第2話    ミチルと馨

 「葵ちゃーん!お昼食べに行こー!」

 お昼休みのチャイムが鳴ると、鳴り終わらないうちに、一人の女子生徒が、葵に駆け寄ってきた。その後ろには、その女子生徒を愛おしそうに見つめながら、後ろについて歩く男子生徒。葵の幼馴染である二人の姿があった。



 駆け寄った勢いのまま、葵ちゃんに後ろから抱きつく。おかげで華奢な体の葵ちゃんは、私の抱きつく勢いに負けて、少し前のめりになってしまった。

「ミチル。毎度毎度、後ろから抱きついてこないで」

 私に拒む言葉を言いながらも、笑顔の葵ちゃん。その笑顔を見た私は、反省するのを忘れて、

 うん!やっぱり、葵ちゃんは笑顔が一番!大好き!

 と心の中で言いながら、葵ちゃんを抱きしめなおした。

 

 葵ちゃんに抱き着いたまま、自分の幼馴染の可愛さを再確認する。

「早く葵から離れて、抱きつき魔の引っ付き虫さん」

 大好きな葵ちゃんの、大好きな笑顔を見ているというのに、馨くんに後ろから引っ張られて葵ちゃんから引き離された。

「あと、僕も毎度言うけど、人前ではやめてね」 

「もう!後ろから引っ張らないでよ馨くん。葵ちゃんから引きはがすなんて、馨くんじゃなかったら怒ってるところだよ」

「人前じゃなかったら、引きはがさないよ」


 頬をわざと膨らませて拗ねてみせる。馨くんの方を見ると、私の大好きな優しい表情を向けてくれていた。幼いときから変わらない。私の大好きな恋人。おもわず、膨らませていた頬が緩む。


「バカップルさん。そろそろお昼を食べに行きませんか?」

 どうやら二人の世界になっていたらしい。

 葵ちゃんに声をかけられ、三人でいつもお昼を食べている屋上へと向かった。



 学校の屋上は、本当なら鍵が掛かっていて入れない。馨くんのお兄ちゃんが、この高校の卒業生で屋上に入る裏ワザを教えてくれたのだ。

 五月の屋上は、日差しが暖かく風も気持ちがいい。

「んっ」

 サンドイッチを食べていると、強めの風が吹いて髪が眼にかかった。

「ミチル、大丈夫?」

隣に座っている馨くんが、心配そうに顔を覗いてきた。

「大丈夫だよ。ちょっと髪が眼にかかっただけだから」

「そう?大丈夫ならいいんだけど」

 そう言って、馨くんは伸ばした手で私の髪を耳にかけてくれた。


 私のおばあちゃんはフランス人で、クォーターの私の髪は茶色がかり、、瞳は薄く茶色に碧がはいった色をしている。

 おかげで、髪と瞳の色で小学生くらいまでいじめにあったりした。そんな私とずっと友達でいてくれて、いじめっ子達からも守ってくれたのが、葵ちゃんと馨くんだ。

 馨くんとは、中学生のときに恋人同士になったけど。


「馨くんて、人前じゃなかったら、いくらくっついてても注意しないよね」

再びサンドイッチを食べ始めながら、前から思っていた疑問を聞いた。

 ちなみに、今もばっちり馨くんにくっついてサンドイッチを食べている。

私の右腕と、馨くんの左腕の距離は0距離だ。

「注意する理由がないからね」

「でも、葵ちゃんとくっつくのもダメなんて、女の子同士なんだから別にいいじゃない。ねぇ葵ちゃん」


 私と馨くんのやり取りを楽しそうに見ながら、屋上のフェンスに背中をあずけて、私たちの向かい側に座っている葵ちゃんに、私は同意を求めた。

 手には、葵ちゃんの大好きな人が作ったお弁当が持たれている。

毎日欠かさず作られる、そのお弁当は、彩りが良く、葵ちゃんのことを思っていることが伝わってくる。


「馨には、馨なりの理由があるのよ。その理由が何かは分からないけど」

 また風が吹いてきて、今度は自分で髪をおさえる。葵ちゃんも箸を置いて、きれいな黒髪をおさえていた。胸元まである黒髪をおさえる手は、白く細い。

 幼い頃、病弱だった葵ちゃんは、その影響で食が細く、そして肌も白い。

白い肌に桜色の唇と頬が、とても映える。

「可愛い恋人と美人の幼馴染をもつと、色々と男の子は大変なんだよ」

そう言って、馨くんが体を少しあずけるように、寄りかかってきた。

 好きな人の体温と重みは、心地がいいと思う。

「可愛い恋人と美人の幼馴染が仲良くしてたら、それは嬉しいことじゃないの?」

「嬉しいよ。でも、僕が言っているのは、そういうことじゃない」

 私には分からない。私は、葵ちゃんと馨くんが仲良くしてるのは見ていて嬉しい。これが、男の子特有の悩みというやつだろうか。


 私が、よく分からないなぁと言うと、

「馨のミチルへの愛は、それだけ特別ってことだよ。羨ましい」

と、葵ちゃんが言った。

 その表情は、今にも葵ちゃんがいなくなるんじゃないかと思わせるほど、儚げだった。羨ましいというのは、羽鳥さんのことを思ってだろう。

「僕とミチルにとっても、葵は特別だよ。羽鳥さんだけじゃない。」

「そうだよ葵ちゃん。私と馨くんは、葵ちゃんが大好きだよ。」

 そう言って、馨くんは葵ちゃんの左手に右手を置き、私は葵ちゃんを抱きしめた。

「ありがとう。私も二人が大好き」


 葵ちゃんが優しく抱きしめ返してくれる。馨くんが伸ばした右手を見ると、葵ちゃんが左手を握り返していた。

 握り返すときにカーディガンの袖が少しずれたんだろう。いつもカーディガンで隠している葵ちゃんの白く細い左手首が見えた。

 そこには、古い切り傷の跡が痛々しく残っている。


 古い傷跡は、そっと馨くんが再び隠してくれた。

私の大好きな葵ちゃん。馨くんと二人で、何があっても守ると決めた女の子。

 いつも儚げで、今にも消えてしまうんじゃないかと思う。このことを、前に葵ちゃんに話したら、「ミチルは、大げさね」と言われた。

 大げさなものか、だって葵ちゃんは、八代葵という私の大好きな幼馴染は、死にたがりの女の子なのだから。

 手首の傷跡が隠れたのを確認すると、私は、葵ちゃんを繋ぎとめるかのように、抱きしめる腕に力を入れた。





 




 

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