【SSS級スキル配布神官の辺境セカンドライフ】左遷先の村人たちに愛されながら最高の村をつくります【書籍化&コミカライズ化】
天池のぞむ
第1話 スキル授与神官、左遷される
「リド・ヘイワース。本日をもって王都神官の任を解く。明日からここに記載された地へと
かつて女神が生まれたとされる土地、王都グランデル。
その一角にある大聖堂にて。
豪奢な教会服に身を包んだ司教が、黒髪の少年神官――リド・ヘイワースに一枚の羊皮紙を手渡していた。
リドは震える手で羊皮紙を受け取り、記された内容に目を通す。
王都神官という現在の役職を解任するとの文言。その後に「辺境の地ラストアへと出向き従事するように」と
それは要するに――、
「さ、左遷……」
だった。
リドの反応を見た司教は堪えきれずといった様子で口の端を上げる。それは文字通りの嘲笑だった。
「ど、どうしてですか、ゴルベール大司教!」
「そう声を荒げるでない、リド・ヘイワース。ここは神聖な女神様の
ゴルベールと呼ばれた司教は白い女神像の前に立ち、
「まったくもって期待外れだったぞリド・ヘイワースよ。若くして王都神官に任命された稀代の天才。周囲からそう持ち上げられたからと調子に乗りおって」
「別に僕は調子に乗ってなんか……」
「ええい、黙れ! 私の言うことに口答えするなっ!」
リドの言葉にゴルベールは不快感を
ゴルベールの中では「女神の御許で声を荒げるな」という先程の自身が放った言葉はどこかへ消え去ったらしい。
「フッ、調子に乗ってなどいないだと? しかし貴様は先日、この私を差し置いてバルガス公爵の令嬢にスキル授与を行ったらしいではないか!」
「え? ええ……。バルガス公爵から是非にというお話をいただきましたので、お屋敷へと出向き《天授の儀》を行いました」
天授の儀――。
それは、この世界で神官のみに許された神聖な儀式である。逆に言えばこの儀式を行えることこそが神官となる条件でもあった。
人間が神からスキルという異能の力を授かるための儀式。
この儀式を通じて魔法を使えるようになる者もいれば、剣術に秀でた能力を手に入れる者もいる。
中には強大な力を持つスキルも存在し、太古の戦争においてたった一人の魔導師が戦局を覆したという伝説もあれば、一人の治癒師が大国に蔓延した流行病を根絶したという逸話もあった。
そんな英雄たちの影に隠れた、けれど決して忘れてはならない存在。
それが、スキル授与の儀式――天授の儀を担う「神官」である。
「聞いたところによれば、貴様はバルガス公爵の令嬢に【レベルアッパー】とかいうスキルを授けたらしいではないか」
「はい、そうですが……」
「天授の儀の後でスキルを発動しても何も起こらなかったと聞く。そもそも『レベル』という言葉など聞いたことも無い。意味不明なスキルを授けて我らが王都教会の名を貶めた自覚はあるのだろうな?」
ゴルベールは反論できるものならしてみろとでも言いたげだ。
部下の事情を聞く前から自身の決めつけで断じるその様は、権力者の悪い見本のようでもある。
「……レベルというのは、その人間の身体能力や武芸技能などの水準を表す数値です。この世界にはまだ根付いていない概念ですが、レベルは上昇させることで強力な戦闘能力を発揮することも可能になり――」
「ハハハッ! あまりに低俗な創作で笑えるわ。そのような虚言で誤魔化せるなどと思うなよ、リド・ヘイワース!」
リドの言ったことはもちろん虚言などではない。
しかしゴルベールは聞く耳を持たず、高笑いするばかりだ。
「あれは鍛えればかの有名な剣聖にも匹敵するスキルになるはずです! 現にバルガス公爵のご令嬢も説明をお聞きになった後は大変満足しておられました」
「黙れ黙れ! 満足しておられただと? 貴様は目鼻立ちが良いからな。どうせバルガス公爵の令嬢をたぶらかして好評を貰ったように見せかけたのだろう!」
「そ、そんなことは……」
もはやリドが何を言っても無駄だった。
たちの悪いことに、ゴルベールは教会内での地位だけは高い。
そんなゴルベールが命じた人事に新人神官であるリドは抗う術を持たなかった。
「分かり、ました……。明日からラストアの地へと赴き従事します。ですが、一つだけお願いがあります」
リドは力なく言いつつも、所持していた麻袋から束になった羊皮紙を取り出してゴルベールに手渡す。
「何だ、これは?」
「それは僕が天授の儀を担当した人たちに関する報告書です。授かったスキルの概要や、今後のスキル成長に関して必要な情報などを記載しています。僕の担当していた人たちのためにも、その報告書を引き継いでいただければと」
神官の役割は、天授の儀を行って「はい終わり」というものではない。
スキル授与を行った後も、スキルをいかに磨き、いかに活用していくか。そのような指南・助言をするのも神官の役目だからだ。
スキル授与を行った人たちに不足が無いよう、担当した自分だけでなく教会内でも共有すべきだと。そんな考えでリドが日頃から記録を残していたのが、今ゴルベールに渡した報告書だった。
リドとしても、このような状況下で渡すことを想定はしていなかったが……。
そんなリドの熱心な思いが込められた報告書を、ゴルベールは冷笑と共に受け取る。
この間抜けなお人好しめ、と。左遷の決定は覆らないのに無駄な努力をご苦労なことだ、と――。
「フッ……。こんなものが何の役に立つのか分からんが、まあ良い。これは私が預かっておくとしよう」
「あ、ありがとうございます」
「では、下がれ」
リドはゴルベールに一礼した後、教会の外へと足を向ける。
「ああ、そうそう。宿舎についてはちゃんと綺麗にしていくように。もうお前の部屋ではなくなるのだからな。ハハハハハッ!」
リドはそんなゴルベールの声を背に受けて、教会を後にした。
***
「おう、リド。やっと帰ってきたか。吾輩は待ちわびていたぞ」
「ただいまシルキー」
宿舎の自室に戻ってきたリドを出迎えたのは、ベッドの上でくつろいでいる雄の黒猫だった。
黒い毛の塊の中に琥珀色の瞳が浮かんでいるだけにも見えるし、人語も話しはするが、一応は猫である。
「くぁあああ……」
黒い毛玉が……否、シルキーが一度大きく伸びをすると、半月型の宝石が付けられた赤い首輪が姿を現す。シルキーの体を覆う毛はフサフサで、この首輪が無ければ頭と胴体の境目が分からないと思える程だ。
「はぁ……」
「どうした? 帰ってくるなり溜息なんかついて。早くいつものように吾輩の毛並みを整えてくれよ。それともまたドラゴン狩りの後までお預けか?」
「いや、それが……。明日からラストアの地に左遷されることになったんだ」
「はぁ? ラストアに? 何でまた?」
リドはシルキーの脇を抱えて膝の上にぽすんと乗せた。そして、丁寧にブラッシングをしながら事の顛末を話していく。
「――というわけなんだ」
「なるほど。要はゴルベールの野郎にいちゃもんを付けられたと。あの野郎、吾輩の相棒を
「……それはやらないでね」
シルキーはひどく憤慨した様子で
が、すっぽりと腕の中に収まった状態で首をグルグルと鳴らしながら言われても凄みは無いなと、リドは思った。
「でも、僕が天授の儀を行うことで喜んでくれる人がいるなら嬉しいからね。新しい土地に行くのも良い機会だと思って頑張るよ」
「はぁ……。それは大変ご立派な心がけだがよ、リド。せっかくめちゃくちゃ勉強して王都の神官になれたってのに、良いのか?」
「まあ、ね……。ただ、辺境の土地にも天授の儀を必要とする人はいるはずだから。場所がどこであろうと、自分の力が役に立つなら僕はそのために尽くしたいんだ」
「それは、神官としてか?」
「神官としてもそうだけど、僕個人としても」
決意のこもった瞳でリドが応じて、今度はシルキーが溜息をつく番だった。
リドは何というか、大人しそうに見えて真面目で頑固な一面があるのだ。意思が強いとも言う。
「……」
今のリドが語った想いは過去に出会った恩人の影響であることをシルキーは知っていたが、それは言葉に出さないでおいた。
いずれにせよ、リドが新天地で頑張ると決めているのなら、あまり言葉を挟まないのが分別のある相棒としての在り方だろうと、シルキーは猫には高尚すぎる考えで締めくくった。
「しっかし、あのクソ司教も勿体ないことをするもんだ。『ドラゴン狩り』を一人でやってのけるような奴を自分から追い出すなんてな。後々戻ってきてくれとか言ってももう遅いぞ、まったく」
シルキーは憤慨した様子で鼻を鳴らす。
ドラゴンと言えば、モンスター討伐を生業とする冒険者でも出会ったら逃げろと言われる程の強敵であり、危険度も「指定A級」に区分されるモンスターである。
そんなモンスターをリドは日常的に、しかもたった一人で討伐していたのだ。
きっかけは「机に向かってばかりいないでたまには運動しろ」というシルキーの言葉。
「冒険者の人たちも大変そうだしちょうど良いかも」と思い至った結果、リドの中で「運動=ドラゴン狩り」という謎の図式が完成した。
ちなみにリドはそのことをひけらかすような真似はしておらず、リドが単独でドラゴンを狩る実力の持ち主であることを、まだこの時点でシルキー以外は知らない。
「でも、王都には僕が天授の儀を担当した人たちが何人かいたから、そこは申し訳ないな。ゴルベール大司教にその人たちの詳細をまとめた報告書を渡しておいたから、大丈夫だとは思うんだけど」
「報告書? そういえば寝る時間を削ってまで何か書いてたな。まあ、そこまでしてるならお前が気に病む必要ないだろ。むしろされたことに対してやり過ぎなくらいだ」
「だと良いんだけど」
「ま、リドをお目当てにしてた人間たちが多いのは確かだろうがな。そいつら、辺境の土地まで追っかけて来たりしてなぁ。はっはっは」
「まったく、笑い事じゃないよ。そんなことになったら王都教会の面目は丸つぶれじゃないか」
リドはケラケラと笑うシルキーを軽くたしなめ、ベッドの上へと降ろす。ブラッシングをしたおかげか、シルキーの毛はより一層フサフサになっていた。
「ま、吾輩はリドのいるところならどこへでも朝飯前だ。もちろん吾輩もラストアに付いていくぞ、相棒」
「ありがとうシルキー。でも、たぶん言葉の使い方違うよ?」
「ん? そうか?」
シルキーが可愛らしく首を傾げたのを見て、リドは思わず笑う。少しだけ沈んでいた気持ちが軽くなったようだ。
リドは心の中でシルキーに感謝しつつ、辺境の土地ラストアに出立するための準備に取り掛かることにした。
***
一方その頃、大聖堂にて――。
「ククク。度を越したお人好しめ。貴様ごときの指示など、私には必要ないわ」
自分の執務室へと戻っていたゴルベールはリドから受け取った報告書を雑に流し読みすると、クシャクシャに丸めて
リドの綴った報告書の分量は相当なもので、逐一確認するのは面倒どころの騒ぎではない。そもそも、公爵令嬢に外れスキルを授けるような出来損ないの報告書など読むだけ時間の無駄だ。
ゴルベールはそのように考え、懐から取り出した葉巻に火を点けた。
――もしこの時、報告書を手元に置いておくことの重要性に気付けていたのなら、まだゴルベールにとって救いはあったのかもしれない。
しかし、邪魔者を追い出すことができたという解放感に酔いしれるゴルベールの頭に、そんな考えは毛ほども浮かばなかった。
「さて。鬱陶しいガキを首尾よく追放できたことを、
ゴルベールの的外れな高笑いが夜の大聖堂に響くが、それは誰の耳にも届くことはなかった。
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●読者の皆様へ大切なお知らせ
本作の小説第②巻が7/16に発売となります。
WEB版で楽しんでいただいた方にも満足いただける内容となっておりますので、ぜひお楽しみくださいませ!
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