第六十一話 真実と偽りと(4)



 キッと涙目で、こちらを睨み付けてくるラヴォワ。しかし勿論、睨んでいる相手はレッドではない。


『――そういえば、作戦を前倒しにしてレッドを捕縛するって話したとき、君は愕然としてたよねえ』

「なっ――!」


 なんてことを口にしたジンメのせいで、またラヴォワは顔を赤くしてしまった。


「……なんだ、そんな話したのか」

『当然じゃないの。話は通しておいたよ、君とスケイプ君以外にはね』


 前にも聞いたことがあったが、改めて聞くとなんだか悲しくなってくる。


 あの時レッドは大規模な精鋭部隊の姿に見惚れたり、これから伝説の魔物との決戦が始まると不安と恐怖を抱えつつも、使命を果たそうと言い聞かせていた。


 けれど――その実態は、ほぼ全員がたった一人を陥れようと企てる、壮大な茶番劇の中でしかなかったということだ。

 きっと、あの場にいた連中は命がけでベヒモスと戦うレッドの姿を、嘲笑っていたに違いない。どうもあいつら身が入ってないなと思っていたが、当たり前のことだった。


 あの場で本気で戦っていたのは、真にレッドを案じていたのはスケイプくらいしかいなかった。

 そう、真相を聞かされて初めて悟った。


 少なくとも、最初はそうだと結論づけていた。


『ずいぶん抗弁してたよ、ラヴォワちゃん。別に悪徳勇者じゃないんだからあのままでいいとか、仮に用済みだとしても罪人に仕立て上げる必要がどこにあるとか……いだだだだだっ!』


 ケラケラしながら話していたジンメを、杖で左手ごと押さえつけるラヴォワ。本当は八つ裂きにでもしたそうだが、何分レッドの左手でもあるので傷つけることは出来なかった。


「いい加減にしろこの顔だけの化け物……! そんな生かされてるも同然の状態で威張ってられると思ってるの……!?」

『痛い痛い痛い、ごめんごめんごめんラヴォワちゃん、それ以上やめて!』


 ぎゅううぅと押しつけられて流石のジンメも値を上げた。それを聞いてラヴォワも杖を放した。


 そして席に戻ると、少し赤身が残った顔で咳払いを一つする。


「……とにかく、レッドを罪人として捕獲する筋書きを止めることは無理だった。こいつが私の意見に耳を傾ける訳がないのも分かっていたし」

「で、作戦に参加するフリをしてこの魔道具で逃がそうとしたってわけか……でもさ」


 確かに、いくらラヴォワが言っても偽勇者追放作戦を止められなかったろう。下手に抵抗を続ければ、ラヴォワ自身が拘束される恐れもある。

 ならば、作戦に表向き参加して隙を見計らうのが一番安全である。

 それは正しかろうが、しかし疑問はまだ残った。


「そんなことするくらいだったら、作戦開始前に逃がせば良かったんじゃないか? お前の魔術なら、仮に俺一人でも脱走させられたはずだが」


 レッドはあくまで、偽勇者役に過ぎない。

 聖剣を奪っていけば別だろうが、仮に置いて雲隠れすれば、それほど相手にされず探しもしなかったろうと思うのだが。


 けれど、ラヴォワはそんなレッドの予想を否定する。


「そんなことをしたら、すぐに嗅ぎつけられていたと思う……まだレッドに利用価値を見出してたし、そいつ」


 ジロリ、と睨む相手は、勿論ジンメである。


 そういえば、本来の計画だとレッドを偽勇者として貶めてアレンに憎悪を抱かせ、復讐のためにと魔剣を与え襲わせる予定だった。今回は前回の時とかなりシナリオが変わってしまったが、その筋書きのためにレッドを残しておいたのだろう。


「……それに、私の目的は枢機卿長を殺すことだったから……」


 などと言いながら、また俯いてしまった。その表情からは、後悔の念が強く感じられる。


「私は、枢機卿長に万が一にも逆らうわけにはいかなかった……少しでも機嫌を損ねたり、奴の意に反する行動を取れば、すぐさま消されるに違いないから……」


 ああ、と納得する。


 ラヴォワが枢機卿長の秘密を知り、殺意を抱いていると分かっててなお生かされたのは、枢機卿長が自分の新たな肉体として見込んでいるという、要は気まぐれでしかない。もしラヴォワが枢機卿長の不評を買えば、命はなかったろう。そして一度狙われれば最後、絶対勝てない。それほどの力量差がある。


「だから……方法は一つしかなかった。ベヒモス討伐作戦が終わり、レッドがアレンに倒され、拘束された時……枢機卿長がレッドに関心が失せたその瞬間を狙うしかない、って……」


 苦しげに、絞り出すようなラヴォワの声は、その決断に対する後悔と無念がひしひしと伝わってきた。


 彼女も悩んだのだろう。レッドが貶められ、偽勇者として汚名を着せられ、嬲り者にされるのを黙って見ているという方法を取ることを。

 しかし他に手段も無く、彼女は苦渋の決断をせざる得なくなったのだ。


 そこでラヴォワは突然椅子から立ち上がると、バッと勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!」


 謝罪の言葉を出すと、ラヴォワは頭を下げたままレッドに懺悔を伝えていく。


「私がもっと強ければ、あんなことさせなかったのに……私が枢機卿長に正面から立ち向かう勇気があれば、あなたをあんなに傷つけさせやしなかったのに……」

「…………」

 心から詫びる彼女の姿に、レッドは不思議と笑みを零していた。


 顔を下げたまま紡がれる言葉は、間違いなく彼女の本心だろう。


 偽りだらけの勇者パーティ、偽りだらけの勇者と聖剣。偽りだらけの正義。

 レッドは、あの日全てに裏切られたとき、そして枢機卿長から真実を聞かされたとき、そう思った。


 でも……嘘ばかりでもなかった。

 そう思えるだけで、少しは救われた気がした。


「……別に、お前が謝る必要なんか一つも無いさ」


 レッドは、考えたわけで無く、自然にそう口にした。ラヴォワがその言葉にハッと顔を上げる。


「ラヴォワはラヴォワなりに、俺のことを考えて行動してくれたんだ。自分の目的だってあったのに、俺を助けてくれようとしてくれたことに、腹を立てる理由がどこにあるんだよ?」

「レッド……!」


 レッドの優しい台詞に、また涙顔になるラヴォワ。ジンメがそんな二人を『ヒューヒュー』とか言ってきたので、二人で引っぱたいた。


「はあ……で、あの日隙を見て逃亡するつもりが、俺が黒き鎧で大暴れしちゃったから全てご破算ということか。悪かったなメチャクチャにしちまって」

「ううん……まあ、あれには驚いたけど……」


 無理もない。あれで驚かなかった人間はあの場に一人もいないだろう。


 あのレッドの大暴走のせいで筋書きも何もかも全部パーとなった。おまけに、レッドどころか枢機卿長すら行方を眩ませたとあれば、ラヴォワなどは非常に動揺したに違いない。

 しかも、その狙いがレッドなのだから。


「……最初、魔力の残滓を追ってレッドと枢機卿長が向かったのがカーティス領と分かったけど、全て燃えていて手がかりが見つからなかった……」

「あれ、もしかしてカーティス領の火消したのお前?」

「うん、邪魔だったから」


 邪魔なだけであれだけ大規模の火災を消し去ったというのも凄い話である。やはりラヴォワは、天才魔術師と呼んで過言ではないのだろう。


「その後、巷で黒き鎧と思われる怪物の噂を聞いて、レッドが枢機卿長に体を奪われた……と思ったけど、それはあり得ないことに気付いた」

『だね。だったら僕は教会に戻ってるし』


 枢機卿長だったジンメの目的は、黒き鎧を制御したレッドの肉体を奪うことだった。その後偽勇者の姿でどうやって教会に戻る気だったか不明だが、こいつなら手段などいくらでもあるだろう。


 だから、教会に戻らない可能性はゼロだった。

 ラルヴァ教教団など、枢機卿長には利用する道具に過ぎないが、アークプロジェクトを遂行する上で世界中に影響のある組織とそのナンバー2という地位は必要不可欠だからだ。


「だったら……枢機卿長をレッドが倒したと考えたけど、いくら黒き鎧でもそれは流石に無理だと思ったから……」

「何が起きたか見当も付かなかったけど、とりあえず探していたということか」


 恐らく、噂を頼りに右往左往したに間違いない。彼女は二か月もの間、レッドを探していたのだ。


「……まさか、こんなことになってるとは見当も付かなかったけど……」

「だろうな。俺も完全に想定外だわ」


 お互いため息をつくと、元凶は失笑してきた。


『おいおい、僕にとってもこんなの望んだ結果じゃないよ。まったく、こんな姿にさせられて、各地を歩き回って大変だったんだから。『光の魔物』は全然見つかんないし……』

「っ!? 光の魔物……!? レッド、光の魔物を探していたの!?」


 ジンメが愚痴っぽく零した一言に、ラヴォワは動揺する。


「あ、ああ……ジンメの提案でな。方々を探したが、結局見つからずじまいだ。ソロンへも向かったが、あれは外れだったし……」

「ソロン……じゃあやっぱり、ソロン崩壊時現れた魔物を退治したのは、レッドだったの……」


 ラヴォワの驚く様に、レッドは眉をひそめる。


「どうした、そんな慌てて。ソロンに知り合いでもいたか」

「……いた。多分、レッドとも知り合いの人」

「!? ま、まさか、サーシャのことか!?」


 いきなりとんでもないことを言われ、レッドは思い当たる名を口にする。あの場でレッドの知り合いと言えば、サーシャしかいない。


 しかし、ラヴォワはその予想に反し、首を横に振った。


「違う――確かにサーシャもいたけど、あいつだけじゃない。もう一人、レッドと私にとっても知り合いの女があそこにいた……」

「俺とお前の? そんな奴は……」


 一瞬、レッドは思い出せなかった。

 だが、少し考えて浮かんだ顔に、レッドは息が詰まる感覚がした。


「……まさか」

「……そう」


 レッドの気づきを、彼女は首を縦に振って肯定する。




「――マルガレータ・ヘールト。私たちがマータって呼んでた女。

 もっとも、向こうではベティって名前を使ってたらしいけど」

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