第2話 神器解放


「ほら、シルキー。そろそろ起きて。ラストアに着く頃だよ」

「んむ……」


 左遷先である辺境の地、ラストアに向かう馬車の中で。

 リドは膝の上で丸まっている黒猫のシルキーに優しく声をかけた。


 シルキーは前足でぐしぐしと目を擦った後、大きく伸びをしてから立ち上がる。


「よし相棒。下車の準備だ」

「もう。切り替えが早いんだから」


 シルキーの言葉に嘆きつつも、リドは下車の準備に取り掛かろうとする。と言っても、リドがラストアの地に持ってきた荷物はさほど多くなかった。


 神官としての仕事に関わる本や書類、そして衣服などの生活必需品が大半。他にはシルキーが所望した干し魚のおやつなどがあるばかりで、リドが持参した麻袋に嗜好品しこうひんの類は入っていない。


 そんな持ち物の中で最も目を引くものと言えば、リドの背丈をゆうに超える大錫杖だいしゃくじょうだろう。

 杖の先端には太陽と月を模した装飾が施されており、全体的な色合いはリドが身に着けている教会服同様に白を基調としていた。


 傍目には儀式用にも見えるその錫杖が、リドの日課であるドラゴン狩りの際にも使用されることを知っているのは愛猫のシルキーだけである。


 と、リドが馬車の外に目を向けようとしたその時――。


 ――ガゴンッ!


 窓の外の景色が大きく揺れる。いや、正確にはリドたちの乗っている馬車が、だ。


「な、なんだ……?」


 どうやら馬車が急停車したらしく、御者が慌てふためいた様子で前方を見やっていた。


 リドが咄嗟に荷物を抱え馬車の外へと出て、シルキーもそれに続く。


 リドは目がいい。だから、その先に広がる光景を瞬時に捉えることができた。


「御者さん、ここまでで大丈夫です! 危険ですから引き返してください!」

「わ、わかりましたっ!」


 状況を確認したリドは御者に声をかけると同時、大錫杖を片手に駆け出す。


 ――リドが目にしたもの。それはワイバーンの大群に襲われる少女の姿だった。


「このっ――!」


 ワイバーンが少女に噛みつこうとしたその瞬間、リドは疾駆した勢いそのままにワイバーンの喉笛を錫杖の底で刺突する。


 ――ギャアアアスッ!!


 リドの攻撃を受けたワイバーンは苦痛の叫びを上げつつ、堪らずといった様子で空へと逃れた。


「大丈夫!? 怪我はない!?」

「は、はい……!」


 リドの声に応じたのは白い修道服を身に纏った銀髪の少女だ。


 ワイバーンから逃げる際にできたものだろう。修道服の何箇所かは破れ、露出した肌が擦り切れてはいたが、大きな外傷は無いようだった。


「やれやれ。まさか杖でぶっ飛ばすとはな、相棒」

「だって一刻を争う状況だったし」


 リドを追いかけるようにしてやって来たシルキーが、へたり込んでいた少女の膝の上にぴょこんと乗っかる。


「シルキーはその人をお願いね」

「あいよ。任された」

「え? 猫さんが喋って……。ええ?」

「ただの猫じゃないぞ。防御結界を張ったから安心するがいい」


 シルキーの言葉通り、少女の周りは透明な緑色の結界に覆われていた。

 少女の青い瞳がリドとシルキーを交互に映していたが、リドが結界の外に出てワイバーンの群れと対峙するのを見ると叫声を上げる。


「む、無茶ですっ! ワイバーンの群れを一人で相手にするなんて……!」


 少女が叫んだように、リドが今相手にしようとしているワイバーンは熟練の冒険者でも手を焼くモンスターだ。

 冒険者たちが定める危険度ランクも、人里に現れれば甚大な被害をもたらすB級に区分される。


 そのワイバーンが群れを成しているのだ。常識に照らし合わせれば一人で立ち向かおうとするなど、無謀の一言である。


 しかしリドの心配をする少女とは対象的に、シルキーは余裕の笑みを浮かべていた。


「ああ。リドの方はもっと安心していいぞ。吾輩の相棒にとっちゃあんな翼竜を蹴散らすくらい夕飯前だ」

「え……?」


 リドが目を閉じ念じると、構えた大錫杖が激しく輝き出す。おびただしいほどの光を纏い、神々しいとすら感じさせる光景だった。


 ――《アロンの杖》。


 それがリドの扱う大錫杖の名だ。


 リドは開眼し、そしてアロンの杖に向けて呟く。


「神器、解放――」


 途端、リドが掲げたアロンの杖から光が解き放たれた。

 それは無数の光弾となって弧を描き、上空から滑空してきたワイバーンの群れを撃ち抜いていく。


 圧倒的だった――。


 ただ一言、ただ一度の攻撃にして、リドの放った光弾は全てのワイバーンを余すことなく、そして苦痛を感じさせることすらなく絶命させたのである。


「す、凄い……」

「な? だから言っただろう?」


 少女の青い瞳が見開かれるその傍らで、シルキーが勝ち誇った声を漏らしていた。


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