第6話 ひとつ屋根の下


「リドさん、アンタは神様だ! オレたちを助けてくれて本っ当にありがとう!」

「いえ、僕は僕にできることをやっただけで……。皆さんの病気が治って何よりです」


 これで何人目だろうか。


 リドがラストア村に到着した初日。病に罹っていた村民を救出した日の夜のことだ。


 村の中央広場にはリドに感謝の言葉を伝えようとした村の住人が押しかけ、半刻ほど経ってようやくリドは称賛の嵐から解放されつつある。


 褒められることが得意でないリドにとっては中々に気疲れする時間だったが、村の住人たちから真っ直ぐな言葉を向けられてどこか胸が温かくなった。


「よう。お疲れ相棒」

「シルキー、そんなに食べて大丈夫?」


 村人たちとのやり取りを終えた後、リドは広場の外れにいたシルキーの元へと向かう。


 シルキーの前にはいくつもの皿が重ねられており、肉やら川魚やらを平らげた跡があった。そのためか、シルキーの着けた赤い首輪の下、お腹の部分がぽっこりと膨らんでいる。


「村の人間たちがどんどん喰ってくれと言うもんだから、つい。いやぁ、ここの村の人間は良い奴らばかりだな。ほら、リドも食えよ」

「ああ、うん。ありがとう」


 シルキーが料理の盛られている皿を差し出してきて、リドも手を付けることにした。


 村の伝統料理だという獣肉の香草焼きをかぷりと一口。適度に効いた香草の風味と濃厚な獣肉の味わいに、ただでさえ腹を空かせていたリドは舌鼓したつづみを打つ。


「うわぁ、美味しい! さすが風光明媚ふうこうめいびな所だけあって素材も新鮮だね」

「うんうん。吾輩もそう思うぞ。フウコウメイビは美味しいもんな」

「……シルキー、風光明媚ってのは食べ物じゃないよ」


 いつものやり取りを繰り広げつつ、広場の中央の喧騒から離れて穏やかな時間が過ぎていく。


 ちなみに何故リドとシルキーが村の広場で食事をしているかというと、村の住人が病気から立ち直ったことにより、ちょっとした快気祝いが開かれていたからだ。


「あ、あの、リドさん。私もご一緒していいですか?」


 微かに震えた声にリドが顔を上げると、そこにはミリィがいた。


「ああ、ミリィ。どうぞ」

「ありがとうございます。そ、それじゃお隣、失礼します」


 ミリィはそう言って腰を下ろしたのだが、リドとの距離が近すぎて肩がぶつかってしまう。


「っと」

「あわわっ! すいません! つい――」

「つい?」

「い、いえ! 何でもないです!」


 一人で勝手に狼狽えているミリィを見て、シルキーが「慌ただしい娘だな」と鼻を鳴らしていた。


   ***


「そういえば、リドさんは何故この村に来てくれたんですか? リドさんほどの神官さんなら人の多い王都で引く手数多あまただったと思うんですが」


 食事を終え談笑していると、不意にミリィがそんなことを聞いてきた。


「えっと……」

「リドはな。左遷されたんだよ。見る目のないクソ司教のせいでな」

「左遷……?」


 疑問を浮かべたミリィに対し、仰向けに寝転がっていたシルキーが事の経緯を話していく。


 公爵令嬢に意味不明なスキルを授けたとして無能扱いされ、半ば強引に左遷されたこと。その辞令は、若いリドを見下していたゴルベールという大司教によって出されたものであることなど。


 シルキーの話を聞いたミリィは眉を吊り上げ、怒りの感情をあらわにした。


「そんなのあんまりです……! あれだけのことができるリドさんを無能だなんて!」

「ま、公爵とかその令嬢なんかはリドの本質に気付いて感謝してたみたいだけどな。見る目が無かったのはあのクソ司教くらいのもんさ。見る目が無かったってより、信じたくなかったと言った方が正しいか」

「信じたくなかった?」

「さっきリドが天授の儀をやった時のこと、覚えてるだろ?」

「……はい。あんないくつものスキルを表示させて選択できるなんて、凄かったです。それに、私が授与してもらった金文字のスキルなんて初めて見ました」


 ミリィの言葉にシルキーは静かに頷く。


「そう。リドが行う天授の儀はいつもあんな感じなんだ。それをゴルベールの奴に報告しても『金文字のスキルなんて見たことがない、そもそもいくつものスキルから選択できるなどあるわけがない、デタラメだ』って信じなかったようでな。面倒くさかったのか現場に来たこともなかった」

「そんな……」

「本来は運要素とも言える授与スキルを任意で選べちまうなんて、反則的だからな。そんな儀式を自分よりも若いリドが執り行えるなんて信じたくなかったと、そういうわけだ」


 シルキーがそこまで言って、リドがその場に立ち上がる。


「でも、僕はこの村に来たことを悔やんでなんかないよ。天授の儀を必要としている人はどこにでもいるし、今日みたいに誰かのためになるなら、僕は嬉しいからね」


 リドにとって、その言葉は本心だった。

 取り繕うわけでもなく言い切ったリドを、ミリィは羨望の眼差しで見上げる。

 

「な? 吾輩の相棒はこういう奴なんだよ。お人好しにも程があるだろ?」

「ちょっとシルキー」

「ふふ、そうですね。私もシルちゃんの言う通りだと思います」

「ミリィまで……」


 柔らかく笑ったミリィを見て、リドはがくりと肩を落とす。


「でも、私はリドさんのこと、本当に尊敬します」


 ミリィが笑顔のままでそんなことを言った。

 青く澄んだ瞳を向けられたのが照れくさくて、リドが頬を掻くことしかできずにいると、一人の人物が近づいてくる。


「やぁリド君。こんな所にいたのか」

「あ、お姉ちゃん」

「ん? ミリィも一緒か」


 やって来たのはラナだった。


 ラナはリドと一緒にいたミリィを見て、顎に手を当てて考え込む。

 そして何かを察したのか、小さく「なるほど」と呟き、わずかに口の端を上げた。


「ラナさん。もうすっかり体の具合は良いようですね」

「ああ。本当に、君のおかげだ。ワイバーンに襲われたミリィを救ってくれた件といい、リド君には頭が上がらないよ。……と、それを伝えたかったのもあるが、リド君に話しておくことがあってな」

「はい、何でしょうか?」


 ラナが咳払いを挟んで言葉を続ける。


「リド君の寝所についてだ。この村の教会にも寝泊まりする場所はあるんだが、なにぶん狭い上にボロボロでな」

「別に僕はそれで十分ですけど」

「いやいや、村を救ってもらった英雄にそこで、というのも忍びない。だからさっきカナン村長にも話してきた」


 何だろうかとリドが怪訝けげんな顔を向けた。

 それは隣にいたミリィも同じで、二人揃ってラナの言葉を待つ。


「ウチの家に部屋の空きがある。リド君さえ良ければ、そこを使ってもらおうかと思うんだ。それなりに整っているし家具も付いてる。どうだろう?」

「え? 良いんですか?」

「ああ、もちろん。その方が何かと都合も良いだろうしな・・・・・・・・・・


 ラナは不敵に笑い、一瞬だけリドの隣へと視線を送った。


「良いじゃないかリド。お言葉に甘えるとしようぜ」

「ええと……。じゃあ、お願いします」

「よし、決まりだな」


 ラナがパチンと指を鳴らし、リドはどこか照れくさそうにお辞儀をしている。


 そんなラナとリドのやり取りを見て一人、歓喜に湧く少女がいた。


(り、リドさんとひとつ屋根の下……!)


 ミリィである。


 ミリィは早鐘を打っている自分の心臓を抑えつけようと、修道服の裾をギュッと握るが、まったく効果は無かった。


「じゃ、そういうことで。私はまだカナン村長と話があるから。後はミリィに場所などを聞くといい」

「あ、そっか。ラナさんとミリィは姉妹だから家も一緒だよね。ミリィ、よろしくね」

「……」

「ミリィ?」

「え? あ……。はい! こちらこそ不束者ふつつかものですがよろしくお願いしゅましゅ!」


 思いっきり噛みながら言ったミリィの挙動不審ぶりに、リドは首を傾げる。


「そ、それではリドさん、こちらへっ!」

「あ、ちょっ、ミリィ?」


 リドの服の裾を掴んでぎくしゃくと歩き出したミリィを見て、シルキーはやれやれと溜息をつきながら付いていくことにした。


 相棒が理不尽に左遷された時はどうなることかと思ったが、この分ならうまくやっていけそうで何よりだと、シルキーはそんな考えを浮かべる。


 そしてふと、空に浮かんだ丸い月を見上げ、遠く離れた王都のことに思考を巡らせた。


「さて、リドを追い出したクソ司教は今頃どうしてやがるかね――」


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