第六話 勇者パーティとして(2)
記憶にある前の――前回とでもしておくか? ――のレッド・H・カーティスは、本当に酷い奴だった。自分の事ながらそう思う。
幼いころから暴虐無人に振る舞い、メイドや使用人を無下に扱うなんて朝飯前。領地にいた亜人がたまたま目に付いたから、弱っちい魔術で殺しかけたことも珍しくない。
非常に不真面目で不勉強で、専属の家庭教師の指示に従わず遊んでばかりで、それを咎められると暴れて何人も家庭教師を辞めさせていた。王都の学園に入った時も同様で、剣も魔術もロクに勉強したことが無い。していたのは賭博クラブに入って家の金で博打三昧酒三昧か、気に入った生徒や教師を権力で脅して強引に抱いていたことくらいか。
もっとも、そんな極悪非道としか言いようが無い行いも、このアトール王国の貴族としてはごく普通だった。特に亜人狩りなんて、昔は貴族のたしなみみたいなものだった。亜人たちの集まりであるマガラニ同盟国との停戦条約が結ばれてからというもの、そんなたしなみは消えたが未だに差別は残っているし、隠れて非合法にやっている貴族がいるという噂は絶えない。
両親も、兄姉たちも、多くの使用人たちもそんなレッドを叱ったり咎めたりしたことも無い。何故なら自分たちもそんな振る舞いをしているから。亜人差別など貴族平民拘わらず持っているし、それ以外の勝手気ままな有様も、貴族なら普通なので怒る理由にならない。
今では信じられないが、むしろ今の自分がこの国の貴族として異常なのだ。ちなみに前回の自分は当然本家屋敷に亜人の使用人など入れなかった。そもそも王都で暮らしていて、最後まで本家には戻らなかったと思う。
そんな自分は、普通に学園を卒業し、普通に王都の何かしらの役職に就いて、普通の貴族として平民無下に扱い、亜人を差別して暴虐を働き一度も戻らない領地から金だけ搾り取って遊んで暮らす、そんなごく一般的な貴族として暮らしていたろう。――あの聖剣に選ばれなければ。
――笑えるな。
当時を思い返すと、つい失笑が漏れてしまう。今となっては、勇者様なんてものに浮かれていた自分が恥ずかしくなってくる。
あの時も卒業間近に、レッドが聖剣の勇者として選ばれたと言われるとただ単純に喜んでいた。今と違って、剣も魔術もロクに勉強せずただ賭博か女遊びしかしていなかった勇者に選ばれるなんておかしな話だ。しかし当時のレッドはただひたすら傲慢だったため、自分は特別な上級貴族なのだから特別な存在なのは当然だなんて疑いもしなかった。
そんな奴が旅なんて、本来ならすぐにボロが出ただろう。だが聖剣から与えられる力によって、どんな魔物でも容易に倒せてしまっていた。問題はその力が聖剣のものではなく、自分の力と思い込んでしまったことだ。ただでさえ肥大化した自尊心と自意識がますます悪化していった。
――一番まずかったのは……
改めてちらとアレンの方を見返す。戦闘終了からそれほど時間は経っていないはずなのに、アレンは魔物を捌き終えており、物品を見た目の十倍以上入れておける魔道具のマジックバッグにしまっていた。
「アレン、もう終わったのか?」
「あ、はいっ! 全部回収しました!」
「随分早いなホント……」
「いえ、僕が出来るのはこれくらいですから! それに簡単に捌いて分けただけですからこんなの誰でも出来ますよ!」
「そうかい。まあご苦労様。他の敵もいないみたいだし休んどけ」
「いいえ、皆さんに回復魔術もかけないといけませんし、それと索敵魔術と装備品の整備もしますので! 元気なのが取り柄ですから大丈夫です!」
なんて言って言葉通り三人に回復魔術をかけに行った。自分は聖剣があるから要らないといつも言うのだが、取り合わずレッドへの奉仕も怠らない。本当に働き者だとレッドは感心した。
――ホント、なんで俺こいつを無能だと思ってたんだろ。
記憶を取り戻して、一番思うことはそれであった。
散々馬鹿にし、虐げて来たアレン。実際には彼のおかげでパーティとしてなんとか出来ていたにもかかわらず、ひたすら良い様に扱うだけで礼も感謝もせず無能と蔑んできた。
確かに彼は剣も攻撃魔法も使えない。戦闘に関しては全くの無能と呼んでいい。
しかしながら、仲間の傷や疲労を治癒する回復魔術は使えるし、周囲に危険なものがいないか感知する索敵魔術もラヴォワより上。基本的に自然と共に暮らす亜人特有の五感も相まって、罠察知やマッピング能力も高い。武具の手入れまでさせていた。はっきり言えば、攻撃能力が無いことしか欠点が無い。ちなみにこの料理を作ったのもアレンである。
だが、前回の自分は、勇者パーティの仲間はそんな彼を認めたりはしなかった。攻撃にしか目が行っていなかったというのもある。
が、やはり一番の理由は亜人だったからだろう。誇り高き貴族として、選ばれし勇者として、よりによって普段より愚弄し嘲笑している亜人と、仲間になって戦うなど反吐が出るくらい嫌だった。組まされたから仕方なく使ってやっていたが、そんな偏見による色眼鏡で相手をしていれば彼の真価が理解できなくて当然だ。
何より――と今度は、聖剣の方に目を向ける。
聖剣に選ばれし勇者。闇を斬り裂き光を導く者。初代勇者の生まれ変わり。この剣を手にしてから色々な名で呼ばれ、事実聖剣は自分に力を貸してくれていた。
だけど――過去の、前回の記憶を取り戻したレッドは知っていた。
自分は、レッド・H・カーティスは、勇者ではない。
彼、亜人の少年アレン・ヴァルドこそが、真の聖剣に選ばれし勇者なのだと。
――なんで、今は俺に力を貸してるんだろ。
まじまじと聖剣を見つめつつ改めて考える。
聖剣が去っていった日の事はよく覚えている。あれはアレンを追放して一か月は過ぎていなかったか。
アレン追放後、パーティは魔物との戦いに破れ全員が大怪我をした。とても旅など続けていられないということで、近くの街の病院へ入ることになった。
この時点で、既にパーティは謎の弱体化をしており、連戦連敗で酷い目に遭っていた。そんな不名誉を拭い取る為に、無茶をした結果が大怪我という無様な末路だったわけだ。
既に悪い噂は広まっており、病院ではこちらが寝ていると思って看護師たちが馬鹿にして笑っているのが聞こえるくらいだった。怒って斬ってやろうかと思ったが、聖剣の回復能力が弱まっていたためズタボロの身体ではどうしようもない。
悔しさと屈辱で毎日枕を濡らしていたところ、その看護師たちが元勇者パーティの仲間がこの街に来ていると噂していた。すぐにアレンの事だと見当がついた。
アレンの事を聞いて、初めに生まれた感情が憎悪だった。
そもそも、アレンを追放した日から聖剣の力は弱まり、魔物に勝てなくなったのだ。
あの無能が、何か小細工をして自分たちの力を奪ったか弱めたかに違いない。
奴さえ殺せば、全ての力を取り戻してまた英雄として皆に認められるはずだ。
そんな根拠のない思い込みを頭の中で勝手に作り、一方的に憎しみを強めていった。
不思議なことに、その時から聖剣の光も強まり、傷も癒えてきた。やはり自分は聖剣に選ばれし伝説の勇者なのだ、裏切り者であるアレンを始末するのが使命なのだ、と喜び勇んで、夜中に病院を抜け出して走っていった。アレンの場所は、聖剣が教えてくれた。
対峙したアレンは、包帯でグルグル巻きになった自分が誰か分からなかったらしい。何人もの仲間を連れて、冒険者として旅をしていたようだ。惨めに堕ちていった自分たちとの落差をますます感じ、より憎悪を深めた。
滾りに滾った激情に身を任せ、聖剣を抜いて怒り狂ったまま、その刃をアレンに向けて降り下ろした。
しかし、アレンはその凶刃を、安物の盾であっさりと受け止めた。
自分は当然、アレンも信じられないという顔をした。聖剣の力はアレンもよく知っている。こんな普通の盾で庇えるものではない。溶けかけのバターのように簡単に斬れて当たり前なのだ。
意味が分からず呆然としていると、より信じられない事が起きた。
なんと、聖剣が自分の手をすり抜けて、アレンの下へ降りたのだ。
恐る恐るアレンが聖剣を手に取ると、聖剣はレッドが持った時よりはるかに強く神々しく輝きだした。
まるで、本当の主の下へ戻ったことを宣言するように。
――この、クソ剣が。
聖剣の刀身に顔を映しながら心中だけでそう吐き捨てる。
今なら分かる。何故聖剣が再び輝き出したのか、突然傷が癒えたのか。
こいつは、聖剣はアレンの所へ行くために自分を使ったのだ。
自分を癒やしてアレンの場所を教え、その足で奴のところへ行くよう仕向けたのだ。今までの人生で、荷車代わりに使われたのはあれが唯一だ。
だが当時の自分はそんなことも理解できず、聖剣が自分から離れたことに動揺し混乱し暴れまわり、結局投獄されてしまう。
そこでレッドは、まさに地獄のような日々を送ったのだが――
「……勇者様?」
と、そこまで思い出してまたアレンに声を掛けられていることに気付いた。
「あ、ああ、どうしたアレン?」
「あの、どこかご気分でも悪いんですか? ぼうっとしてましたけど」
「いやなんでもないさ。で、索敵は終わったか?」
「あ、はい。周辺に敵はもういないみたいです」
「分かった。ここでの役目は終わりだな。よし、今日はもう遅いから寝るぞ。明日にはまた旅に出るからな」
そう剣をしまいながら皆に宣言する。マータが不平そうに少し近くの街で遊ばないなどとほざいたが、そんな暇があるかと一喝した。
とにかく明日ということで、ロイに番を頼んで寝ることにする。既に新しい罠と感知魔法は用意してあるので、万が一何か来ても対処できるだろう。
アレンはテントに入って下さいと薦めたが、レッドはこちらのほうが落ち着くと言い木の幹を背もたれ代わりにして寝ることにした。聖剣を横に置きながら。
「…………」
寝る直前、鞘に収まった聖剣を見ながら思う。
正直、逃げるということも勿論考えた。
聖剣がアレンを選ぶことは分かっているし、このまま行けば自分に破滅の運命が待っている事も理解している。
けれども、断るということは出来なかった。国が求める聖剣に選ばれた勇者、そう決められた以上は断るなど無理に決まっている。仮に全ての事情を話したところで、未来の記憶を持っているなど誰も信じるはずもない。
だから、逃げるしか方法は無い。それは分かっているし、自分でも逃げたい気持ちはあるのだが――
「……っ」
ふと、聖剣の鞘に映った自分の顔が、焚き火の不規則に揺れる光によってぐにゃりと歪み、全然別の顔に見えた。
少年の顔、であるが、アレンとは全然別人の顔が、ふとこちらの姿を嘲笑っているように見えた。
「……くそっ」
それは一瞬の出来事だったが、レッドはその端正のとれた美青年の顔に怒りと憎しみを滲ませた。
つい思い出してしまったのだ。自分がアレン以上に、誰よりも憎んでいる男のことを。
「待ってろよ、ゲイリー……」
そう誰に言うでもなく呟くと、レッドは眠りの世界に旅立った。
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