第10話   羽鳥と葵

 銀杏林の中、舞い散った銀杏の絨毯に横たわる、まだ中学生の葵に、不覚にも見惚れてしまった。

 一人の人間としても、女としても未成熟な目の前のいる中学生の少女は、その時の自分の目には一人の女に見えた。




 真人から預かった北海道土産を持って家に帰ると、珍しく葵が俺の服を着ていた。寝るときに人の服を着るのは日常茶飯事だが、それ以外で着ているのは珍しい。そういう時は、だいたい何かあった時だ。


「ただいま。何かあったのか?」

ソファで本を読んでいる葵の隣に腰を下ろし、様子を伺う。

「お帰りなさい。それ、真人くんからのお土産?」

 本を閉じ、俺からの質問を無視して、葵はソファの前のテーブルに置いたお土産に手を伸ばした。

「私の好きなものばっかりだね。さすが真人くん」

 袋から、お土産を出しながら質問に答えそうにない葵に痺れを切らし、お土産を出す手を掴んで意識をこちらに向けさせた。

「葵。何かあったんだろう。何があった?」

「・・・何も。何もないよ」

答える葵の声は震え。目は相変わらず、こちらを見ようとしない。


「葵。おいで」


 そう言って、葵を自分の腕の中に引き寄せた。体が軽い葵は、簡単に腕の中に収まった。

「葵。お前が、寝る時以外で俺の服着る時は、だいたい何かあった時だ。一緒に住んで1年以上経つんだから、さすがに分かる。だから無理して隠そうとしなくていい。話したくないなら話さなくてもいいから、平気なフリはするな」

 抱きしめながら葵の頭を撫でると、俺との間に収まっていた葵の腕が、そろそろと俺の背中にまわされた。


「羽鳥の服を着ているの怒らないの?」

「怒らないよ。怒るわけないだろ」

 今着ているのはトレーナーで、シワになる心配もない。葵は普段、肌を隠しているためか、家の中では極端に肌が出る格好をする。今もワンピースのようにトレーナを着ているだけだ。

 トレーナーの裾から伸びた白く細い脚が艶かしい。

「朝は、怒ったわ」

「あれは怒ったわけじゃないだろう。呆れてただけだ」

 そう、呆れただけだ。どこまでも葵に甘く、一緒に住むことになった時に、叔父と姪という偽りの関係を貫くと自分で決めたくせに、無防備な姿を見て、朝から欲情する自分に。

「・・・確かに、あれは怒ってるわけじゃなかったわ」

 少し笑いながら、葵は回した腕に力をいれ、より俺の腕の中に収まるように体を寄せてきた。それに合わせるように、俺も葵を強く抱きしめ返した。

 

 抱きしめた葵の体は、17歳にしては華奢ながら、女独特の柔らかさと体つきを嫌でも感じさせ、一人の女なんだと意識させた。

 そして、押し殺したはずの朝の感情が、また押し寄せ、俺の自制心を揺るがしてくる。

 このままキスをすることができたら、どれだけいいだろうか。キスをして、ベッドに葵を縫い付けるように押し倒し、愛することが出来たら・・・

 そこまで考えて、これ以上は危険だと、ゆっくりと葵の体を自分からはなした。


「お腹すいたな。ご飯にしよう。それとも真人の買ってきてたお土産でも食べるか」

 夕食について聞くと、ゆっくりとはいえ引き剥がされたことが不服だったようで、葵の顔は不機嫌そのものだった。

「今日の夕食は、オムライスです。オムライスの後に真人くんの買ってきてくれたお菓子を食べます!羽鳥はコーヒーを淹れて!!」

 この様子だと、もう大丈夫だろうか。

「はいはい。仰せのままに」

「もう!子供扱いしないで」

 頭をポンポンと叩くと葵に怒られた。だけど、子供扱いをしないと、さっきの邪な感情が押し返してきそうだった。


 部屋着に着替えてから、葵の作ってくれたオムライスを二人で食べ、お願いされていたコーヒーを淹れた。食後のデザートとして、真人の買ってきてくれた焼き菓子を機嫌よく食べる葵を見て、改めて帰ってきた時の心配は、大丈夫になったんだろうと考えていると、それを見透かしたかのようなタイミングで、葵が話し出した。


「ねぇ、羽鳥。木崎香奈さんて人、知ってる?その人、羽鳥のことが好きなんだって」


 木崎香奈、、、その名前は知っている。会社の後輩であり、高校時代の部活の後輩。でも、なんで葵が木崎の名前を知っている?

 



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