第9話 葵と羽鳥
目を覚ますと知らない天井が見えた。
初めて見る天井に葵は、ひとまず自分がまだ生きていることを確認した。あのまま学校の保健室で息絶えることがなくて良かったと安堵しながら、ようやく今の状況把握をするため、視線をゆっくりと天井から動かした。
「目が覚めた?」
顔を横に向けると、本を読んでいた真人くんが、私が目を覚ましたのに気づき、心配そうに声をかけてくれた。
「ここ、真人くんのお家?」
「そうだよ。でね、ここは客間。お客さん用のお布団でごめんね。ベットに寝かせようかと思ったんだけど、そうなると僕のベットになるから、葵ちゃん嫌がるかと思って」
「ううん。ありがとう」
真人くんのベットで嫌がったりなんかしない。それに、
「真人くん、学校に来てくれてありがとう。お姉ちゃんから?」
「うん。家から学校が近くて良かったよ」
そういえば、真人くん家、学校から近いんだった。
「でも、何で真人くんのお家なの?私、家の鍵持ってるよ。真人くんなら、入っても大丈夫だと思うけど」
そもそも、そうじゃないとお迎えをお願いしないと思うし。
「私が目を覚まさなかったから?」
「それもあるけどね。何だろうね、なんか葵ちゃんを一人にしたくなかったんだよね。葵ちゃんの家に送り届けても、もちろん目が覚めるまで側にいるつもりだったけど、そしたら葵ちゃん、僕に気を使って帰るように言ってきそうだなぁって、お母さんと朱音が帰って来てたらいいけど、現に今の時間だったら、二人とも帰って来てないでしょ?」
話しながら、真人くんの目線が動く。真人くんの目線の先を追うと、目線の先にある時計が夜の七時過ぎを指していた。
確かに、この時間なら二人は帰って来ていない。
「やっぱり、お家が良かった?」
「ううん。ありがとう。真人くんがいてくれて嬉しい」
「そっか、良かった」
真人くんの笑顔が向けられて、なぜか恥ずかしくなった。布団で顔を隠そうとすると右腕に違和感が走った。
布団の中で、左手で右腕に触れる。
「真人くん、私を病院に連れてってくれたの?点滴を打ったあとがある」
「うん。葵ちゃんの症状が辛そうだったら連れて行ってほしいって、朱音に頼まれたからね」
「そうなんだ。本当にありがとう。私、お姉ちゃんの彼氏が真人くんで良かった」
「僕も、朱音の妹が、葵ちゃんで嬉しいよ」
優しく頭を撫でられながら、真人くんが本当にお兄ちゃんならいいのにと思う。
真人くんに、お腹が空いていないか聞かれたが、食べたとしても嘔吐してしまいそうで食事は断った。
代わりではないけれど、真人くんの読んでいた本の内容について話してもらった。
お布団の中で横になりながら、真人くんの話に耳を傾けていると、あっという間に時間が過ぎ、お母さんが仕事から帰って来る時間になっていた。
私の体調も落ち着いたままで、そろそろ家に帰ることになった。もちろん真人くんが車で送ってくれる。
ゆっくりと布団から立ち上がり、真人くんと玄関まで向かうと、ちょうど玄関のドアが開いた。
そこには知らない男性が立っていて、相手は私を見て少し驚いていた。
「兄さん、どうしたの?」
「お兄さんて、この人は真人くんのお兄さん?」
「そうだよ」
真人くんが発した言葉に、思わず質問していた。お兄さんがいることは前に聞いて知っていたけれど、会うのは初めてだった。
真人くんのお兄さんということに、勝手に優しい感じの人だと思っていたが、似ているのは背の高さくらいで、細身の真人くんと違って、しっかりとした体格に少し威圧感のある雰囲気を放っていた。
真人くんは人懐っこい大型犬みたいな目をしているのに、お兄さんの目は狼みたいだなと思って見ていると、お兄さんと目があった。
「その子は?」
「この子は葵ちゃん。朱音の妹だよ」
「この子が、朱音さんの・・・」
目が合ったことにビックリしながらも、真人くんが紹介してくれたので挨拶をする。
「はじめまして、神山葵です」
姿勢を正し、挨拶をしながら「・・・」の続きは?と考える。きっと私のことを聞いてはいたものの、まだ小学生だとは思っていなかったんだろうな。10歳年の離れた姉妹は、そうそういない。
そんなことを考えながら下げた頭を上げると、お兄さんは私の前まできて、私と目線が合う位置までしゃがんでくれた。
「はじめまして、真人の兄の羽鳥誠二です。よろしくお願いします」
狼みたいだと思った目は、とても優しい目で、私を見て挨拶をしてくれた。
目線を合わせて会挨拶をしてくれるところは、兄弟そっくりだ思った。
この時は、まさか羽鳥を好きになるとは思わなかった。
帰り道、羽鳥と初めて会った時のことを思い出し、一人笑ってしまった。
羽鳥も、小学生の時に出会った女の子と付き合うことになるとは思っていなかっただろう。
ましてや、あんな約束をすることも。羽鳥と交わした約束を思い出し、足取りが少し重くなる。
羽鳥は、いつ約束を、願いを叶えてくれるのだろうか。私は、羽鳥以外は考えられないし絶対に嫌だ。そのことを羽鳥だって知っている。それなのに、、、
「すみません。ちょっといいかしら?神山葵さんよね」
もうすぐ家に着く手前で、知らない女性に声を掛けられた。
あきらかに、私のことを待ち伏せていたであろう相手の女性を前に、私の頭は最大限の警告音を鳴らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます