第六十話 真実と偽りと(3)



「……で、こいつどうするの、レッド?」


 魔道具が使用されたランプをテーブルに乗せただけの光源。小さいとは言え部屋全体を照らすには心もとなかったが、そんな薄暗い中二人はテーブル越しに対峙していた。


「さて、どうするか……ね」


 聞かれたレッドは、左手を撫でながら思案している。


 その左手には、顔色が悪く見えるジンメが息を荒くしていた。


『勘弁してくれよう……ラヴォワちゃん、僕散々お世話してあげたじゃない。ちょっとは恩義を抱いていてもあぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢっ!』


 ふざけたことを言ってくるジンメに対し、ラヴォワは杖を押し当て高熱で焼く。


「ラヴォワ、それ俺も熱いわ」

「あ、ごめんなさい」


 杖をパッと放したラヴォワに、ひいひい言うジンメ。かなり奇妙な光景だった。


 今レッドとラヴォワ二人は、裏通りにある小さな空き家に入っていた。どうも住人が夜逃げでもしたのか、テーブルなど大きな家具が残っている。立ち話も何だということで、とりあえず適当に選んだのだ。


「まあ、こいつのことは後にするとして……ラヴォワ、お前この二ヶ月で何がしてたんだ?」


 そう尋ねると、ラヴォワはすっとメを逸らしてしまう。

 まるで、バツが悪そうに。


「……?」


 変な反応を不思議がっていると、ラヴォワは少しずつ語り始めた。


「……レッドが、枢機卿長が消えた翌日、私は病院から脱走してティマイオを出た……」

「翌日? 怪我してたのにか?」

「……別に、あんな怪我大したことない……」


 と言っても、黒き鎧で弾き飛ばしたのだから、良くて骨折くらいしてそうだったが、それでも脱走するとはずいぶん無理をしたものである。


「第一、どうして脱走なんかした? 俺と違って反逆者にされたわけでもないし、あのままパーティに残ったって問題なかったろ」

「……誰が、あんな馬鹿なガキの世話なんか……」


 苦虫を噛み潰したような顔で罵るラヴォワ。常に無表情な顔しか知らなかったレッドには新鮮に感じられる。


「私は枢機卿長の命令で同行していただけ。枢機卿長が居なくなったあの時点で、付き従う理由なんか無い。だから私は抜けた」


 なるほど、確かに筋が通った話に聞こえる。あくまで枢機卿長の弟子で教会の一員であった彼女にとって、勇者パーティだの世界を救うなんて使命を負う必要性は無い。ましてや彼女は枢機卿長の抹殺こそが真の目的であるため、教会も王国もどうでもいい相手である。

 と言えば、普通は筋が通ったように聞こえる。ただし、一応の話だ。


「――翌日ってさ、まだ枢機卿長が消えたって話くらいしか無かったじゃん。その時に枢機卿長の管理下である教会から抜けるって早過ぎないか?」


 そう。筋が通ったように聞こえるのは、あくまで枢機卿長が倒されたことを知る現時点のレッドだからである。

 その時は、まだ失踪してから一日経った程度だ。それくらいで脱走など気が早すぎやしないか。ひょこっと戻ってきたとき、脱走していればまずいだろう。ただでさえ叛意があると知られている相手なのだから。


 なんて尋ねたら、ラヴォワはビクッとほんの少し体を揺らし、そのまま目を逸らしてしまう。気のせいか、頬が赤くなっている気がした。


『……君さあ、レッドを僕が追ったと知って慌てて出て行ったんじゃないの?』

「……っ!」


 その時、ジンメが妙にニヤつきながら聞いてみると、今度は明らかに顔を赤くした。


 何事かと思っていると、ジンメは今度はこちらを向いて、


『あれ、まだ持ってるでしょ。ちょっと出してよ』

「あれって……もしかしてこいつか?」


 言われて、レッドは思い当たった物を懐から取り出す。


 それは、右の羽しか付いていない鳥の細工物が付いたネックレスだった。


「……! レッド……まだ持って……」


 それを見せると、尚更顔を赤らめて言葉を失うラヴォワだった。

 様子のおかしさに首をかしげていると、ジンメが心底楽しそうに解説し始める。


『それね……『比翼の鳥』っていう魔道具なのよ』


 比翼の鳥。全然聞いたことのない言葉だった。魔道具というが、そんな物は一切耳にしたことが無い。


「魔道具って……なんの魔術が使えるんだ?」

『まあ、一言で言えば転移魔術さ。人や物なんかを一瞬で遠い場所へと移動させる魔術。君とてそれは知ってるでしょ?』

「まあ、御伽噺の類いなら……え、こんな小さな魔道具でそんなことが出来るのか?」

『うん。でもこいつは特殊でね――ラヴォワ、あるんでしょもう一個。出してみ?』 


ジンメに促されると、ラヴォワは顔を俯けたままゆっくりと胸元をまさぐり、首からかけていたネックレスを取り出した。


「それは……」


 突き出されたネックレスには、確かにレッドと同じ鳥の細工物が付いたペンダントがある。

 しかし、よく見ると少しだけ違うことに気付いた。


 ラヴォワが身に付けていたペンダントの鳥も、片羽が無いのは一緒だった。

 けれど、レッドと違いラヴォワのは左の羽しか無かったのだ。


『――『比翼の鳥』とは異界の言葉で、まあ、互いに寄り添って生きる者のことさ。片方しか羽が無い鳥は、二羽が寄り添わないと飛べないようにね』


 比翼の鳥と言う単語の説明で、ジンメが明らかに含みを持った言い方をしていた。どうにも怪しいが、レッドが気にしている間にも話は続く。


『こいつはそれをモチーフにした魔道具でね。簡単に言うと、片方が発動すれば、もう片方を強制的に自分の手元に転移させることが出来る。ま、それだけと言われればそれだけだけど、現在使い手すらほとんどいない転移魔術を、こんな小さな道具だけで発動できるのは凄いよ。欠点があるとすれば、そんな遠く離れていては使えないのと、発動に相当な魔力使っちゃうことくらいだけど』


 やはり欠陥魔道具らしかった。しかし、確かに能力は限られているとはいえ、こんな小さな魔道具で転移魔術を使えるのはかなりの代物と言えよう。


 だが、このペンダントの正体が分かっても、やはりそれをどうしてラヴォワがレッドに持たせたのかという説明にはなっていない。


 などとレッドが考えているのを読んだのか、ジンメはぐふふと下品に笑い、ラヴォワへ一言、


『君さぁ……こいつを使って、レッドを逃がす気だったんじゃないの?』

「~~っ!」


 相変わらず俯いたままではあったが、もはやラヴォワの顔は耳まで真っ赤である。いつもの仮面のような無表情はどこにも無い。


「逃がすって……ラヴォワがか? どうしてそんな……」

『いやいや、レッドだって気付いてたでしょ。彼女だけ自分を害する気が無かったって』

「それは……まあ」


 実を言うと、レッドがラヴォワと戦うのを拒絶していたのは、それが理由だった。


 あの時――ベヒモス討伐作戦から、レッドを偽勇者として貶められた夜のこと。


 アレンや王国近衛騎士団などは勿論、旧勇者パーティのメンバー達もレッドに牙を剥いた。

 怒り狂って襲いかかったロイや、毒で殺そうとしたマータ。あいつらは勿論殺意はあったろう。


 だが――その中でラヴォワだけは、積極的にこちらを攻撃せず、むしろ拘束し止めようとしていたように見えた。暴れ狂うレッドを、どうにかして抑えようとする術ばかり使っていた。殺す気なら、いくらでも上級魔術が使えるであろうラヴォワがだ。


 考えられるのは、最初からラヴォワにこちらを害する気が無かったとしか思えない。

 戦うフリをして、レッドを捕まえさせる気だったのだと。


『――あそこで、君はレッドを捕縛するつもりだった。レッドがいくら大暴れしようと、まあ白き鎧と君たち勇者パーティ、それと近衛騎士団や浄化部隊を相手にして勝つも逃げるも不可能だしねえ。そこで捕らえたところで君が比翼の鳥転移魔術を使い、そのまま彼を連れて逃走する――そんなとこだろうね。でも、想定外のアクシデントが発生してパァになったけど』


 それアクシデントとやらは、簡単に思いついた。他ならぬレッド自身が起こした事態だから当然だ。


「――俺が、黒き鎧を手にしたことか」

『当然さ。相当焦ったろうね君も。何しろ計画が全部パァだもの。君はどっか行っちゃうし、僕まで君を追って消えるし。慌てて僕らを探した、ってとこかな』


 ジンメの推測に、ラヴォワは黙って聞いているだけだった。

 けれども、先ほどまでとは様子が違う。


「……?」


 レッドが怪訝そうな顔をする。


 さっきまで耳まで真っ赤だったその顔は、いつの間にか平常に戻っていた。

 しかし、その代わり燃えるような怒りのオーラが満ち溢れていた。


「……あんたは言った。あの日、私に勇者パーティに参加するよう命じたとき」


 すると、しばらく黙っていたラヴォワが口を開いた。


「レッドは、偽勇者役の奴は、典型的な王国の貴族様で、酒と金と女に狂ったどうしようもない馬鹿息子だって。亜人を家に囲って虐げてるとか、学園で女を好き勝手犯して回ってるとか相当ヤバい奴だって……」

「……お前、そんなこと言ったの」

『まあ、言ったけど。いや、ホントにそう言ったんだよ君のこと証言してくれた人はみんなさぁ』


 ジロリと冷たいレッドの視線を向けられたジンメは、必死に抗弁する。


 だが、そんなジンメの抵抗も、ラヴォワが急に立ち上がったせいで止まる。


「でも……でもっ!」


 そして、目に涙を浮かべながら、彼女は叫んだ。




「レッドは……そんな人間じゃなかった!」

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