならなくなるほどにミリィの体温は上昇したのだった。


   ***


「さて。さっきの人が言うには、酒場に行けば詳しい情報を知ってる人がいるかもってことだったけど……」


 リドは街の人間から聞いた情報を元に、大通りの先にある酒場へとやって来た。

 その後ろを付いてきたミリィは、何やら祈りを捧げながら独り言を呟いている。


「ああ、女神様……。この愚かな私をおゆるしください……」

「おい、むっつりシスター。早く付いてこいよ。日が暮れるぞ」

「シルちゃん、その呼び方はやめてぇ……」

「ねえシルキー。むっつりって何?」


 純朴なリドの一言が突き刺さり、ミリィはがくりと肩を落とした。

 シルキーの方は「知らないでいた方がコイツのためだ」と言うばかりなので、仕方なくリドはその話題を掘り下げず、酒場に入ることにする。



 酒場の中は昼間だというのに繁盛しているようだった。

 鉱夫と思わしき無骨な男が卓を囲っており、賑やかな空気で満ちている。


 リドはその中を抜けて酒場の店主らしき人物に声をかけた。


「あの、すいません」

「ん? 何だボウズ。子供に酒は出せねえぞ」


 酒場の店主がそう応じると、辺りから嘲笑とも取れる笑いが起こる。

 それでも、リドは気にせず店主に向けて話しかけた。


「お聞きしたいことがあるんです。鉱山の発掘などで、最近になって変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと?」

「はい。例えば何か毒性を持った鉱物が発見されたとか」


 ――ガタン、と。


 リドが発した言葉に反応して、酒場にいた客の内の数名が立ち上がる。

 そしてそのままヅカヅカと酒場の床を踏み鳴らし、リドの元へとやって来た。


「おいおい。ガキが滅多なことを言うもんじゃねえなぁ。この土地の鉱山に関しちゃエーブ伯が管轄されてるんだ。変な噂を立てようってんなら痛い目みてもらうぜ?」

「別に変な噂を立てようとは思っていません。ただ、この鉱山から麓に続く河川に何か良くないものが流出している可能性があるんです。僕たちはそれを確かめに来ただけで――」


 リドがそこまで言うと、目の前にいた男たちの目つきが鋭いものへと変わる。


 他の客は心当たりが無いようだったが、リドへと迫ってきた男たちの方は明らかに何かを知っているのだろう。というより、リドの言ったことがそのまま図星だったのかもしれない。


 リーダー格の男が殺気立った様子でリドを睨みつける。


「ハァ……。ガキが余計なことを嗅ぎ回りやがって。……おい、このガキをとっ捕まえろ。おっと、そっちの嬢ちゃんは中々の上玉だな。後で使うから連れて行け」


 その命令を受けて、後ろに控えていた男がミリィの手首を掴んで持ち上げた。


「ヒヒッ、こいつは確かに上玉だぁ。この後が楽しみだぜ」

「や、やめてくださいっ!」


 ミリィは必死に抵抗しようとするが、屈強な男の手を振りほどくには至らない。

 それを見て、リドが男たちに静かな怒気を向ける。


「ミリィから手を離してください。でなければ、容赦しません」

「クハハハッ! お前みたいなガキが俺たちにかなうと思ってんのかよ。やれるもんならやってみやが――」


 男の声が途中で途切れた。

 と同時に、男は酒場の外へと吹き飛んでいく。


 その時、リドが振るった大錫杖――《アロンの杖》の軌道が見えていたのは、酒場にいた者たちの中でシルキーだけだった。


「おがっ――!」

「ぷぎゅっ――!」


 続いて一人、二人と同じように吹き飛ばされ、最後にミリィの腕を掴んでいた男だけが残る。


「は……? えっ?」


 残った男は状況が理解できずに、吹き飛ばされていった仲間とリドの顔を交互に見やる。

 やがて、仲間を吹き飛ばしたのがリドの仕業だと気付いたのか、男は慌ててミリィから手を離した。


「へ、へへ……。悪かったよ。許してく――」

「許しません」

「ぶげっ――!」


 リドが冷ややかに言い放つと、やはり男は変な声を上げて酒場の外へと吹き飛んでいった。


「ふぅ。ごめんミリィ。怪我は無い?」

「は、はい。ありがとうございます。でも、リドさんが何をしたかまったく見えなかったんですけど……」


 リドがミリィの手を取って立ち上がらせるが、当のミリィは何が起きたか分からず困惑した表情を浮かべている。

 それは酒場にいた他の客も同じで、呆気に取られてその様子を見ていた。


「やれやれ、馬鹿な奴らだ。滅多にキレない相棒を怒らせるってんだから。まぁ、自業自得だな」


 吹き飛んでいった男たちが酒場の外で仲良く積み重なっているのを見て、シルキーが溜息交じりに呟く。



 そうして、小一時間ほど経った後――。


 目を覚ました男たちはリドに恐れおののき、知っていた情報を全て吐き出すことになるのだった。


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