第六十三話 真実と偽りと(6)



 それを聞かされたのは、王城を逃げている途中でふと耳にした声が気にかかったのがきっかけだった。

 部屋の外へ漏れ出す、どこか聞き覚えのある声に妙に引っかかり、ジンメに盗み聞かせた時の話だ。


 ジンメによる盗聴用の魔術を部屋の中に入らせると、こちらにある光の球から明瞭な声が聞こえてきた。


(――やれやれ、いきなり飛び出していって、うちの勇者様は元気というか真面目だねホント)


 初めに、だらしない女性の声が聞こえてきた。口調は呆れているというか馬鹿にしているようである。


(お前が不真面目すぎるのだ。貴様も一応勇者パーティの一員なら、表向きでもやる気のある姿を見せればどうだ?)

(はっ、じゃあどうしてあんたも駆けつけないのさ)

(――私が行っても足手纏いなだけだ)


 なんて同行を拒絶している二人。間違いなく、勇者パーティにいた女騎士ライラ・シモンズと女冒険者ミラ・ゴーシュと思われる。

 だからこそ、奇妙だった。


「……なんでこいつら、城が襲われてるのに部屋で駄弁ってるんだ?」


 そう、それが一番変だった。


 今このポセイ城は、謎の敵に襲撃されている。まあ実際はたまたま来ちゃっただけで、襲撃者は城には何もする気は無かったのだが、結構ぶっ壊してしまった後なので言い訳は通用すまい。聖剣の勇者アレンが飛び込んできたのも当然である。


 だというのに、こいつら勇者パーティは何をしているんだろうか? 勇者と共に戦い世界を救うという使命を持つ彼女たちが、まるでサボっているように寛いでいる。確かに飛べるアレンやラヴォワに対して足手纏いは否定できないが、いくらなんでもこの城が攻撃されていてサボるなんておかしい。ましてや、ライラは国王と王都を守護する近衛騎士団の人間だ。


(――別に良いじゃない。私らは単にあいつの引き立て役なんだしぃ、誰も見てないような場所で頑張っても仕方なーいと思うけど?)


 と、そこに二人とは別の人物が声を出した。どうやら、あの二人だけでは無かったらしい。


 レッドは、その声にも聞き覚えがあった。

 しかし、だからこそ一瞬渋い顔をする。


(お前は周囲という物を気にしたらどうだ? 一番猫を被っているのは貴様だからな、エル)

(はぁ? 嫌よあんな性格、疲れっちゃうっての。エルははわわ~な性格の守ってあげたくなる天才魔術少女、そういう体でいろって金積まれたからいるだけよ。でなきゃ、あんなお馬鹿な子供の相手なんてやらないって。キャハハッ!)


 なんて自分たちのリーダーである勇者アレンを小馬鹿にしつつ大笑いするのは、やはり女魔術師エル・アルタイルだった。

 だと頭では判断したが、どこか心の一部が追いついてなかった。


「……あれ全部演技かよ」


 港で襲われた時、新勇者パーティの三人とは初めて顔を合わせた。


 その時は、エルのことをちょっと大人しげで引っ込み思案な少女くらいに思っていたが、実態は恐ろしく生意気でふざけたガキのようだった。


『あー、やっぱあいつロニーちゃんだわ。ロニー・ディミーズちゃん』


 すると、ジンメがそんなことを言い出した。


「ロニー? 誰だよそいつ」

『誰って、あの子も教会の神官だよ。腕の良い奴だけ入れる、浄化部隊に所属してるよ』

「あの歳でか? じゃあ、あいつもかなりの腕利きなのか?」

『いいや全然』 

「は?」


 十秒前くらいの自分の発言を完全否定するジンメ。しかしジンメは呆れながら解説する。


『浄化部隊の人間だからそりゃ強いことは強いけど、大した事無いよ。せいぜい中くらいレベル。まあ元々亜人族って魔術苦手だから、むしろ優秀な方だけどさ』

「――なんで、そんな奴を入れた? 亜人なのに」

『亜人だからさ。浄化部隊の仕事も面倒ごとが多くてね。亜人族も入れとかないと、人族嫌いな現地民相手の仕事が難しいんだよねえ』


 つまり、奴自身の才能を見込んだというわけでなく、言ってみれば単に外見で選ばれたようなものらしい。なんとなく、見た目と王即の血統なだけで勇者に選ばれた自分と近いものを感じてしまう。


『それとさ、あのミラって女、僕がマータの次にパーティ候補に選んでた奴だわ。パシフィカ帝国にある暗殺集団に所属している女暗殺者』

「!? 冒険者じゃないのか?」

『一応はね……冒険者ライセンスなんて、あの手の奴らからすれば簡単に手に入る偽の身分証程度の意味しか無いよ。本名は……ああ、リーザ・ルビーナだったかな?』


 どいつもこいつも偽名である。偽りだらけで咽せそうになってしまう。


「じゃああの女騎士ライラってのは誰だ? あいつもパーティ候補だった奴か?」

『知らん』

「は?」


 てっきりまた本来の身分と本名聞かされると思ったら、返ってきたのは投げやりな返答だった。


『知らんよ、あんな奴。ていうか、君とて優秀とは思ってないでしょ? 前戦ったとき、あいつ強かった?』

「いや……別に……」


 これはライラだけでなく、他の二人にも感じていたことだった。

 あの時のレッドは、アレンとの戦闘でだいぶ疲弊していたにもかかわらず、あいつらとの戦いでは互角以上にやれていた。生身の状態でああなら、黒き鎧を纏っていれば余裕だったろう。


『そりゃそうさ。僕が選んだパーティメンバーは、僕が世界中から選別した最強のメンバーばかりだもん。その選抜から外れた奴らが、同程度に強いわけないよ。ましてやライラとかいう奴、近衛騎士団じゃん』

「何言ってる、近衛騎士団なら強いんだろ?」

『馬鹿か君は。今の近衛騎士団にまともな人材が残っていると?』

「あ」


 言われてみれば当然の話だった。


 近衛騎士団はベヒモス討伐作戦の際、ベヒモスとスケイプ、そしてレッド自身のせいでだいぶ減ってしまったはずだ。あの作戦に近衛騎士団の全員が参加していたなどあり得ないが、少なくとも精鋭はほぼ連れてきたはず。

 その後、邪気溜まりの発生にも駆り出された結果。先生が言っていたとおり予備役や退役した者まで連れてくるレベルまで弱体化しているはず。とても勇者パーティになど出せる余裕などあるまい。


 つまり、それに出されたライラは、ベヒモス討伐作戦に留守番させられるくらい実力が低く、人材不足に悩む近衛騎士団が差し出しても痛くないくらい使えない奴ということになる。


『多分、ロイの後釜を出さないというのは情けないから、素人に毛が生えたようなのを入れて誤魔化したんじゃないかな。戦闘はアレン君に頑張らせるつもりで』

「……そういや、シモンズって王国でも古い侯爵家の名前だな」

『あー確実だね。親と団長に勇者パーティの一員という箔だけ付けるために寄越された人材だわ』


 そういう言い方をされると、少し不憫な気もしてくる。


 ロクな腕も無いくせに、命がけの旅へ同行させられるというのも気の毒に感じる。レッドの場合、前回は自分から意気揚々と行ったので憐れむ資格は無いが。


 そんなことを考えていると、また爆音が発生した。アレンとラヴォワが戦っているのだろう。

 しかしそれでも、中の勇者パーティたちは動かなかった。


(あー、なんだか分からないけど五月蠅いわねぇ……もうちょっと静かに戦ってくれないかしらうちの勇者様は)

(無理を言うな。勇者だ聖剣だなんて騒がれていても、所詮は田舎育ちの行儀も知らない子供だ。品良くするなんて不可能に決まってるだろう――おっと、同じ亜人を前に失礼だったかな)

(べっつにぃ……あんなキャンキャンやかましい犬ころ、同族扱いされるとムカつくんですけどぉ。ふん、いっつもいっつも正義だとか使命だとか言って馬鹿みたい。あんなのが勇者なんて、聖剣も人を見る目が無いわねぇ。あ、犬だったわねキャハハッ!)


 ――別に同情する必要なかったか。


 レッドは何だか酷く損をした気分になった。


 これが、新しい勇者パーティの実態。こんなのと一緒に戦わされているアレンが少し不憫になってきた。


 この様子では、実際の旅でもアレン一人で戦いやら何やらしていて、こいつらはただ遊んでいるだけなのだろう。酷いサボリ魔どもである。


『――ねえ。いつまでこんなの聞いてるんだい。そろそろ音も近くなってきたし、衛兵にバレるよ、逃げないと』

「分かってる。でも少し――」


 焦れるジンメを制して、レッドは会話を盗み聞き続けた。


 レッドとて、勇者パーティの実態など知りたくてこんなことをしているのではない。

 もしかしたら、レッドが知りたいもう一つのことを知れるかもと思ったからだ。


(――でさ、あたしらいつまでこんな辛気臭い城にいなきゃいけないの?)

(失敬な、王国の象徴たる城をなんだと……!)

(同かーん。またどっか旅行しようよ。どこへ行ってもエルは歓待されるんだからさー)


 もはや遊び気分である。とても魔王を倒す勇者の仲間と思えない。


 そんな彼女たちに、ライラはため息をつきつつ応じる。


(――まだ待機の段階だ。例のもの――『光の魔物』とやらが見つかるまではな)

「――!」


 その一言に、レッドは目を見開く。


 レッドがここで勇者パーティの会話を聞いていたのは、もしかしたら光の魔物についてこいつらなら知っているかもと思ったからだった。アレンか、あるいは王国が光の魔物を手に入れたのなら、彼女たちが知らないわけが無いと思ったからだ。


 しかし、その解答は予想外の物だった。


「どういうことだ……王国も光の魔物がどこにあるか知らないのか?」


 レッドの疑問に構わず、中の会話は続く。


(光の魔物ねえ……正義の魔物とか、闇を燃やし尽くすとかいう伝説はホントだと思うのアンタ?)

(さあな。しかし我らの勇者様は鵜呑みにして探し回っているからな。ならば付き合ってやるのが我々の役目だ。それに――国王陛下も一刻も早く見付けよと厳命されていることしな)

『? うん? なんで国王が光の魔物欲しがってるの?』


 ジンメも思わず疑問を述べる。


 別に王国が伝説の魔物を欲しがること自体は、変では無い。非常に強大な力を持つ魔物は、兵器として使えるなら使いたいだろう。あるいは、他国が使わないようその前に封じるというのもあり得る話だ。


 だが、光の魔物はそんな枠に収まらない。

 あまりに強く、危険な魔物。あんなものを制御して使おうとする奴は、本物の馬鹿だ。かつてジンメはそう語っていた。


 そんな危険な魔物を、わざわざ聖剣の勇者を焚きつけてまで見付けようとしているのは、どういった理由だろうか。しかも、話からするとだいぶ急いでいるらしい。何故そこまでして求めているのか。


(光の魔物がどんなのかなんて知らないけど、あたしはパスしたいなー)

(貴様、少しは真面目でいるフリくらいしたらどうだ……!)

(アンタだって戦闘任せきりじゃんライラ。あ、言っとくけど勇者パーティ辞める気無いわよ? ここにいるとお金も宝石もたんまり手に入るし。今うちの同僚が、城の地下で大仕事やってるって大変でさー、そんな疲れそうな仕事したくないしねー。キャハッ♪)


 エルの軽口に、ふと気になる単語があった。


「城の地下……? この下で奴ら、何かしてるのか?」

『えー、ここの地下ってフェンリル封印されてた以外は別に何も無いはずだけど……』


 なんて二人で会話していると、

 突如、真横の部屋が爆発する音がした。


「……逃げるか、そろそろ」

『気付かれるわ、急ごう』


 二人とも意見が一致し、その場から全力で走っていった。


「…………」


 レッドは、長い廊下から角を曲がろうとしたところで、一度振り返る。


 視界には、扉が開かれた様子も無い勇者パーティの部屋が写った。


 ――あんな爆発があった後でも、逃げ出す様子も無し、か……


 恐らく、アレンが部屋を結界魔術で守っているのだろう。その認識があるから、彼女たちはあんな呑気でいられるのだ。


 信頼していると言えば聞こえはいいが――あまりにも浅慮と言わざるを得ない。正直呆れるしか無かった。


「アレンも厄介な奴らを仲間にしたもんだ……ま、勇者様にはふさわしいかな?」


 なんて皮肉を言いながら、レッドは走っていった。


 これからブローギンと約束した場所まで行かねばならない、と頭を切り替えて。

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