第3話 左遷先の村、ラストアへ


「本当にありがとうございましたっ! あなたは命の恩人です!」


 リドがワイバーンを退け、襲われていた少女の応急手当を済ませた後のこと。

 救出された少女はリドに向け、深々とお辞儀をしていた。


「いや、君が無事で何よりだったよ。間に合って良かった」

「ふふん。リドは最強だからな。たくさん感謝するといいぞ」

「こら、シルキー」


 軽口を叩く黒猫のシルキーとそれをたしなめるリドを見て、少女はどうしていいか反応に困っている。


 少女の背丈は、あまり背が高くないリドよりも更に小柄だ。

 銀細工のように輝く髪色と宝石のような青い瞳が印象的で、纏っている修道服がボロボロになっていなければ妖精や精霊の類に見紛う者もいるかもしれない。


「あ、あの。私、ミリィ・シャンベルと言います。もしかして貴方はリド・ヘイワースさんですか?」

「え? うん、そうだけど。どうして僕の名前を?」

「やっぱり……!」


 ミリィと名乗った少女は、胸の前で両手を合わせると青い瞳をパァっと輝かせた。中々に表情豊かな少女だ。


「今日、王都から私たちの村に神官さんがいらっしゃるってお話があったんです。教会の服を着てるからそうなのかなって」

「ああ、なるほど。私たちの村ってことは、ミリィはラストア村の人なの?」

「はい、ラストア村でシスターをやっています! と言っても、まだスキルすら授かっていない見習いなんですけど……。それに引き換え、リドさんは凄いです!」

「そ、そうかな?」

「凄いですよ! あれだけの数のワイバーンをいっぺんに倒しちゃうんですから。私と同じくらいの年齢に見えるのに、尊敬しちゃいます」


 リドは元来、褒められるのがあまり得意ではない。

 だからこうして真っ直ぐな言葉を向けられると対応に困ってしまうことが多々あった。


 もっとも、それは王都にいた際に「ゴルベールから事ある毎に難癖を付けられ、小言や叱責を繰り返されてきたから」ということも要因ではあったが。


「くっくっく。中々面白いお嬢ちゃんだなぁ、リド? あのゴルベールとかいうクソ司教よりも、このお嬢ちゃんの方がよっぽど見る目あるじゃねえか」


 リドの肩に乗っていたシルキーが言葉を発し、ミリィが青い瞳でじぃっと見つめる。


「リドさん。さっきから気になってたんですけど、この猫さんは……?」

「吾輩の名前はシルキー。リドの相棒だ」

「へぇ、そうなんですね……。って、そうではなくて――」


 なぜ猫なのに人の言葉を喋っているのか。先程の戦闘では防御結界を張ったりしていたが、一体なぜそのようなことができるのか。

 そんな疑問を浮かべているらしいミリィの心中を察し、リドは苦笑いを浮かべる。


「はは……。まぁ、シルキーのことはおいおいということで」

「は、はい。シルちゃん、よろしくお願いしますね」

「ちゃん付けかよ。まあ良いが」


 ミリィに前足を握られながら、シルキーがやれやれと溜息をつく。

 そうして各々の自己紹介を終えた一行はラストアの村へと向かうことにした。



 その道中で、リドは思い付いたようにミリィへと尋ねる。


「ところで、ミリィはどうしてあんな所にいたの?」

「は、はい。実はこの薬草を採りに来ていたんです」

「そういえば大事そうに抱えてたね、それ」


 リドはミリィが持っている薬草の葉を見つめる。

 「より上質な薬草であるほど大きな葉を持つ」というのは薬学に詳しくない者でも知っているこの世界の定説だったが、ミリィの持つ薬草の大きさは通常の倍以上はあろう。


 ミリィはワイバーンに襲われている最中にあっても、決して薬草を手放そうとしなかった。

 その事実からも彼女が大切に抱えている薬草には何か特別な意味があるだろうと、リドは目を細める。


「実は今、ラストアの村では大勢の人が病気にかかっているんです」

「病気に?」

「はい……。原因不明の、流行病です。私を含め一部の人は無事なんですが……」

「そうか。だからミリィはあそこで薬草を……」


 リドの言葉にミリィはこくりと頷く。


 薬草を握っていたミリィの指には所々に切り傷があり、土に汚れていた。

 必死で薬草を探し当てたのだろう。その姿からはミリィという少女の献身性が窺えた。


「あっはは、すいません。せっかくリドさんが村にやって来てくださった初日だっていうのに暗い話になっちゃって。でも大丈夫。きっとこの薬草でみんな良くなるはずですから!」


 切り替えるように明るく言ったミリィを見て「優しい子だな」と、リドは胸の内で呟いた。


   ***


「あまりに帰りが遅すぎる! 私が探してきます!」


 夕暮れ時――。

 リドたち一行がラストア村に到着すると、遠くの広場で声を荒らげている人物がいた。

 声を発していたのは赤髪の女性で、一人の老人に何かを訴えかけているようだ。


「しかしラナよ。お主のその体では……」

「ですが、カナン村長! 私の妹が危険な目に遭っているかもしれないんです! せってなどいられませんっ!」


 ラナと呼ばれた赤髪の女性は必死の形相だったが、顔色は悪く、腕には青い斑点が浮かび上がっていた。


 と、その様子を見つけたミリィが、リドの横を通り抜けて手を振りながら駆け寄る。


「ラナお姉ちゃーんっ!」

「あれは、ミリィ!? 無事だったか!」


 近づいてきたミリィを抱きとめ、ラナは安堵の表情を浮かべる。


「ああ、本当に良かった……。帰りが遅かったからモンスターにでも襲われてるのではないかと心配していたんだぞ」

「ごめんなさい。みんなのためにもなるべく上質な薬草を採りたくて遠出しちゃってて……」

「まったく。あれほど無茶をするなと言っておいたのに……。ん?」


 ラナは一歩下がった所にいたリドとシルキーに気付いたようで、ミリィに問いかける。


「ミリィ、あの者たちは?」

「あ、うん。実はね――」


 ミリィが身振り手振りを交えながら事の顛末を話していく。


 それが終わると、ラナは赤い髪が乱れるのも構わず、リドに向けて深々と頭を下げてきた。


「リド君、本当に感謝する……。妹の窮地を救ってくれたこと、礼をいくら尽くしても足りん」

「い、いえ……」


 どうやらラナはミリィの姉らしい。

 リドの肩に乗っていたシルキーが、言われ慣れない礼に困惑する相棒を見ながら楽しそうに笑う。


「くっくっく。姉妹揃ってお辞儀の仕方は一緒なんだな」


 本当にその通りだなとリドは思いながら、称賛を受けることになる。


 でも、あの時ワイバーンからミリィを助けられて良かったなと、リドも安堵しかけたその時だった――。


「う……ぁ……」

「お姉ちゃん!?」


 ぷつん、と――。

 糸を切られた人形のようにラナの体から力が抜け、隣にいたミリィが慌てて支える。


 ラナの額には大粒の汗が浮かんでおり、顔面は蒼白だ。

 それを見て、先程までラナと話していた村長らしき老人が声を上げた。


「いかんっ! すぐに教会に運ぶのだ――!」


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