第3話    誠二と真人

 「葵ちゃんていうんだ。可愛いでしょ」

 「はじめまして、神山葵です」

 姉の恋人である真人に紹介されて、恥ずかしそうにしながらも、しっかりと挨拶をする。その姿は、10才という年齢のわりに小柄で、そして大人びていた。

 歳の離れた姉妹なんだな。

誠二にとっての葵への第一印象は、その程度のものだった。

 


 夕方ごろ、仕事で外回りの途中に歳の離れた兄妹を見かけた。

朱音さんと葵ぐらいの年齢差だろうか?

 朱音さんは、葵の十歳年上の姉で、俺の二歳年下の弟の元カノだ。

7年前、二歳年下の弟の真人に、同い年の彼女が出来た。その彼女に妹がいると聞いたときは、まだ学生だとしか知らず、勝手に高校生か大学生くらいだと思っていた。

 

 当時、真人からよく葵の話をされたが、あまり覚えていない。

なぜ彼女とのデートの話に妹がよく出てくるのか、そこは不思議だったが追及はしなかった。

 分かるのは、ずっと弟か妹を欲しがっていた真人が、彼女の妹を本当の妹のように可愛がっているということと、彼女の妹も真人に懐いているということだった。

 二人が結婚すれば、義理とはいえ真人に妹ができる。喜ばしいことだなぁぐらいに思っていた。結局、二人は別れたため、葵が真人の義妹になることはなかった。

 

 真人のプロポーズを、姉が断ったと知ったときの葵は大号泣をしていた。懐いているとは思っていたが、ここまでとは思っていなかったため、当初は驚いた。しばらくは、葵と会うたびに真人と朱音さんのことで泣かれ、そして慰めた。


 会社のデスクで帰り支度をしながら、昔のことを思い出していたら、上着のポケットに入れている携帯が震えた。画面を見ると真人からだった。連絡の内容は、仕事で近くまで来ているから、定時で帰れそうなら、久しぶりに少し会おうというものだった。


 了解の旨と、近くのカフェで待つように返信をする。

「彼女ですか?」

 返信のメッセージを送り終わると、今年の新入社員の立花が興味深そうに声をかけてきた。

 口調は軽いが、仕事が早く正確で人懐っこい。そして、なぜか俺によく声をかけてくる。


「違うよ、弟から。彼女だったら、もっと喜んでるよ」

そもそも葵は、滅多に連絡をしてこない。連絡無精なのだ。

「羽鳥さんが、会社で私用の携帯を見てるのめずらしかったんで、つい。てか、それって彼女がいるってことですか?羽鳥さんプライベートなこと、あまり話さないから。羽鳥さんに彼女がいるって分かったら、女性社員大騒ぎですね」

 わざとらしく目を見開いて驚いている立花を見て、面倒なことになりそうだなと思い釘をさす。

「なんで俺に彼女がいると大騒ぎになるんだ。立花、変に話を広めるなよ。彼女だったらの話で、彼女がいるとは言っていない」

 葵は、彼女ではない。

 今は。

 ただ今の状況を説明したとして、理解はしてもらえないだろう。理解して欲しいとも思わない。そして、変に勘繰られて、面倒なことになるのも避けたい。


「俺の言い方が悪かったな」

と、最後にこの話は終わりという意味を込めて謝罪した。

「じゃあ、お疲れさま。先に帰るよ」

そう言って、席を立って帰ろうとした。

「待ってください。じゃあ、好きな人はいますか?」

 まだ話は終わっていないというように、立花が聞いてきた。


「これ以上、プライベートなことは聞かないでくれ。会社の人間と深く関わる気がないんだ。悪いな」

 今後、同じようなことを聞かれないために、はっきりとした拒絶の言葉を言った。キツく言い過ぎただろうか。だが、葵とのことは触れられたくない。


「そうですか、すみません。でしゃばりました。今後、気をつけます」

 申し訳なさそうに言う立花に、やはりキツく言い過ぎたかと思いながらも、「お疲れさま」と言って、俺は会社を後にした。



 予定より少し遅れて、真人との待ち合わせのカフェに着いた。店内を見まわして真人のいる席へと向かう。

「兄さん、お疲れさま。急にごめんね」

「お疲れ、いいよ別に。で、今日はどうしたんだ?」

真人の向かいの席に座り、軽く言葉を交わしながら、水とおしぼりを持ってきた店員にコーヒーを注文した。

「昨日まで、北海道に仕事で行ってたんだ。そのお土産を渡そうと思って」

「わざわざ悪いな」

「いいよ。好きで勝手にやってることだから」


 真人から受け取ったお土産の入った紙袋には、北海道の定番のお土産と一緒に、知らない焼き菓子も入っていた。どれも葵が好きなものばかりだ。

「葵が好きなものばかりだな」

中身を確認して真人に言う。

「葵ちゃんのために買ってきてるからね。もちろん、兄さんも食べていいよ」

「全部、葵に食べさせるよ。」

「葵ちゃんが、自分だけ食べるとか想像出来ないな」

「確かに。逆になんで俺も食べないのかって、怒られそうだ」

運ばれてきたコーヒーを口にしながら、怒る葵が容易に想像出来て、真人と二人で笑った。


 「怒るだけのエネルギーが、今の葵ちゃんにはあるってことは、いいことだよね」

少し笑ったあと、真人が真面目な顔になって言った。

「相変わらず、真人は葵が可愛いんだな」

「可愛いよ。なんてったって未来の義妹ですから。だから、未来の僕の妹をよろしくね兄さん」

「分かったよ」

「本当に、兄さんがいてくれて良かったよ。僕じゃ葵ちゃんを助けられなかった。本当に、ありがとう」

「お礼はもういいって、ずっと言ってるだろう」

「はは。ごめんごめん。気を付けるよ兄さん」


 感謝の言葉を言わないでくれ。お礼を言われることをしたとは思っていない。

はたから見れば、俺が葵を助けたように見えるだろうけれど、完全に助けたわけじゃない。


 幾度となく自殺未遂を繰り返す葵。

それを止めたのは確かに俺だ。でも、葵は自殺行為をやめただけで、今でも死にたがっている。

 今でも死にたがっている葵が、自殺行為をしないのは、俺との約束があるからだ。


 


 




 

 









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