第六十四話 遺言(1)



「――王国は、光の魔物の居場所を把握していない……そして、光の魔物で何かをしようとしてる……ってとこだが、どう思う」


 時間は戻って、ラヴォワと再会し一度分かれた直後。

 ブローギンとの約束通り、例の酒屋に向かっていた。


『どう……ねえ。さっぱりだよ。まさか本気で光の魔物を兵器に利用するつもりかね』

「アレンに、白き鎧に食わせれば力になるんじゃ無いのか?」

『あんな危険な魔物を? あいつらにそんな度胸あるとは思えないけど』


 などと一笑に付したジンメであったが、彼とて困っていないわけではない。


 何しろ、意図が全然不明なのだ。


 行方を眩ませた伝説の魔物を探しているというなら普通だ。むしろ、探さない方がおかしい。

 しかし話からすると、それだけではないらしい。何らかの意図があって探させている。新勇者パーティの面々が話していた内容からはそう推測できた。


 しかし、肝心の何に使う気なのか。

 それが汲み取れないから、こんな堂々巡りを繰り返しているのだ。


『――僕としてはさ、もう一つ気になるのが、ロニーちゃんが言ってた地下の話なんだけど』

「ロニーって……ああ、エルとか名乗ってる奴か。地下がどうかしたかよ?」


 なんでも、城の地下でかなりの大仕事をしているなんて話をしていたが、ジンメにそんな大仕事する何かがある心当たりは思い浮かばないらしい。


『いや、そりゃ城の地下なんていかがわしい代物が眠ってたりするけどさ、拷問部屋とか。でも教団の奴ら連れてきて仕事やらせる場所なんて、それこそフェンリル封印した場所くらいしかなかったんだけど……』

「アレンが取り込んだじゃないか、フェンリルなら。封印する物の無い空き部屋で何をする?」

『それが分かんないから僕困ってるんじゃないの』


 いずれにしろ、情報が断片的すぎて判断するには足りなすぎる。これらの情報が何かを示しているのは分かっても、肝心の目的が判明しない。もどかしい気持ちになる。


 ただし、一つだけ分かることもある。


 王国は――この国は、何かを企んでいる。

 アークプロジェクトを統括していた枢機卿長が消えた今、そして王都ティマイオが最大の危機に陥っている今、何もしない奴らではない。絶対に行動へ移すはずだ。


 そしてそれは――今この瞬間にも、起こっていることなのだろう。


「――おっと、いたいた」


 レッドはようやく目的地である『捨て猫のねぐら』に到着すると、そこには既にブローギンが待っていた。


「あ、レッド様」

「すまんな、遅れてしまって。大丈夫だったか?」

「全然平気ですよ。それより、店の方はもう始まっているようです」


 ブローギンの言うとおり、二時間前まで消えていたはずの灯りが点いていた。この店は開店しているらしい。


「そのようだな。店に誰か入っていったか?」

「いいえ。というか、この店はいつもガラガラのはずです。当主様の付き添いで来た執事も、当主様の客が入っていったのを見たことが無いとか」


 なんでそんな店が王都で生き残ってるんだと言いたかった。まあ大方、金持ちが道楽でやっている店かあるいはパトロンがいるのだろう。


 ということは、自分の父がパトロンの可能性が十分あるということだ。


「……参ったな」


 カーティス家のみならず、貴族の息子が父親や兄たちの愛人をお下がりとして貰うなんて珍しくも無く、また使用人という名目で愛人をしている者も当然いるので、レッドは幼少の頃から父親のお手つきと顔を合わせていたようなものだ。


 しかし、レッドとしてはそんな女達をどうしても好きになれず、それで別邸から離れていたというのもある。まあその愛人達も別邸と共に消えてしまったのは不憫に感じるが、まさか今更になって新たに出会うとは思っていなかった。


 とはいえ、唯一見付けたカーティス文書の手がかりである。このまま何もせず帰るわけにもいかなかった。


「仕方ない――行くか」


 そう決意すると、ブローギンの方へ振り返る。


「お前も付いてくるか?」

「えっ――」


 などと聞いたら、ブローギンは少したじろいてしまう。

 そんな様子に、フッと笑いながら、


「いや、ここは俺一人で行くか。お前は待機していてくれ」

「か、畏まりました」


 一瞬ホッとしたような顔をしたブローギンを無視して、扉の前に立つ。


(――罠の類いはあるか?)

(扉とこの中には何も。確かに一人しかいないようだね。しかし……)


 中をジンメに索敵魔術で調べさせたが、どうにも歯切れが悪かった。


(どうした?)

(妨害魔術かかってるわ……流石マダム、こんなチンケな店にも防衛を心がけるとは抜け目がないねえ)


 感心したように呟くジンメに呆れてしまった。厄介な相手と判明したのに、どこか嬉しそうだった。


 もっとも、相手が只者で無いことは、レッドもジンメから事前に聞かされていたことだが。


(触れたらドカーンといくわけじゃないんだろ? だったら入るぞ)

(はいはい、君もせっかちだね)


 やかまし、と悪態をつきつつ扉を開いた。


 中に入ると、非常に暗かった。

 いや、全体を見渡せるほどの照明はあるのだが、わざと暗くしているようでこれでは顔も見辛いだろう。


 その薄暗い照明に照らされた店内は、かなり狭い。

 カウンター席のみが六つぐらいある程度の、小規模な宿の部屋くらいしかない。店を出入りするときは、絶対にカウンター席に座る人の背中を擦らねば不可能だろう。


 そのカウンターの向こうには、様々な種類の酒が壁一面に並べ立てられている。レッドは酒に詳しくないので不明だが、酒瓶は多種多様にあるらしく色んなオーダーに答えられるだろう。


 そんな手狭な店内の、カウンター席の向こうに、一人の女性が鎮座していた。


 それは薄暗い店内でも映えるほど美しい、アメジストのような紫色の長い髪をふわりと広げた美人の女性だった。切れ長の顔に、男を魅了する魔力が宿っていそうだった。

 店内に入ってきたレッドを訝しげに睨む瞳は、グレーであるが奇妙な光が宿っている。


 衣装も黒一色の一見地味なドレスだか、その実キラキラと輝く何らかの素材が入っているらしく、薄暗い店内では不思議と煌めきどこか幻想的な気分を味あわせる。まるで別世界に来たような錯覚すら持ちそうだ。


 そんな不可思議な感情を抱いていたレッドを見て、女性は口を開いた。


「なんだい、お坊ちゃんは。ここはアンタのような見窄らしいガキの来るところじゃないよ」


 そう鬱陶しそうに開いた声は、見た目と違ってかなり老けているように感じた。


 考えてみれば当たり前の話である。リャヒルトや先生と同期だったということは同年代ということ。つまり年齢もかなりいっているはずだ。まったくそれを感じさせない外見ではあるが、むしろ怪物味すら感じてしまう。


 しかしここで不審者扱いされると面倒だ。早速用件に入ろうと思う。


「失礼ですが――この店の主で宜しいですか? 確か、マダムとかいう名前の」


 そう尋ねたが、女性はより不機嫌になるばかりで質問に答えようとしなかった。


「あんた、店に入っておいて注文すらしないっての? 冷やかし相手に話すことなんか無いよ」

「え、あ……じゃあ一杯何かお願いします」


 さっき見窄らしいガキとか言ってなかった? とか言いたかったが、雰囲気に飲まれてそのままカウンター席に座ってしまう。別に飲むつもりは無いが、仕方ないので一口だけ貰うことにした。


 やがて出された酒は、なんか妙に濃い茶色をしていた。少し変な匂いもする。


「……あの、なんですこれ?」

「お任せ頼んでおいて、ケチ付ける気かい? 酒場のルールも知らないガキが、粋がって来るもんじゃ無いよ。それともミルクをご所望かな?」


 物凄い馬鹿にされた。なんだか腹が立ってきたので、挑発に乗ってグラスを手に取り出された茶色い酒を一気に口へ含める。

 そして次の瞬間、盛大にむせた。


「ぐへっ、げへっ、ぶへっ……な、なんだこの酒!?」


 カウンターを盛大に濡らしながら、思い切り酒の感想を叫ぶ。


 臭い。

 苦い。

 不味い。


 酒というより、薬草を土から引っこ抜いて洗いもせずそのまま口へ突っ込んだような不快な味が口内どころか喉まで犯してメチャクチャにしていく。鼻にまで抜けて悪臭で呼吸困難となった。


「不味いに決まってるでしょ。そいつは薬草や魔獣の肉片を酒に漬けて作った薬酒の一種よ。本来は十倍に溶かして飲むのを原液で飲めば不味いわよ」

「出すなそんな酒! てか酒じゃないだろそんなもん……あれ?」


 荒れ狂いそうになったレッドだったが、ふとあることに気付いて止まる。


 この味、この匂いに、覚えがあった。


 あれは幼少の頃、まだ悪夢に苦しんで訴えていたときのことだ。


 ある日、とても体に良い薬だと言って、一杯の飲み物を父が出したことがあった。


 父は飲めと言うが、持っているだけで息苦しくなるほど臭いが悪いのでとても嫌がった。けれど結局無理矢理飲まされてしまい、死ぬかと思った。あの時の地獄のような苦しみと不快感は忘れられず、数日食べ物が喉を通らなかったくらいだった。


 結果からすると、その日は悪夢を見なかった。というか、単に口内に残った不快な味のせいで一睡も出来なかっただけだが。


 それほどの強烈な記憶の味を、レッドは忘れることが出来ず脳内に刻み込まれていた。


 そして今、その味が目の前に、口内に存在している。


「――あんた、いったい……」


 レッドが驚きで目を見開くと、今度は呆れたような顔で女性は呟いた。


「――自分のガキが体調悪いから寄越せって言われたときは仕方なくやったけど、やっぱリャヒルトの奴に恩なんて売るもんじゃないわね」


 リャヒルト、の名前が出たときに確信する。


「まさかその息子まで厄介ごとを頼みに来るなんて、困った親子よホント」


 この女性こそが、例のマダムなのだと。

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