14. 願いの代償 ※ニゲレオス視点


 降り続いていた雨の勢いがおさまったことに気付き、俺は神殿の外に目を向ける。

 神殿の端から顔を出して見上げてみると、厚い雲が少しずつ千切れて流れていき、明るい光の筋が森に差し込んだ。

 はらはらとゆるやかに落ちる、やわらかい小雨に変わっている。さっきまでとは雲泥の差だ。


「……すごいな」


 何があったのかと問うてもプルウィアは答えてくれないだろうから、後でステラに聞いてみよう。

 プルウィアももう少し周囲を頼れるようになってくれればいいのだが――なんて、俺も人のことを言えたものではないか。


 森に目を向けてみても、普段と変わらない静かな景色が広がっている。儀式の前にぐるりと神殿の周りを飛んでみたが、人間らしき影は見つけられなかった。

 儀式を一人で行うと魔力をごっそり持っていかれる。できればそうなる前に人間と会って話をしたかったのだが、見つからないものはどうにもならない。


 神殿の中央の魔法陣の中に立ち、二つの正円を順に見た。本来は巫女と龍が対になって立つべき印だが、今日は使わない。

 正円の間に足を置き、両腕を腰のあたりまで持ち上げた。床に二つ描かれた正三角形に手の平を向け、均等に魔力を流し始める。


「……?」


 ――違和感は、最初はほんの少しだった。


 胸を何かに強く締め付けられているような重苦しさ。不思議に思って己の体を見下ろすが、見た目には何も起きていない。

 だが魔力を流し続けていると、胸を絞られるような感覚はどんどん強くなり、痛みに変わっていく。


 一瞬、心臓が強く脈打った。


「……っ」


 痛みは強くなり、胸から背中、肩、腹に広がっていく。いつからか肩で息をしていた。全身からふきだした冷や汗が頬や足を伝って床に落ちる。

 痛む胸を押さえたいが、儀式を中断するわけにはいかない。背中を丸めることでどうにか耐え、魔力を流し続ける。


 以前、一人で儀式をしたときには、こんなことは起きなかった。

 魔力の大半を持っていかれて疲れただけだ。こんなふうに胸の痛みを感じることなどなかった。

 だからこれは、禁を破って願いを叶えた代償なのだろう。発動のトリガーが魔力使用にあったのか、儀式にあったのかはわからないが。


「俺が受けた呪いは、これか……ッ!」


 視界が狭い。平衡感覚がわからなくなった。手の指が小さく痙攣し、小刻みに震えている。正しい呼吸の仕方すらも忘れてしまったようだった。

 膝から崩れ落ちそうになる体を、どうにか魔力で支える。だが胸の痛みは激痛に変わって、もう正面に顔を向けてもいられなかった。


 儀式を中断してしまえば楽になれるのかもしれない。

 だが、そんなことをしたら何が起こるのだろう。

 一番困るのは中途半端に注ぎ込まれた魔力の暴走だ。神殿の屋根が壊れるくらいなら構わないが、近くの屋敷にいる従者たちに危険が及ぶようなことは避けなければならない。

 俺一人がこの痛みに耐えて儀式をやり切るだけでいいのなら、そのほうがいいに決まっている。

 もう儀式に必要な魔力は半分以上注ぎ終えている。あと少し。今回の儀式さえやり切ってしまえば、後をプルウィアに託すことも可能だろう。


 片目を開けていられなくなった。自分がまだ立っているのか、魔力で浮いているのかもよくわからない。途切れそうな意識を必死でつなぎ止め、魔力を注ぎ続ける。


 ようやく魔法陣が淡く光り、儀式の終了を告げた。


 俺が目を開けていられたのは、それが限界だった。


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