第8話 ラストア村を侵す毒


「リドさーん! 朝ですよー!」

「ん、ううん……」


 まだ朝靄が立ち昇り始めた時間。

 部屋の外からミリィが声をかけていたが、中にいたリドからは明確な反応が無かった。


「リドさん……?」

「う、ん……あと五分……」


 おずおずと部屋の中に入ってきたミリィに対し、リドはベッドの上でもぞもぞと体を動かすばかりだ。


「よう、ミリィ」

「あ、シルちゃん。おはようございます」


 またも眠りについたリドとは対象的に、シルキーは既に活動を開始していた。

 ベッドの上にぴょこんと跳躍しリドの顔の近くに着地するが、リドはそれでも起きる気配がない。


「やれやれ、相変わらずだな」

「リドさんっていつもこうなんです?」

「ああ。コイツは真面目で欠点なんて無さそうに見えるが、意外とそうでもない。まずご覧の通り朝が弱い。あと料理も苦手だ。だから、ミリィのように飯を作れる人間と同居できたのは吾輩にとっても幸運だったわけだ」

「へぇ、そうなんですね。でもリドさんのそういう一面が見れるのは、ちょっと嬉しいかもです」


 そう言ってミリィは顔をほころばせる。


「とはいえ、どうしましょう? 早くしないと朝ごはんが冷めちゃいますし」

「んー、そうだな。ほっぺにキスでもしたら起きるんじゃないか?」

「き、キキ、キスッ!?」

「ほら、絵本なんかでもよくあるだろ? 寝てる王子様にキスすると起きるってやつ。……あれ? 逆だっけか?」

「……」

「まあ冗談だ。ほっときゃそのうち起きるさ」


 シルキーが続けて言った言葉は、ミリィにはもはや届いていなかった。

 ミリィはごくりと固唾を呑みこみ、ベッドの上のリドの横顔に自分の顔を近付けていく。


 おいおい本当にやるのかとシルキーは驚きつつも、言葉には出さなかった。面白いものが見れそうだったからである。


 桃色の唇が近づき、ミリィの銀髪がはらりと落ちてリドの頬にかかる。

 そして――。


「え……?」

「あ……」


 リドがパチリと目を開けて、ミリィは硬直した。


「うわぁ! ミリィ、どうしたの!?」

「ちちち、違うんです! リドさんの顔に埃が付いていたから取ろうと――」


 慌てて飛び起きたリドと、手をバタバタと振って狼狽するミリィ。

 そんな風に朝から慌ただしい二人を見て、シルキーは満足そうに呟いた。


「よし。これでこれからの起こし方は決まったな」


   ***


「村の案内、ですか?」

「うん。ちょっと調べたいことがあってね」


 朝食を摂った後でのこと。

 リドはミリィのいれてくれた紅茶に口を付けながら切り出す。


 先程までミリィの姉であるラナもいたのだが、近頃モンスターが活発化している状況から村の防衛についてカナン村長と打ち合わせがあると言って出ていった。


「もちろんいいですよ。元よりそのつもりでしたし」

「ありがとう。それじゃお願いね、ミリィ」


 リドの言葉にミリィは柔らかく微笑んでいたが、その胸の内は「リドさんと二人でお出かけ!」という思考で大半が占められている。


 そうして、簡単な準備をした後で二人は村の中を散策することにした。



 村で一番の畑、家畜用の厩舎きゅうしゃ、そして広大な牧草地と。

 リドは昨日の内に知った教会や中央広場以外の場所をミリィに案内してもらい、一通りを回ったところで休憩を取ることにした。


「やっぱりのどかで良い所だね、ラストア村は」

「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいです」

「ま、何もない所とも言えるがな」

「こら、シルキー」


 二人と一匹で牧草地の片隅に腰を下ろしていると、心地の良い風が吹き抜ける。

 ミリィが「これだけ天気の良い日ならお弁当を作ってくればよかったかも」と漏らしていた。


 しかし、そんな中にあってリドは少し難しい顔を浮かべながら呟く。


「それで、シルキー。何か見つかった?」

「いいや。今のところは吾輩が探知できたものはないな」

「そっか……」


 二人のやり取りを見て、ミリィは疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「そういえばリドさん、何かを調べたいって言ってましたよね。一体何を?」

「うん。昨日まで村の人たちが罹っていた病気。その原因が何なのかなって」

「あ……」


 リドの言葉にミリィが息を呑む。


「シルキーは鼻が利くんだよね。魔力の痕跡とか何か違和感を見つけたりするのが得意なんだ。だから今日、色々と見ている中で感じるものがないか探してもらっていたんだけど……」

「村の中には特に異変が無かったと……?」


 ミリィの言葉にリドとシルキーが頷く。

 昨日までラストアの住人は通常の薬草も効かない奇妙な病気に罹っていた。


 その病状はリドにとっても知り得ないもので、だからこそこの地にしかない原因があるのではないかと考えていたのだが……。


「村の中に異変は無い。となると、原因は村の外、か……」


 呟きつつリドが遠くに目線をやると、牧草地の向こうに大きめの河川が見えた。

 どうやらその川の水は近くの山から流れてきているらしい。


 と、そこでリドが山の頂上付近にあるものを見つける。


「ミリィ。あの山から煙みたいなものが上がってるんだけど、あれは何か分かる?」

「ああ、あれは鉱山都市ドーウェルですね。都市と言っても、それほど大きくはないんですが。何でも最近は良質な鉱石がたくさん採れるらしくて、大勢の鉱夫さんが出稼ぎにやって来るんだとか」

「鉱山都市ドーウェル……。どこかで聞いたことがあるな……」


 リドは顎に手を当てて考え込み、そして思い当たる。


「そうだ。確か王都教会に寄付金を納めてる辺境伯がいた」

「辺境伯、ですか?」

「うん。まだ僕が王都教会にいた頃の話なんだけど、ある辺境伯からの寄付金が最近になって増えたって、ゴルベール大司教が喜んでいたんだ。その辺境伯の治めている土地の一つに、鉱山都市ドーウェルというのがあったはず……」

「ふむ。最近になって変化のあった鉱山都市に、その山から流れてる川か。調べてみる価値はあるかもな、相棒」


 シルキーの言葉にリドは頷き、牧草地の向こうにある河川まで足を運ぶことにした。



 そして――。


「当たりだ相棒。この水、僅かだが毒性を帯びているぞ」


 川の水面に鼻を近付けたシルキーが、はっきりとした口調で告げたのだった。


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