第七十七話 毒猫と呼ばれた女(6)



「ソロンでも散々邪魔してくれて、とんだ厄介者ね、あんたもっ!」

「……ソロンの壊滅は防げなかったけどね」


 俯いたラヴォワの様子は、彼女自身近くにいながら街一つの滅亡を止められなかったのを嘆いているようだった。


「はっ、最初からレッドを探すのに夢中で興味なかっただけでしょ。別にあんた自身善人てわけでも無いんだから、いい人ぶるのは辞めたらどう?」

「……正論。だけど、殺し屋如きに言われる筋合い無い」


 キッとマータを睨み付けたラヴォワは、自身の周囲からいくつもの光の球を作り上げる。


「いいわね、仮面みたいだった旅の頃より、そっちの憎らしげな顔の方がよっぽど好み……よっ!」


 そう叫ぶと、マータは懐からまた何か取り出した。


 出てきたのは、今までとは色も大きさも違う、赤黒く染まった破裂球だった。


「っ! ちいっ!」


 その破裂球を見て、何か焦った様子でラヴォワは光弾たちをマータへ突っ込ませていく。

 一つ一つが、当世最強クラスの魔術師が作った強力な攻撃魔術。しかしマータは、そんなものに怯んだりしなかった。


「はんっ!」


 そう嘲笑うと、なんと手にした破裂球を地面に叩きつけた。


 パァンという破裂音がすると、マータの周囲に霧のような粉塵がばら撒かれる。

 だが、驚きはそのすぐ後起きた。


「――っ!?」


 ラヴォワが放ったいくつもの魔力球が、その粉塵に到達した途端、

 まるで風船が割れるように砕かれた後、分解され消えてしまった。


「な、なんだ!?」


 中には、ちゃんと炸裂し雷を生んだ物もあるが、バチバチと軽い火花のような閃光を起こしただけで消滅してしまう。


 不発か? とも思ったが、あのラヴォワがそんな失敗をするとは思えなかった。

 であるなら、原因はマータが纏った粉塵以外無いだろう。


『……驚いたね。あんな物まで仕込んでいるなんて』


 そう考えていたら、ジンメが感心したかのように呟いた。


「ジンメ、お前何か知ってるのか?」

『うん。まあビックリしてる最中だけど』

「いいから、とっとと言えやっ」


 レッドが急かすと、ジンメはラヴォワが放つ魔術を飛び回って逃げるマータを尻目に、ようやく解説し始めた。


『ありゃ、対魔術師用の魔術式分解装備だよ。具体的に言うと魔石を細かく砕いた粉末なんだけどね』

「魔石の、粉末……? そんなもので魔術を防げるのか?」

『防ぐっていうか、正確には魔術式を解除して役に立たなくさせるんだよ。魔術って言うのは、魔力単体に魔術式を構築することで、魔力を変化させる物でしょ?」

「あ、ああ……」


 レッドの反応は鈍かった。レッドとて魔術に関しては学園で勉強しているものの、魔術の才能が低かったレッドはあまり勉強しておらず知識としてそれほど身についてはいなかったのだ。


 そんな彼を面倒そうにしながら、ジンメは『ああ、もう』と言いつつ解説を再開する。


『家で例えるとね、土台を作ってから柱を立てて、そこから壁なり屋根なり作り完成させる。これを魔術に言い換えると、家が完成した魔術で魔力が素材だ。ここまでは分かるよね?』

「まあ、それくらいは」

『でだ、魔術式を分解するってのは、その素材である魔力の柱なり壁なりに、別の魔力を無理矢理入れて干渉しようってことなんだ。別の魔力によって柱の部分が変質してすっぽ抜けてしまえば、家は家としての姿を維持できなくなり崩壊する。魔術にすれば、魔術式により構築された魔術がその形態を維持できなくなり消滅してしまう。それがあの現象だ、分かった?』


 そう説明されて、ようやく飲み込めた。


 だからこそ、新たな疑問も生まれてしまう。


「――ずいぶん簡単な方法だけど、そんな方法がなんて一般化してないんだ? ただ魔石を削って魔術に当てればいいだけなんだろ?」


 魔術とは、この世界でも最高クラスの武器である。剣や弓であっても、魔術の万能さにはとても勝てない。魔術師の才を持つ者が少ないという欠点が無ければ、軍など魔術師が全てになっていてもおかしくない。


 そんな最強の魔術を、いとも簡単に無効化させる術があるというのに、そんな話は聞いたこともない。どう考えても変な話だった。


『馬鹿言っちゃいかんよ。こんなのは理屈の話であって、実戦ではとても使えないんだよ。そりゃ魔術師相手に投げつけて一時的に無効化させるなんてやり方はあるけど、ほとんどやらんよそんなこと』

「え、なんでだ?」

『だって魔石自体貴重品だし、それに無効化は一回限りしかできないのよ? とても防具や城壁に使うなんてやり方は無理だよ。それに無効化出来る範囲も限られているし』

「――じゃあ、あれは?」

『イカれた使い方だわ』


 今目の前でマータとラヴォワが戦っている。魔術は無効化されるので、ラヴォワは杖での接近戦を強いられている。マータも手鉤と投げナイフで打ち合いをして旅舎一歩も引いていない。凄まじい戦いである。


「対魔術師戦のエキスパートって本当だったか……とんでもねえ女だよ、ホントに」

『ふふん、彼女を選んだ僕の目に狂いはなかったろう?』

「そいつのせいで危うく殺されかけてるんだがね……さて」


 と、そこで観戦しつつ呆けていたレッドだったが、さらに脱力して周囲への警戒を解く。


 その途端、裏通りの、人気の無い民家の影から、いくつもの影が飛んでくる。


 影は黒ずくめの人間に変わり、レッドへ何人も一斉に襲いかかった。


「あっ……! 止めなっ!」


 それに気付いたマータが、慌てて声を張り上げるものの、


「……遅い」


 レッドにいくつもの刃を突き立てようとした黒い影たちは、魔剣の一薙ぎによって弾き飛ばされた。


「よう……お前らが『黒頭巾』か?」


 不意打ちに失敗し、地面に叩き伏せられた黒頭巾の暗殺者たちに対して、レッドがそう尋ねる。


「ラヴォワが気絶させた奴らとは別動隊かな? あんまり来ないもんだから、馬鹿のフリしちゃったじゃないの」


 レッドはそう笑いながら、黒頭巾の一人の首元を踏みつけにする。


 実はこの場にいたのは、レッド達だけではない。マータが連れてきたらしい黒頭巾、王国直属の裏組織の奴らが監視していることをジンメが気付いていた。大方、こちらがマータに気を取られている間に仕留めようと待機中なのだと思い、あえて誘うことにしたのだ。


「馬鹿、だから引っ込んでろって言ったのに……!」


 マータがそう悪態をついている。どうもこの黒頭巾の奴らは、マータの指示に従わず勝手に行動したようだ。もしかしたら、外様のマータに命令されるのが不服だったのかもしれない。その結果倒されていれば世話は無いが。


「このっ!」


 仕方ないとばかりに、マータが捕まった奴らを解放しようとこちらへ駆けてくるが、


「マータ、逃がさないっ!」

「っ! くっ!」


 ラヴォワが放った雷撃を、今度はマントを盾代わりにして防いだ。


『うひゃあ、あれも対魔術用の防御術式が刻まれたマントだよ。彼女の装備全部合わせると、王都でも豪邸が二、三件は建つんじゃないの?』

「今更王都で家建てたい馬鹿なんているかよ……さて、と」


 マータはラヴォワに任せて、レッドは踏みつけにした黒頭巾の暗殺者に目をやる。黒頭巾と言うだけあって全身黒ずくめで顔すら分からないが、先ほど軽く切り捨てた際上着の胸元部分が切れていたらしく、肌が露出していた。


「悪いんだけどさあ、知ってることあれば言ってくれないかな? お前らの現場指揮官口固いのよ。些細な情報でもいいから、色々聞きたいんだけど」


 そう言いながら、レッドは踏みつけにした首元をより圧迫する。容赦のない脅迫だった。


「さあて、さっさと吐け。こちとら時間が無いんだ、命が惜しかったら……ん?」


 と、そこまで言ったところ、急に踏んでいた男が苦しみだした。

 しかも苦しみだしたのはその男だけでなく、倒した黒頭巾の奴ら全員だった。


 何事か? と思っていたところ、その男の露出した胸元に、赤黒い文様が浮かび上がってきた。


「……げっ!」


 レッドは思わず顔を真っ青にする。この文様には見覚えがあった。


 あれはソロンが壊滅した日、暴れるサイクロプスを倒そうと、サーシャが立ち向かったときだった。

 彼女はいきなり着ていた服を脱ぎ捨てると、その全身に赤黒い線のような文様が浮かび上がったのだ。


 ジンメは、あれは黒頭巾が構成員に仕込む自爆魔術式だと言い、実際サーシャはその場で自爆した。


 そして今、あの時と全く同じ文様が、目の前の男から出てきたのだ。


「やばっ……逃げろぉ!」


 レッドの叫びに、戦っていた二人も事態を察して、一目散に路地の奥へと駆けていく。


 その途端、人気のない静寂に満ちた裏路地は、轟音と共に吹き飛んだ。

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