第4話    真人と朱音 前編

 ドラマみたいな出会いだね。

二人の出会いを話すと、だいたいの人が、そう口にした。

 まさに二人の、真人と朱音の出会いは、ドラマや漫画の中のでの出会いのようだった。



 真人が二十歳になる年の春。休みの日に、よく通る坂道で、初めて朱音とすれ違った。

 一目惚れだった。

長い髪をひとつにまとめ、姿勢よく颯爽と坂道を上がって行く姿に、心を奪われたのだ。

 今まで一目惚れなんてしたことがなかった真人は、自分の感情に戸惑いながら、ただただ遠ざかっていく朱音の後ろ姿を見つめていた。

 その日から、休みの日は、よく彼女を見かけるようになった。

坂を下る僕と、坂を上がって行く彼女。すれ違っては、後ろを振り返り、数メートル先の角を曲がるまでの彼女の後ろ姿を追った。


 どうすることも出来なまま三か月が過ぎた。

変わらず、僕は彼女とすれ違うだけの日々を送っていた。声をかけようと何度か試みたが、なんと声をかけていいか分からず、ただただ彼女を見かけるだけの日々。

 このままではいけない。今日こそ声を掛けるんだ‼と意気込んでいると、いつもとは違う様子で彼女が現れた。


 いつもショルダーバックしか持っていない彼女が、今にも転がり出そうな量のオレンジが入った大きな紙袋を両腕で抱え込むように持ち、おぼつかない足取りで坂を上ってきていた。

 紙袋からオレンジが転がり出ないように、慎重に歩いていく彼女を見て、「大変そうですね。目的の場所まで持ちましょうか?」と声を掛けようかと思ったが、彼女からすれば僕は、ただ道ですれ違う人。それに、そもそも僕が一方的に彼女を知っているだけで、彼女からすれば、僕は知らない人の可能性の方が高い。知らない男から声を掛けられて、荷物を持つことや、行く場所について行くことを警戒されないだろうか?

 

 そうやって、ぐだぐだ考えていると、彼女は僕の横を通り過ぎて行った。

 自分は何をやっているんだ。

 うな垂れていると後ろから小さな悲鳴が聞こえた。


 「きゃっ‼」


 驚いて振りむくと、どうやら躓いてバランスを崩してしまったらしい彼女と、その拍子に紙袋から落ちたオレンジが、僕に向かって数個転がってきているのが分かった。


 「オレンジ!!」


 そう叫ぶ彼女よりも早く、反射的にオレンジを拾うために体が動いていた。おかげで、紙袋から出たオレンジは全部拾うことが出来た。

 拾ったオレンジを持って、彼女のもとに届ける。


 「どうぞ、見た感じオレンジは無事みたいです。良かったですね」

そう言うと、

「ありがとうございます!助かりました!」

と、彼女は満面の笑顔で答えてくれた。

 あぁ、やっぱり彼女が好きだなと思った。

その場にしゃがんで、紙袋にオレンジをバランスよく入れなおす彼女に、

「良かったら、代わりに持ちましょうか?」

と伝えた。

 しゃがんだままの態勢で僕を見てくる彼女は、自然と上目遣いなる。そんな彼女を前に、心臓の音が早く煩くなった。

 自然と言えていただろうか?警戒されないだろうかと心が落ち着かなかない。

「僕この後、予定ないですし、女性一人でこのオレンジの量は重いでしょうし、ご迷惑でなければですが」


 なんとか平静を装いながら、言葉をつづけた。

僕からの提案を聞いた彼女は、少し考えると、

「本当にいいんですか?」

と確認してきた。

「もちろん大丈夫ですよ」

と答えると、再び満面の笑みで、

「ありがとうございます!助かります!」

と返してくれた。


 まだ、しゃがんだままの彼女から、オレンジの入った紙袋を受け取ると、彼女も立ち上がった。

 荷物がなくなった彼女は、「こっちです」と言いながら、いつもどうり姿勢よく歩き出した。彼女と歩調を合わせながら並んで目的地まで歩く。

 歩いている途中、自己紹介をしながら、色々と話すことが出来、彼女について、いくつか知ることが出来た。

 彼女の名前は神山朱音。僕と同い年。今、向かっているのは勤め先のカフェリストランテ。彼女はその店のバリスタとして働いているという。大量のオレンジは父親の実家、つまりは祖母と祖父から大量に送られてきたもので、お店のスタッフやアルバイトに、おすそ分けをするために持って行くのだという。


 話していると、あっという間に彼女の勤め先であるお店に着いていた。

オレンジを彼女に渡しながら、ここで別れたら、また道ですれ違うだけになってしまう。

 どうにかして連絡先を聞かないと!

 どうやって彼女の連絡先を聞こうかと、頭をめぐらせていると彼女の方から連絡先を聞かれた。

「よかったら、今度お礼がしたいので連絡先教えてくれませんか?もしくは、お店に来てください。お礼におごりますので」

「お礼なんて大丈夫ですよ。お店も、普通に客として来ます。ただ、その代わりと言ってはなんですが、僕と食事に行ってくれませんか?」

「・・・それは、デートのお誘いですか?」

「はい。実は前から神山さんのこと、道で見かけてて知っていて、、、」

この先の言葉が見つからず、どう話そうかと考えていると、彼女から驚く言葉が出てきた。


「私も、羽鳥さんのこと知ってました。よくすれ違っていたので」


 


 

 

 


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