第七十八話 毒猫と呼ばれた女(7)
とんでもない爆発と共に吹き飛んだ裏路地は、しばらく業火で燃え上がった。
当然、王都の端とはいえそんな大火事を見逃すはずはない。すぐさま常駐していた第一方面軍と教会の魔術師たちが駆けつけ、消火活動に入った。
彼らは火を消そうと水系魔術で大量の水をかけて消火しようとしたが、何分規模が大きすぎていくら水を掛けても火の勢いは止まることはない。魔術師にも限界という物はあるので、無理は出来なかった。
王都がそんなパニックの中、その火災の原因である者たちは、
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ……レッド、大丈夫?」
「心配すんな、平気だよ……」
『ちょっと、ラヴォワちゃん。僕の心配もしてくれると嬉しいかなーなんだけど……』
「たとえ何があっても、あんたの心配だけは絶対しない……絶対」
『うおぉい! 強調しないでよわざわざっ!』
なんて、息を整えつつ言い合っていた。
彼らは今、裏路地を離れてスラム街の方で腰を落ち着かせていた。爆発から逃れると、急いで現場を離れたレッド達はとりあえず落ち着けそうな場所を探すとして、スラム街の方へと移動したのだ。
スラム街は、裏路地以上に人気が感じられなかった。流石に目と鼻の先で魔物が出没する事態になってしまって、ここに生きてきた貧しい人々も逃げてしまったのだろう。
こんな場所ではいずれ見つかる危険があり、長居は出来ない。すぐにでも安全な場所へずらかる必要があった。
「……マータは、どうなったかな?」
レッドは、息を整えると開口一番そう呟いた。
当然だが、マータはこの場に居なかった。爆発に巻き込まれたかもしれない、とレッドは危惧するが、
「……大丈夫。あいつも絶対逃げおおせてる。あの程度の爆発で死ぬんだったら、私がとっくに殺してる……」
「とんな信頼の取り方だよ、それ」
なんて一応ツッコむが、レッドも同感だった。
あのマータが、毒猫があんなことで死ぬとは思えない。自ら戦ったレッド自身がそれを理解していた。
「……対魔術師戦のエキスパートとか言ってたけど、マジで恐ろしいほど強い女だったな。あれがマータの真の実力かよ」
『言ったでしょ、僕としては最強のメンバーを選んだんだって。彼女は確かに君を堕落させる役目が主だけど、それだけで選んだんじゃない。裏社会の仲介人、マダムのお墨付きが付いた超一流の暗殺者だもん』
「その超一流の暗殺者に殺されかかってんの俺たちなんだがな……しかし、どうしたもんかな」
スラム街の壊れた家の壁に寄りかかりながら、レッドは少し考える。
「レッド、どうしたの?」
「……あいつが、マータが俺を泳がせておいたの、俺が『光の魔物』を所持していると考えていたからだよな」
レッドは、先ほどの話を思い出していた。
ブローギンまで使ってまでこちらを王都へ誘導したのも、カーティス文書という餌を使ってカーティス文書自体を探し出させること、それと光の魔物を所持しているのか確かめるためだったのだろう。付け加えると、行方知らずのカーティス家の連中がどこにいるか知っているか探るのも、王国から下された依頼の一つだったのかもしれない。
そして結果、カーティス文書は見つかったものの使い物にならず、光の魔物もむしろレッドが探している方。トドメにカーティス家の連中なんか知らないという完全な空振りとなってしまった。マータ含め今回の作戦に加担していた奴らの落胆は大きかったと思われる。
で、もうレッドから引き出せる情報は無いとして、マータはこちらを仕留めようとしてきたわけだ。
「用済みとして始末されるとこだったか……寒気してきたな」
『というか、君ぶっ殺したかったのずっと我慢してたから、ようやく殺せると嬉々としてやってたんだと思うよ?』
「……気に食わないけど、同感」
うっ、と言葉に詰まる。それを指摘されると、レッドは何も言えなくなる。
あの痛々しいマータの傷跡を付けたのは、自分だとレッドも覚えているのだ。
「――まあ、あの時は完全にぶち切れてたから、やっちまったんだが……」
『タイプじゃないんでしょ、彼女が』
「やめんか、こらっ!」
ジンメを制するが、そんな資格すら無いことは流石のレッドも自覚していた。
「――ま、あいつが元々こっちを陥れる気だったことを考えると、罪悪感も薄れるけどね」
『おいおい、君は弄ばれた側だというのに、まだそんなこと言ってるの? 相変わらず妙なところでお人好しなんだから。自分を裏切った奴ら全員ぶっ殺してやれーって気にはならんのかね?』
「そうだな。じゃあ早速元凶の奴を殺すとするか」
『だー止せ止せって! 僕を殺そうとするな! いいから、それよりここにいつまでもいれないでしょ、どっか逃げないと!』
また切断されそうになったのを制止すると、ジンメは当面の問題へと話を移した。
「まあ……そうだが。しかしどこに逃げるかな。指名手配されていないとはいえ、宿屋なんか泊まったら絶対マータが来るぞ。『黒頭巾』の奴らだってそこには網を張っているだろうし。ラヴォワ、お前の家とか無いの?」
「……無い。私はレムール大神殿にある自室で寝泊まりしていたから……」
そして今、事実上教団を抜けている今使えるわけがない、ということだ。まあ、昼間の一件でレムール大神殿は大騒ぎだろうし、やはりあそこにも近づくのは難しいだろう。
となると、本格的にどこにも行き場が無いのだが。
『――やれやれ、仕方ないねえ。根無し草というのも楽ではあるけどこういうとき大変だ』
なんて、考えて込んでいた時にジンメがからかうように喋ってくる。
「何言ってんだ、他人に寄生してやっと生きていける状態のクセして」
『おいおい、人をニートみたいに言うんじゃないよ。それより、君たちが当てが無いなら、僕にはあるよ。ちょっと面倒なとこだけど、追っ手には見つからずに済む場所さ』
「なんだと……? どこにあるんだ、そんなもんが」
『ま、ここからなら割と近いから大丈夫さ。じゃ、とっとと行こうか』
「仕方ない――そうするか。ラヴォワもいいか?」
「――分かった」
ジンメの言いなりになるのは不服そうだったが、他に代案もないのでラヴォワも同意する。
そうして歩いて行くところで、レッドはふと疑問を述べた。
「しかし――あの黒頭巾たち、全員自爆したみたいだけど、ちょっと潔すぎる気もしたがな。俺が拘束してたのはたった一人なんだから、自分だけ逃げるのも出来たろうに」
『何言ってんだい、ありゃ自爆じゃ無くて無理矢理爆破させられたんだよ。そもそもが、捕まった構成員を証拠隠滅のために消すための魔術式だよあれは』
「なんだと? じゃあマータが……いや……」
あの場で指揮していたマータが爆死させたのか、とも思ったが、それもおかしいとレッドは思った。
黒頭巾たちが爆発するとき、マータも焦っていたようだった。マータが爆死させたのなら、とてもあんな顔はしないだろう。
『いやいや、マータはあくまで外部協力者。そんな奴に自爆魔術式を発動させる術式なんか教えるわけ無いよ。他に居たんでしょ、あの場に黒頭巾の上役が。不甲斐ない真似見せた奴らにキレて吹っ飛ばしたんだろうね』
「はあ、黒頭巾といい近衛騎士団といい、どこの組織も冷血なこった……あ、そういえば」
そこで、レッドはラヴォワに対して聞きたいことがあるのを思いだした。
「ラヴォワ、ロイがどうしてるのか知らないか? 近衛騎士団に戻った話も聞かないし、どこでどうしているのか新聞じゃ分からなくてな」
レッドは、残った旧勇者パーティ最後の一人のことを聞いてみた。
ロイ・バルバは元近衛騎士団副団長で、勇者パーティでも豪腕と自慢のアックスで魔物を両断してきた一番の筋肉馬鹿……いや武人だった。まあ、そのアックスはレッドが黒き鎧を纏ったときに壊してしまったが。
あれから二ヶ月。新聞は新勇者アレン・ヴァルドのことは語るが、ロイの話は一切入ってこなかった。まだ怪我が治っていないのかもしれないと気にしていたのだ。――まあ、ロイを全身複雑骨折させたのは誰でも無いレッド自身だったが。
そんな訳で、レッドはふと気にかかっていたことを尋ねただけだった。ラヴォワも王都を離れていたのなら、知っている可能性は低いと思い、期待などしていなかった。
「え――」
ところが、ラヴォワが示した反応は、顔を真っ青にして目を逸らすという意外な反応だった。
「――お前、なんか知ってるのか? ロイに、何かあったのか?」
ただ事では無い気配を感じ、思わず詰め寄るレッド。だいぶ言い辛そうにしていたラヴォワだったが、しばらくすると観念した様子で話し始める。
「……詳しくは、私も知らない。私も探したけど見つけられなかったし。でも……」
そこで、ラヴォワは逸らしていた目をこちらに向け、意を決して答えた。
「……ロイは、収監されたって」
「……はぁ!?」
***
同時刻。王都のとある場所。
暗くてジメジメした、その場に居るだけで不快な気分になる地下への階段を、ガーズ・オルデンはゆっくりと歩いていた。
偽勇者が暴れた一件での傷もすっかり癒えた彼は、無表情のまま階段を降りていた。
そして、その階段が終わると、たどり着いたのはいくつも並べられた檻だった。
ここは地下牢である。かつては、重罪人を収監していた場所だが、今はほとんど使っていない――ということになっているが、実際はたまに一人か二人入ることがあった。極秘ではあるが。
そしてその無機質に並べられた牢獄の一つに、ガーズは足を止める。
見張りの近衛兵になど一瞥もくれてやらずに、中に入れられた囚人に声を掛けた。
「――気分はどうだ、罪人よ」
そうして声を掛けると、囚われたその男はゆっくりと顔を上げる。
黒髪に緑色の瞳が覗く武骨な中年の騎士――だったのは昔の話で、その男の顔はかつてとは比べものにならないほど無残なものになっていた。
顔は元々戦場での傷がちらほらとあったが、今やボコボコに腫れ上がり傷だらけだった。元の顔を知っている人間なら、とても同一人物とは思えまい。
体の部分も酷いものだった。そもそも服は全部脱がされ全裸にさせられている上、足は鎖で拘束されている。手の方はなんと金属の杭が両手首に刺さっており、そこから壁の鎖へと繋がっている形だった。
その他の部分も、全身切られたり鞭で打たれたり火傷の跡があったり、惨い拷問を受けた証を見せつけている。床にはロクな掃除もされていないらしく、血と排泄物が散らばり鼻をつく腐臭が辺りを漂っていた。
「少しは悔いたか? 自らが犯した罪を。国家に対する愚行、反省するような頭脳が貴様にあるとは思えんがな、ロイ・バルバよ」
「……貴様」
そう嘲笑したところ、牢の中の囚人――元近衛騎士団副団長にして勇者パーティの一員だった男、ロイ・バルバは恨み混じりの顔を上げてきた。
「ふむ、まだ反省が無いようだな。己の罪を理解せんとは本当に馬鹿な男だ、貴様は」
「だから……俺は何してないと言ってるだろう……反逆など……」
などと口答えしてくるロイを、ガーズは哄笑する。
「まだそんなことを言ってるのか、貴様は! 貴様は国家反逆罪の重罪人だ。本来すぐにでも処刑にしてやるところを、こうして生かしているだけ有り難いとおもって貰わねばいかんというのに、ホントに恩知らずな男だお前は!」
「何が恩だ……俺を、こんなところに閉じ込めて、こんな……」
憎悪と殺意に満ちた目で睨んでくるロイだったが、ガーズはより滑稽に見えて笑いが止まらなくなる。
「なんだ、その目は? 今の貴様は、私の命令一つで生かすも殺すも出来るのだぞ。せいぜい命乞いでもしてみたらどうだ?
それに――もうアックスも握れないクセに、どうやって私を殺す?」
そう言いながら、ガーズはロイの両手を指差した。
その両手、手があるはずの部分は、布で覆われており、その下に手は存在しない。
ここに収監された際、他ならぬガーズ自身が切断したのだ。
「……貴様ぁ!!」
ロイは激昂し暴れるが、鎖で完全に拘束されている以上ただガチャガチャと金属音を鳴らすしか出来ない。
そのみっともない姿にガーズは満足したのか、ロイの怨嗟の言葉を背にして愉快な気分のまま地下牢を出て行った。
「――すべて貴様が犯した罪だ。ロイ」
そう呟くと、ガーズは安らかな面持ちで地下室を去るのだった。
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