第7話 【SIDE:王都教会】元々狂っていた歯車


「ゴルベール大司教。こちら、教会宛に届いたリド・ヘイワース神官に関する書簡です」

「う、うむ。ご苦労」


 王都教会の片隅にある大司教執務室にて。

 秘書の男が抱えていた書簡をゴルベールの執務机の上に置いた。


 それは書簡のたば、というよりも山であり、ゴルベールの執務机は大量の便箋や封筒の類で埋め尽くされる。


「なぜ左遷された者に関する書簡がこんなにも多く届くのだ?」

「さ、さあ……」


 ゴルベールは不穏な空気を感じながらも、目の前に積まれた書簡へと手をかけることにした。

 一つ一つ封を切り、その内容に目を通していく。


 ――その結果。


「こ、これは一体どういうことだ……」


 ゴルベールが信じられないといった様子で声を漏らす。


 結論として、届いた書簡の山はそのほとんどが「抗議文」だった。

 差出元はリドが天授の儀を担当していた者たち。リドを左遷した教会の判断を痛烈に批判する内容である。


 リドの左遷について、公には転属という形で発表されていたものの、手紙の差出主たちはそれを愚直に受け入れたりはしなかった。


 「なぜ教会はあれだけの人物を辺境の土地に追いやったのか」、「一体誰がこのような馬鹿げた人事を決定したんだ」、「是非あの方と交際したいと考えていたのに!」等々。


 ……いや、最後については私情を多分に含んでいたが。


 とにかく、届いた内容から察するに、リドは天授の儀を担当していた者たちから非常に高い評価を得ていたようである。


「どうやら、リド・ヘイワースは人に取り入る能力だけは相当に高かったらしいな。でなければ奴がこうまで賛辞を受けるなどあり得んからな」

「は、果たしてそうでしょうか? ゴルベール大司教」

「あ……?」


 ゴルベールのめつけるような視線を受けて、秘書の男が口をつぐむ。


「フン。現に奴がバルガス公爵のご令嬢に授けたスキルは【レベルアッパー】とかいう意味不明なスキルだったではないか」

「確かにそう聞き及んでいますが……」

「スキルを試しに使用したところ特異な現象が起きたわけでもなく、最弱種であるスライムにも苦戦する状況だったと聞く。これらの抗議文書にしても、奴が若くして王都神官になったということで色眼鏡を持ったうつけ者が大勢いたというだけの話だ」


 ゴルベールはどっかと椅子に背を預け、言葉を続けた。


「それに、どうせリド・ヘイワースが受け持っていたのは平民ばかりなのだろう?」

「ええ……。確かに彼が天授の儀を担当していた中で貴族と言えば、バルガス公爵のご令嬢くらいだったと記憶していますが」

「バルガス公爵のご令嬢か……」


 王都教会にとって、貴族というのはわば「上客」である。

 多額の寄付金を納めてくれる貴族はそれだけで貴重であり、彼らこそ丁重に扱うべき存在だというのがゴルベールの考えだ。


 寄付金に留まらず献金を申し出る貴族には、ゴルベールの裁量で何かと融通を利かせることも多かった。それはつまり、賄賂というものなのだが……。


 裏を返せば、ゴルベールは平民からの抗議が集まったところで王都教会の運営に大きな支障は無いという価値観を持っていることになる。

 だから、ゴルベールにとって目の前に積まれている書簡は、些末な問題であった。


 無論、自分が左遷を命じた人物が評価されているなどという事実に若干の腹立たしさを覚えたことは事実だったが。


「よし。バルガス公爵のご令嬢については私が受け持とう」

「ゴルベール大司教がスキル授与後の指南を?」

「ああ。私が直々にということになれば、よもや不満もあるまい。バルガス公爵のご令嬢がリド・ヘイワースの奴に入れ込んでいる可能性も捨てきれんしな。その場合は誤った見方を修正しておかねばならん」

「か、かしこまりました。それではそのように手配を」

「ああ……」


 ゴルベールはそこで何かを思い出したかのように、秘書の男へと問いかけた。


「そういえば、そろそろドライド枢機卿すうききょうが遠征からご帰還なさる頃だろう。あとどれくらいだ?」

「あ、はい。あと十日ほどで王都に到着される予定となっております」

「そうか、分かった」


 ゴルベールは秘書の男を下がらせ、取り出した葉巻に火を点ける。

 今回のことは枢機卿に報告するまでも無い些事さじだろうと、決めつけた。


 ――そうだ。何も問題はないはずだ。


 ゴルベールはそう独りごちて、白い煙を大きく吐き出す。

 その白い煙はすぐには消えず、ゴルベールの周りをしばらく漂っていた。


 まるで全ての考えが決定的に間違っていると、告げるかのように――。


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