第五話 勇者パーティとして(1)



「アレエエエエエエエェェェェェェェンッッッ! 貴様、俺の大事なアックスは常にピカピカに磨いておけって言ったろうが!!」

「は、はい! すみません!」

「ちょっとアレン! この筋肉ダルマと洗濯物一緒にしないでって言ったでしょ!」

「は、はい! すみません!  

 ……って、何してるんですか!?」

「……犬族は初めて会う……解剖したい……」

「ひええええぇぇぇっ!!」


 何か刃物を持って追いかけるラヴォワに逃げるアレン。洗濯物の洗い具合にいちいち文句を付けるマータ。そして筋肉ダルマとはなんだぁ!! と叫び暴れるロイ。

 星すら見えない闇と静寂に包まれた森の中、その想像し過ぎる様はあまりにも不似合いであった。

 そして、そんな四人とは対照的に、グツグツ煮込まれた鍋の中からスープをお椀に掬っていたレッドは、


「…………」


 冷めきった眼で、我関せずとばかりにスープを口に運んでいた。


 ――何回目だよ、もう……


 と、それこそ何度目か分からないため息をついた。


 結成されてから一か月、勇者パーティはいつもこんな感じだった。


   ***


 勇者パーティが結成されたとはいえ、いきなり魔王を退治しに行くわけではない。

 というのも、魔王がどこにいるのか、そもそも本当にいるのかすら分からないからだ。


 神託があったとはいえ、どこでどのような姿でいるのか不明だし、まだ復活していない可能性もある。そんな相手を倒すことは出来ない。


 ただ――魔王が復活するときは、邪なる魔力、いわゆる邪気が増大するという伝承がある。その膨大な邪気が魔物を産み落としているとも。


 すなわち、邪気の増加、魔物の増加が確認された場所を巡り、聖剣によって魔物を退治する。

 それを繰り返していけば、いずれ魔王に辿り着ける。

 これが勇者パーティに課せられた、『魔王討伐の旅』の詳細であった。


 まあ、要するに世界中の強い魔物がいるという場所を回って戦う続けるわけで、時間も労力も大変費やす旅である。

 本来は兵を沢山連れて進むべきもの――のはずが、勇者パーティはこの五人だけしかいなかった。


 理由は、この魔物討伐は五か国、及び教会や冒険者ギルド、魔術連盟などあらゆる組織が一致団結して取り組んでいるものの、魔物の被害は世界規模となっている。

 どこも自国の被害を抑えるので手一杯であり、とても戦力を裂く余裕などない。従って、組織内の優秀なメンバーを選抜し、少数精鋭で進んでもらうのが最善の手――などと言われたが。


 ――昔の俺、よくそんな言い分で満足したな。


 スプーンに載った肉と野菜を汁ごと飲むと、レッドは昔を、前回の馬鹿だった自分を思い出して嫌になってきた。


 自国防衛で精一杯、というのは嘘ではないだろう。資金も物資も援助してくれるし、何処の国も道中訪れれば宿泊場所も食事だって豪勢に歓迎してくれる。

 であるが、こんな数人規模のパーティで行かせた理由は、何処の国も自国の兵を出すのも、他国の兵を入れるのも嫌がったからに決まっている。一国だけの兵を他国に入れることになればそれを利用して侵略される恐れがあるし、五つの国から等分に出せば道中揉めて最悪殺し合いになるからだろう。同盟を組んだとはいえ、所詮元は敵対していた国同士だ。


 こんな簡単なことにも気付かなかった自分は、本当に馬鹿だったのだろう。呆れどころか情けなくなってくる。

 などとため息をつきながら、そろそろ本当にやかましくなってきたので、スープを飲み干すとお椀を地面に置いて立ち上がる。


「いい加減にしろっ! お前らこんな森の中でハイキングに来たわけじゃないんだぞ!」


 と叫ぶと、全員がピタっと制止する。アレンは「すみません」と謝罪するが、他三人はまだ不満そうである。レッドは頭を抱えたくなりながらも続ける。


「この森は、危険な魔物が徘徊してるという話だからこうして張ってるんだろ。そんな気抜いたままじゃいつの間にか喰われるぞ。もう少し警戒しろ」


 呆れた口調でそう促すが、まだ気に入っていない様子。少なくともロイとマータは実戦経験者の筈なのだが……などと嘆いていたが、もう構っていられないので指示を出すことにした。


「ロイ、お前は周辺の警戒をしろ。これだけ騒いだんだ、そろそろ来てもおかしくない」

「え? いやだからアックスの磨きが終わってないんだが」

「そんなもん後にしろっ! 魔物と戦えばどうせ汚れるんだから!  

 ――マータ、お前は罠を増やしてこい。気付かれないようにな」

「は? そんなもんとっくに済ませたわよ?」

「足りないって言ってるんだよ! お前十個くらいしか用意しなかったろ! 相手は多分小型のシャドウウルフだ、大勢で群れるもんなんだから倍は増やせ!  

 ――ラヴォワ、お前はマータと一緒に感知と結界魔法を貼ってこい」

「――やだ。あれ疲れるから」

「それが貴様の仕事だろうが! とっとと行け馬鹿っ!  

 ――それと、アレン!」

「はっ、はいっ!!」

「――飯食え」


 と言って、アレンに座るよう促す。アレンは少し不意を受けたような顔をしてキョトンとしたが、すぐに腰を下ろしてスープを掬い始めた。


 そんなアレンと同じくレッドはドサッとその場に座り込み、深々とため息をついた。


 ――なんで俺がこんなことを……


 そう嘆きたくなった。いや一応勇者パーティのリーダーなのだから指示するのは当然なのだが、前は、思い出した記憶の旅の時はこんな事していなかった。むしろ自分も好き放題暴れたい放題やって、アレンが止める形だった。そんなものでよくパーティなど続けられたものだと思う。


 いや――続けられなかった。そんなことだから、アレンを追放してすぐ瓦解してしまったのだ。レッドはそう思い直した。こんな荒みきったパーティ、アレン一人が緩衝材となっていたから何とか体を保っていられたのだ。目の前でハフハフとスープを熱そうに啜っている少年を見ながら述懐する。


 まあ、しかし、こんなにパーティの気が緩んでいるのも仕方ないと思う。

 何故なら――と考えていたところ、

 腰に掛けた聖剣がピクピクと脈動する感覚がした。


「……っ」


 それと同時に、目の前の焚き火の炎が赤色から紫色に変色し、さらにカランカランと周囲に張り巡らされた鳴子の音がした。


「勇者様!」

「――静かにしろ」


 ゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。

 三人も先ほどまでの喧騒を忘れたように厳しい表情で周囲を警戒していた。流石にプロである。


「ラヴォワ、数は?」

「……三十……いや、四十は少なくともいる」

「罠の数、倍じゃなくて四倍にした方が良かったかな……マータ、罠はちゃんと設置したか?」

「誰に向かって口聞いてるの? あんなオオカミ如きに見つけられる罠じゃないわよ」

「頼もしいな……ロイ、相手は速さが売りの奴だ。囲まれたらヤバいぞ」

「心配するな、シャドウウルフなど俺の手を煩わせられる相手でないわっ!」

「そりゃいいや――アレン」

「はっ、はいっ!!」


 ラヴォワは杖、マータは二本のナイフ、ロイは大斧を構えている。

 レッドも腰から剣を抜くと、座ったままで怯えているアレンに、


「――動くなよ」


 とだけ言った。


 次の瞬間、周囲のあちらこちらから獣の悲鳴が次々と上がった。

 それに間髪を入れず、周りの藪から次々と黒い影が飛び出してきた。


「おらぁっ!!」


 ロイは自分に飛びかかってきた影を斧で一閃する。その勢いは凄まじく、一匹どころか同時に来ていた三匹くらいまで斬り裂いていた。


「遅いっ!」


 マータを狙って走ってきた数匹の影は、襲い掛かるよりも早く疾風の如く走り抜けた彼女によって、急所を絶たれる形で仕留められた。


「……はい」


 ラヴォワに正面から肉薄しようとした影たちに対し、彼女は怯み一つすらせず杖を向けると、その瞬間杖の先から炎が噴出して影を全て飲み込んだ。


「す、すごい……」


 そうアレンが思わず呟くのに、レッドも心の中で同意する。普段は頼りないが、こうして戦えば確かに選ばれるだけはあると納得する。


 などと考えていると、聖剣の刀身からの輝きが強くなっていった。


「勇者様っ!」


 そうアレンが叫ぶと、レッドの前の藪から十匹以上の影が顔を出してきた。


 長い顔、大きく尖った犬歯、ギラギラと輝く瞳孔、そして額から伸びた鋭い角。


 間違いない。小型の魔物とはいえ危険度Bに指定されている黒い狼型の魔物、シャドウウルフだ。

 集団戦に富み、非常に獰猛で獲物を見つければ見境なく襲ってくる習性を持っている。今のように仲間がずいぶんやられても、平然と向かってくるのが恐れられる所以である。


 まあ、逆に言えばその習性を利用すれば簡単に全滅できるということだが……そう授業で習った知識を反芻しながら、レッドは剣を横に構える。


 シャドウウルフたちの一匹が吠えると、残った全ての魔物たちが一斉にレッドへ突撃してきた。

「勇者様っ!」とアレンが叫ぶのを横目に、レッドは聖剣を横へ一薙ぎした。


「おらぁ!!」


 瞬間、閃光が走ったかと思えば、

 シャドウウルフたちの群れが、全て上下二つに分断され地面に落ちる。


「……あ」


 魔物を全滅させた、のはいいのだが、気付けば斬ったのは魔物だけではなかった。

 魔物の後ろにあった木々たち、百メートルほどが全て奇麗に斬られて、地面に出来たばかりの丸太を転がしていた。


「……アレン、焚き火にでも使ってくれ」

「い、いえ、生木のままじゃ焚き火にはちょっと……」


 こちらがかけた冗談を真に受けてアレンが答える。わかってるよと言いたかったが止めておいた。

 後ろを振り返ると、三人も流石にこの光景には言葉を失っていた。レッドは彼らに周囲の警戒を指示しつつ、自分は改めて聖剣を見返してみる。


 ――こんなに強かったかなこの剣。


 少なくとも、前の旅の時より明らかに強くなっている。そんな気はしていた。

 実を言うと、魔王討伐の旅などという危険で重大な任務を背負っているのに、勇者パーティがこんな緩い雰囲気で進んでいるのは、聖剣が余りに強すぎるからであった。


 聖剣――たしか聖剣アークという名前があった――は、光を纏って闇を照らす、という伝説がある。

 それは伝説ではなく、実際に剣自体が光を放ち、それを振るえば敵を遠くからでも切り裂く光の刃となる。その刃は万物をも両断する、とまで言われている。本当のところは不明だが。


 さらには魔物や悪意あるものが近づけばそれを感知する力。またさらには剣を振るう者の身体能力の向上をも行い力、速さ、防御力まで上がり超人のようになれる。そのまたさらには杖の代わりに使えばその者の魔力を高め、魔術の威力をいや増すとまで伝えられている。しまいには持っているだけで使い手や周囲の人間の傷を癒やし、疲労を抜く回復魔術のような効果まである。


 要はこれ一本だけでパーティの役割全てを担う便利過ぎる道具で、実は今の魔物もレッドだけでやれば一撃で倒せたくらいである。流石にそれは控えたが。


 ――そりゃこんな都合のいい代物があれば堕落するよな。前のパーティも、俺が一人で魔物倒してほとんど遊んでたくらいだし。


 などと昔を、前回の魔王討伐の旅を思い返してみる。振り返れば振り返るほど、酷すぎて笑えてくるほど酷いパーティだった。


 斧と筋肉自慢ばかりしてくるロイ。ロイと死ぬほど仲が悪く我が儘で美貌に気使い過ぎのマータ。基本的にズボラで常にボケっとしており、そのくせ変な実験をしたがるラヴォワ。


 そしてレッド・H・カーティス。こいつが一番の問題児だった。

 傲慢にして尊大、いつも威張ってばかりで何もせず適当に剣を振って暴れるだけ。戦いどころか移動も面倒くさがり、荷物すら持たずアレンに押し付けていた。そのくせ臆病で、怖そうな魔物が来たらすぐ逃げる始末。


 先ほどと同じく、こんなものでよくパーティが成立していたと改めて思う。


 いや――成立などしていなかった。いつも喧嘩になっていたし、寄った村や街などで騒ぎを起こして迷惑をかけるなんて日常茶飯事だった。


 それでも一年も旅が出来たのは――


「――勇者様?」


 そこまで思い出したところで、ふと呼ばれたのに気付いて目を覚ます。


「あ、どうした?」

「いえ、何か様子がおかしいので声を掛けただけで」

「ああ、悪い悪い。大丈夫だ、何でもないよ」

「ちょっと勇者様、ボケっとしてないで素材取り手伝いなさいよっ!」


 そうマータに怒られる。見てみると彼女は倒したシャドウウルフの死体を捌いていた。


 素材取りとは主に仕留めた魔物の肉体を解体し、爪や牙、毛皮など金になる部分を剥ぎ取る事。特に魔物の体内に存在する石のような魔力の塊である魔石は高く売れ、冒険者はこうして倒した魔物を捌いて売ることで収入を得ている。


「ああ、わかったわかった。すぐ手伝うよ」

「いいえ、勇者様はお疲れでしょうから休んでいてください。皆さんも、後は僕に任せてくださいな」

「おいおい、五十匹以上はいるぞ。大変だから手伝うって」

「大丈夫です。自分は戦闘では役に立たないので、せめてこれくらい僕がやらないと!」


 そう笑顔で答えるアレンに、何も言えなくなってしまう。その言葉に他の三人は礼の一つも無く休みだしてしまったので、一応周辺の索敵をしておけと命令する。


 ――ホント、こんなんでよくやって来られたな。


 再び前回の旅を思い返してみる。かつては自分も、アレンに戦闘以外の面倒事を押し付けてやっていたのだ。そう思うと情けなくてため息がまた一つ増えてしまう。


 記憶を取り戻してからというもの、悪夢に苛まれることは無くなった。まあ悪夢の正体が判明したのだから当然かもしれない。


 その代わり、前回の、かつての自分を思い出して頭が痛くなる事が増えてしまった。ひたすら馬鹿で、無能で、目立ちたがり屋で、人としての心などかけらも持っていない。


 そんなを振り返ると、胸も苦しくなり涙すら出そうになるのだった。

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