第5話 真人と朱音 後編
葵は、ただただ泣いていた。
初めて、姉が嫌いだと泣き喚いた。泣いて、そのまま外に飛び出して行った。
勢いのままに外に飛び出したため、軽い発作を起こし、その場にしゃがみこんだ。
発作で苦しく動けないでいると、そこに偶然通りかかった真人に助けられた。
泣いている葵に理由を聞いて、真人は、思わず葵を抱きしめた。
そして、朱音のことは関係なく、葵を守りたいと強く思った。
「私も、羽鳥さんのこ知っていました。よくすれ違っていたので」
どうやら、神山さんも僕のことを知っていてくれたようだった。
こんな嬉しいことがあるだろうか!まるで、ドラマや漫画みたいだ!
そこからの話は早かった。連絡先を交換し、数日後には、二人でカフェでお茶をしていた。話の中で、神山さんがカフェから見える映画館で上映中の作品が気になっていると言ったので、上映時間を調べ、ちょうどいい時間帯があったので、そのまま二人で映画を観た。
それからも、二人で数回出かけた。そして、夜景を見にドライブに行った日に告白をした。
返事はOKだったものの、条件があると言われた。
「付き合うにあたって条件があるわ。それでもいいなら付き合いましょう」
「条件?」
「私に妹がいるのは、話したわよね。私は妹が大切なの。だから、ときどき妹もデートに連れてくるから。あと、妹が、真人を苦手だったり、嫌いになったら別れるから。それでもいいなら、付き合いましょう」
「妹がいるのは、聞いて覚えてるけど、、、妹って、今、高校生くらい?逆に姉のデートに来たがらないんじゃない?」
結構、妹に左右されるんだな、僕との交際は。
不思議に思いながら、そもそもなことを聞いた。
僕には兄がいるが、兄のデートについて行こうとは思わない。というか、行きたくない。
「妹は、まだ小学生よ。病弱で、あまり外に出たことがないのよ」
朱音から返ってきた答えは、思いもよらないものだった。驚きはしたものの、昔から妹か弟が欲しかった僕としては、特に断る理由がなかった。彼女の妹と仲良く出来るなら、それに越したことはない。病弱というのが少し気になるが、彼女からの条件を了承した。
「ありがとう。さっそく次のデートに連れてくるわね。葵を」
「もう会うの!?早くない?心の準備が」
「まぁ、葵の体調が、その日良かったらだけど」
次のデートって、確かに何回か出かけてるけど、一応、次って付き合って初めてのデートになるんだけど。と正直戸惑った。うすうす気づいてはいたが、朱音は相当のシスコンなんじゃないかと思った。
葵ちゃんか、どんな子だろうか。
次のデートの日。宣言通り朱音は、妹の葵ちゃんを連れてきた。
朱音の後ろに隠れるように立って、僕の様子を伺っている。
これ、もしかして、心開かれなくてもフラれたりするんだろうかと、少し冷汗が出た。
朱音から、妹の葵だと紹介された。姉に紹介されると、葵ちゃんは朱音の後ろから横に移動し、姿勢を正し、丁寧に挨拶してくれた。
「妹の、神山葵です。小学4年生です。よろしくお願いします」
挨拶をする姿勢の良さを見て、朱音の妹だなと思う。
僕も、目線を葵ちゃんに合わせ挨拶をした。
「羽鳥真人です。先週から、お姉さんの朱音さんとお付き合いさせてもらってます。よろしくね。真人くんって呼んでね」
妹ができたら、呼んで欲しいと思っていた呼び方を、リクエストとして最後に付け足してみた。それを聞いた朱音はくすくす笑っていたが、目の前の葵ちゃんは、まっすぐに僕の目を見ながらも、少し恥ずかしそうに声に出してくれた。
「ま、こと、くん」
小さな声で、僕の名前を呼ぶと、顔を真っ赤にして、すぐさま元の朱音の後ろに隠れてしまった。
その姿の、あまりの可愛さに、その場に崩れ落ちそうになった。
葵ちゃんの様子を見てみると、朱音の後ろから顔を出し、葵ちゃんは葵ちゃんで僕の様子を伺っているようだった。
葵ちゃんの可愛さに崩れ落ちそうになったのを、なんとか耐えれたのは、それ以上に気になったからだ、病弱と聞いていたとはいえ、色白すぎる肌。小学四年生としては服の上からでも分かるほど華奢な体系。そして、季節は初夏で、自分たち含め周りは半袖を着ているなか、長袖のカーディガンを羽織っている。
葵ちゃんが、何の病気かは聞いていない。
葵ちゃんの様子を見て、朱音から話されるまでは、色々と聞かなでおこうと決めた。
季節は秋になり、朱音との交際は順調だった。時々、葵ちゃんも一緒に出かけた。
映画、ドライブ、ジョッピング。家に遊びに行った時は勉強を見てあげたり、トランプやゲームで遊んだりと、会うごとに、葵ちゃんが心を開いてくれているのが分かって嬉しかった。
元気な葵ちゃんにしかあったことがなく、なんとなく葵ちゃんが病弱であることを忘れていた。
だから、学校で発作を起こした葵ちゃんを、代わりに迎えに行ってほしいと朱音から電話がきたときは驚いた。
母親も自分も、仕事を切り上げて迎えに行けそうにないから、お願いできないかと。
家業を手伝っていたので、確かに二人に比べれば動きやすかった。親に事情を説明すると、朱音を気に入っている両親からは、すんなり了承が出た。
葵ちゃんを迎えに行けることを朱音に伝えると、謝罪と感謝が返ってきた。
迷惑をかけて申し訳ないと。そして迷惑ついでに、葵の発作がひどいようであれば、指定する病院に連れて行ってほしいとのことだった。
車で葵ちゃんが通う小学校に急いで向かった。小学校に着くと、すぐに職員の人がいたので保健室に連れて行ってもらった。
向かう途中、保護者でもないのに、行って大丈夫だろうかと心配になったが、どうやら朱音が、先に学校に連絡を入れてくれていたようだった。
保健室まで来ると、案内してくれた職員の方にお礼を言っていると、保健室から大きな物音がした。
慌てて「失礼します!!」と言って、保健室の扉を開けた。
扉を開けると、そこには発作で苦しそうに呼吸をしながら、ベンチ椅子に体重を預けるように床に座り込んでいる葵ちゃんと、大きな物音の原因であろう倒れた椅子の横で後ろに手をつき、尻餅をついている保険医と思われる女性、そして、ただ目の前で起きた状況にオロオロしている若い教師がいた。
急いで葵ちゃんのそばにいく。
葵ちゃんは僕に気づくと、助けを求めるように手を伸ばしてきた。僕の腕を掴むその手の力は、あまりにも弱々しかった。
僕に何か言おうとしているが、呼吸をすることで、いっぱいいっぱいで言葉が発せないでいた。呼吸の中に「ヒュー、ヒュー」と嫌な音が混ざる。相当苦しいのだろう。葵ちゃんの目には、涙が溢れていた。
はじめて発作を起こしているところを見たが、これは病院に行った方がいいだろうと判断した。
周りにいる職員たちに、葵ちゃんの保護者の代わりにきた者であることを説明し、今すぐ病院に連れて行くことを伝えた。荷物は改めて取りに来ることも。
葵ちゃんを病院に連れて行くため抱き抱えると、あまりの軽さに驚いた。そして改めて、この子の華奢さを思い知らされた。
こんなにも、弱々しい体をしていたのか。この子は。
車の助手席に乗せる際、いつもは長い袖で隠れている左手首が見えた。その細い手首には、古いものから新しいものまで、数本の傷があった。
その傷跡に動揺したが、発作で苦しみ続けている葵ちゃんを前に、今は、それどころではないと、葵ちゃんに気づかれないように、そっと袖を戻した。
とにかく今は、一刻も早く葵ちゃんを病院連れて行くことだけを考えようと、僕は車にエンジンをかけた。
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